「英雄様っ」
ドアを開け、爽やかな風と共に、これまた爽やかな二人組が来店する。
セロンとウェンディが、にこにこと笑顔を振りまきながら、俺たちの座る席までやって来る。
「先日はどうもありがとうございました」
セロンが深々と頭を下げ、ウェンディもそれに倣う。
「昨晩、ウェンディと話をして、正式に結婚をすることになりました」
「本当ですか!?」
その一報に、ジネットが喜色を浮かべる。
これまで、なんとなく空気で『結婚するんだろうなぁ』という状態止まりだった二人が、明確に決断を下したようだ。まぁ、大きな一歩と言えるだろう。
「はい。その……セロンが、プ…………プロポーズをしてくれて……」
おっ!?
セロンのヤツ、あの後きちんとプロポーズしたのか!?
「大広場の向こうに小高い丘があるんですが……、見晴らしがよくて、ミツバチたちが戯れる花畑が遠くに見える、そこはかとなくロマンチックな場所で……」
ん~?
俺はその場所に覚えがあるぞ。
おいおい、ウェンディ。そのプロポーズってのはまさか、例の死にません的なヤツのことじゃないだろうな?
「『絶対に、私を一人にしない』と……言ってくれて」
ポッと頬を染めるウェンディ。
わぁ……スゲェポジティブな脳内変換されてる…………
「この先、きっとセロン以上に好きなる人も現れないでしょうし、その……セロンが求めてくれるのであれば……精霊神様に御誓いを立てても、いいかな……って…………きゃっ!」
と、恥ずかしさのあまり両手で顔を覆い隠すウェンディ。
うんうん。初々しくて可愛いじゃないか。
だもんだから、セロンのケツに蹴りを一発喰らわせた。
「はぅっ!?」
「セロンく~ん…………なぁ~んで、全部彼女の方に言わせちゃうのかなぁ?」
「あ、あの……ぼ、僕の口からは…………恥ずかしくて」
「よぉし、分かった。ちょこ~っとお話しようかぁ」
「あのっ、英雄様!? 痛、痛いですっ!」
セロンの首をガッチリとホールドし、グイグイと食堂の隅へと連行する。
ウェンディは女子たちに捕まってあれこれ質問攻めにあっているので、今なら二人きりで話が出来るだろう。
「あんな有耶無耶なプロポーズでお茶を濁す気か?」
「ですが……ウェンディは喜んでくれましたし……気持ちが伝わったのなら、それでいいかなと」
こいつは……
昨日の去り際の意気込みはどうしたんだよ。もうヘタれやがったのか。
「いいか、セロン。もう一度チャンスをやる。今度こそ、お前の気持ちを、お前の言葉で、ウェンディに伝えるんだ」
「僕の言葉で…………」
まだ少し、表情に躊躇いの色が見て取れる。
少し発破をかけてやるか。
「お前は、これから先ずっと、今みたいにウェンディの気遣いに甘えて生きていくつもりか?」
「甘えて……?」
「自分では何も動かず、リスクを負わず、空気の読めるウェンディに何もかもを察しろと強要するのか?」
「それは……」
「それは……?」
「…………」
「…………それってよ。随分寂しいんじゃないか、ウェンディにしてみれば。好きだとすら、言ってもらえないのはさ」
「…………そう、ですね」
これだけ追い詰めても、このイケメンはまだはっきりとしないようだ。
これはあれだな。荒療治が必要だな。
それに……うまくすりゃ、ちょっとした話題になるかもしれんし……
「よし、セロン! そしてウェンディ!」
俺は、締め上げていたセロンを解放し、ウェンディに声をかける。
「なんでしょうか、英雄様」
何も知らず、楽しげに話をしていたウェンディが俺へと視線を向ける。
その背後を取り囲むように陽だまり亭レディース&抉れちゃんが立っている。うむ、場の空気は完全にこちらのものだ。
「結婚式をするぞ!」
「「結婚式?」」
小首を傾げたのは、当然先ほどの話を知らなかった二人だ。
「純白のドレスを着たウェンディと、それを迎え入れるセロンが主役の神聖なる式典だよ」
「ウェンディが……純白のドレスを…………」
その姿を想像したのか、セロンの頬がほのかに色づく。
「ついでに披露宴もする」
「「「「「「ひろうえん?」」」」」」
こちらは、全員が揃って小首を傾げる。
そっか。さっきは説明してなかったか。
「新しく夫婦となった二人の門出を祝うパーティーみたいなものだ。教会から近いこの陽だまり亭で新郎新婦を祝う宴を開こうと思う。大きなケーキに夫婦初めての共同作業で入刀して、縁起のいい美味い料理をみんなで食べて、二人の馴れ初めとか、友人たちによるお祝いの余興なんかをやって、盛大に盛り上がるんだ」
「楽しそうですねっ! 是非やりましょう!」
もうすでに料理を作る気満々のジネットが腕捲りをする。
ちらりとウェンディを見ると、今までに見たこともないような真っ赤な顔をしていた。
「あ、あの……わ、私たちなどが、そ、その……まるで主役のような……そ、そんなパーティーをしても……いいのでしょうか?」
恐縮しつつも、心はすでに踊り出しているようで、嬉しそうな笑みが今にも溢れ出してきそうになっている。
パーティーの主役……それは、女の子が憧れるに値するものなのだろう。ウェンディはそういう、お姫様みたいなキラキラしたものが好きそうだからな。
「そこで、セロンには改めてプロポーズをしてもらう」
「そ、そこでですか!?」
少し腰の引けたセロンに、俺は真剣な眼差しを向ける。
「俺たち全員の前で証明してみせろ。世界で一番ウェンディを愛しているのは誰かってことを……」
ごくりと、セロンが生唾をのみ込む。
しかしそれは、怖気づいた表情でではなく……決意をした凛々しい表情で。
「もし、そこでもヘタレるようなことがあったら、その時は…………」
「その時は……?」
「ウーマロの命はないと思え」
「なぜウーマロさんがっ!?」
「……マグダが介錯をする」
「セ、セロン! ウーマロさんはとてもいい人だから、頑張って!」
「う、うん! 頑張るよ!」
いや、ウェンディ。頑張っても何も……お前に愛を告白するんだぞ?
分かってんのかね、この当事者どもは。
「だが、結婚式も披露宴も、どちらも準備に時間がかかる」
「ボクも手伝うよ。また四十二区の総力を挙げて、大きなイベントを成功させようじゃないか!」
「そしたら、また新しい文化が四十二区に誕生するです!?」
「……モデルケース」
「きっとみなさん、気に入ってくださいますね」
そう。
こいつらの言う通りなのだ。
エステラの権力のもと、四十二区全体を巻き込んで新しい文化を根付かせる。
セロンとウェンディはそのためのモデルになってもらうのだ。
結婚式はこんなに神聖で、披露宴はこんなに華やかで、花嫁はこんなにも美しい……
そして、花嫁に憧れる女子が増えれば、結婚式を行うカップルも増えるだろう。
それに比例して、披露宴や二次会も……
それらすべては、『最初に披露宴が執り行われた』陽だまり亭がトレンドとなるのだ!
この後、どれだけ類似企業が増えようと、第一号というのは永遠に語り継がれ、最初というだけでプレミアがつく。
格が上がる。
これで、結婚式が普及すればするほど……陽だまり亭はがっぽり儲かるってわけだ!
ぶはっ……ぶはははははっ! 金の匂いがするっ!
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