「ここにいる連中ってのは、普段なんの仕事をしてんだ?」
「いろいろさ」
カップを拭きながら、マスターは静かな声で言う。
見た感じ六十歳超えのジジイに見えるんだが、この世界の定年ってのはどうなってんだろうな。
「あいつは果樹園でマンゴーを作ってるし、あっちのヤツは武器を作ってる」
「狩猟ギルドのおかげで恩恵を受ける口か?」
武器職人なら、狩猟ギルドが使う武器に需要が生まれてウハウハなはずだ。
だが、……どうもみすぼらしい。
「狩猟ギルドの使う武器は、領主様から貸与されてるのさ」
「貸与?」
「税金代わりに納めさせた武器を、狩猟ギルドに流してるのさ。貸与ったって、返したりはしない。壊れたら廃棄さ」
狩猟ギルドに狩りを続けてもらうため、武器は領主が用意する。
確かに、理に適っているような気もしなくはないが……
税金として納めた武器が流用されているなら、こいつらの利益はどこから湧いてくるんだ?
「この街ではな、狩猟ギルドが一番で、そこから零れ落ちるわずかな稼ぎを他の全員で奪い合っているのさ」
「よく反乱が起こらんな」
「勝てない戦をするのは愚か者だけだ……こらえていれば、最低限の生活は出来る」
出来てるのか、これで?
まぁ、外で酒を飲めるほどには稼ぎがあるってことか。
「狩猟ギルドがいれば、四十一区は破綻しない。そのうち、景気が良くなることもあるだろうよ」
マスターはそう言い残して、拭いたカップを厨房へと持っていった。
背を向けたマスターは「それ以上聞かないでくれ」と言っているように思えた。
「ったく、やってらんねぇよなぁ……毎日毎日働いても、全然楽にならねぇ……」
「酒が飲めるだけマシだろうが」
「そりゃそうだけどよぉ」
後ろの席で、男たちがくだを巻いている。
「ちょっといいか?」
四人掛けのテーブルに座る二人の男。
一人は完全に出来上がっており、べろんべろんだ。もう一人は、この飲んだくれを見守るためか、あまり飲んでいなかった。
「随分不満があるみたいだな」
「そりゃあ、ここまで露骨に格差をつけられたらよぉ……なぁ、お前もそう思うよな?」
「確かにな。だが、不満を口にしたって始まりゃしねぇ。俺は真面目に働いて、いつか四十区に家を買うんだ」
「ははは! 無理無理! お前なんか、四十二区がせいぜいだ」
カチン……
「あ、領主……」
「えっ!?」
飲んだくれていた男が急に背筋を伸ばして店内を見渡す。
「お、脅かすんじゃねぇよ! てめぇ、カエルにしちまうぞ!?」
「なんだよ。『領主のことで聞きたいことがあるんだけど』って言おうとしただけだろうが」
まぁ、嘘だけど。
「そうだぞ。お前が早とちりしただけだ。すまんな、兄ちゃん。こいつも悪気はないんだ。許してやってくれ」
「それは別にいいけど……。なぁ、ここの領主ってのはまだ若造なんだろ? そいつの失策のせいでこんな状況になってんじゃないのか?」
「若造って…………おい、兄ちゃん。滅多なこと言うんじゃねぇよ。憲兵に見つかったらえらい目に遭うぞ」
「圧政までしてんのかよ?」
飲んだくれていない方の男が小声で忠告してくれる。
この街では言論統制でも敷かれてんのか?
「そうじゃねぇよ。ここいらの兵士は、みんな領主様に心酔してんだ。領主様の悪口を言うヤツは、『領主様に見つからないように』粛清されんだよ」
……なにそれ、怖い。
完全に狂信者じゃねぇか。
「出て行こうなんて、考えたりしないのか?」
「そういうヤツもいるにはいる。生活が苦しくなってここを出て行くんだ。……最近じゃ、住民の流出が深刻になってきてんだよ」
領民が減れば、その分税収は下がり、街は苦しくなる。
そうなると税金が上がり、物価も上がる。
領民流出は、何がなんでも避けなければいけない重要事項だ。
それを放置してまで狩猟ギルド優先政策を取っているのか、リカルドは。
……ただのアホなのか、それとも…………
「けどまぁ……」
飲んだくれていない方の男が、ぬるそうなエールをぐびりと煽る。
「……嫌いには、なれねぇんだよな。やっぱ」
それだけ呟いて、しみじみと自分の世界に浸ってしまった。
嫌いになれないのは、領主か、この街か……
狩猟ギルドを軸に、経済の立て直しを図ることは間違いじゃない。
全体主義でじり貧になるよりも、大胆な政策で利益を確保し、その後領民に恩恵を分配する方がうまくいく可能性は高い。
だが、その方法は反感を買いやすい。
反感を買ったまま放置すれば……ここでくだを巻いている連中のようにやる気を失い、活力をなくしていくヤツが現れる。
それに歯止めが利かなくなった時、この街は終わる。
リスクの高い賭けだ。
先代領主が亡くなって二年弱と言ったか……
狩猟ギルドを優待するような政策は先代の頃から引き継いだものだとして……リカルドになってからあまり芳しい成果は上がっていないように見受けられる。
領民の目が死んでいるのがその証拠だ。
大雨もあったし、四十二区の変化も、四十一区にはストレスになっていたのかもしれない。
要因はいくつもあるだろうが、リカルドはいまだ明確な成果を上げられていない。
それは、十分過ぎるくらいに……領民からの信頼を失わせる理由になる。
領主はある種のカリスマ性を持っていなければいけない。
領主がいれば大丈夫だと、領民に思わせる必要がある。そうでなければ領内はまとまることはない。
リカルド……お前、今、すげぇ焦ってるだろう。
領内の隅々にまで目が行き届いていない……かつてのエステラみたいだ。
突破口が欲しい。
そう思っているよな?
思ってなきゃ、お前は領主失格だ。現状維持ではどうにもならないところまで来てるんだぜ、お前の四十一区は。
「ヤシロ~、お前が遅いからイメルダがみんな食っちまったぞ、マンゴー」
「んなっ!? あ、あなたの方が二切れ多く食べましたでしょう!? 人のせいにしないでくださいまし!」
「いや、マンゴーとかどうでもいいんだけどな」
「「どうでもいいとはなんだ!?」」
いや、怖ぇよ。
女子のマンゴー好きって、全世界共通なのか?
ま、それはともかく。
やっぱり視察に来てよかった。
解決の糸口が、ようやく見えたからな。
三者会談が待ち遠しいぜ。
それまでに、準備するもんはしておかねぇとな。
その後、もう少しだけ四十一区を見て回り、俺たちは四十二区へと帰った。
「デート、忘れんなよ!」
きつく言い残して、デリアがスキップしながら帰っていく。
……甘味処の『檸檬』にでも連れてってやるかなぁ。
「デート、お忘れなきよう!」
澄ました顔で言って、イメルダが鼻歌交じりに帰っていく。
……いや、お前とは約束してないだろう!?
……まったく。
こっちはうまく立ち回ろうと頭を悩ましてるってのに……お気楽なんだからよぉ。
「頭痛いわ……」
だが俺は知らなかった。
この翌日……もっと頭が痛くなる出来事が起こるということを…………
そう、早朝に聞こえてきた地鳴りのようなあの足音を耳にするまでは…………
「アタシのヤシロはいるかい!?」
四十二区に、メドラ襲来…………つか、誰がお前のだ。
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