異世界詐欺師のなんちゃって経営術

分割版π(パイ)
宮地拓海
宮地拓海

129話 カレーを作ろう -1-

公開日時: 2021年2月5日(金) 20:01
文字数:1,998

 レジーナから香辛料をもらい、……あ、ちゃんとお金払ってだぞ……、陽だまり亭へと戻った俺は、早速カレーの試作に取りかかる。

 

「まさか、香辛料と一緒にウチまで駆り出されるとはな」

 

 香辛料を粉にするためにはレジーナの薬研が必要になる。なので、道具一式と一緒についてきてもらったのだ。

 

「ヤシロさん、準備が整いましたよ」

「今度は何が始まるんだい?」

「薬でも作るのか、ヤシロ?」

 

 ジネットとエステラ、ついでにデリアにも参加してもらい、カレーの試作を行う。

 マグダとロレッタは分店の方へ行っている。美味いカレーが出来たら食わせてやらなきゃな。

 諸々の準備が整い、俺は腕を捲り、気合いを入れる。……よぉし。俺の本気を見せてやる!

 

「さぁ、いっちょ始めるか!」

 

 野菜の皮むきとカットをエステラに、洗米をジネットに頼み、俺はベースとなるガラムマサラに取り掛かる。レジーナの秤を使い、香辛料の分量を量ってから大きな中華鍋のような作りのフライパンへ投入する。

 

 クミンシード、コリアンダー、シャンバリーレ、ベイリーフ、唐辛子、フェンネル……

 これらの香辛料をまずは軽く乾煎りする。地味な作業だが、味を大きく左右する重要な工程だ。決して焦がさないように、けど程よくパリッとするように……

 

 ――昔、どこかで読んだ本を思い出す。

 香辛料からカレーを作るなんて、普通はそうそうないからな。だいたいが固形ルーか、でなきゃレトルトを温めて終わりだ。

 まさか、俺がこんなことをするなんてな。

 異世界でカレー……はは、ドコ壱だよ?

 

「あ、いい匂いがしてきたね」

「なんだか美味そうな匂いだな」

 

 最初のうちは不安げな顔をしていたエステラとデリアも、香辛料の香りが立ち上り始めると、関心を示すようになり、好奇心が顔中に広がっていく。

 乾煎りを終え、香辛料の粗熱をとっている間に、具とは別に用意したタマネギを飴色になるまで炒める。

 

「あの、ヤシロさん……それは、焦げていませんか?」

「大丈夫だ。飴色玉ねぎは必須なんだよ」

「そうなんですか。すみませんでした、差し出がましいことを」

「いやいや」

 

 乾煎りの済んだ香辛料は火からおろして粗熱をとる。

 熱がとれた香辛料をレジーナの薬研に入れる。これを細かい粉にすればカレーの素となるガラムマサラの完成なのだが、これが重労働なのだ。植物の種や葉っぱはなかなか粉になってくれない。特にカルダモンとクローブが曲者だ。

 ミキサーなんて洒落たものは無いので、ガリガリと薬研を押して、引く。

 俺の作業を覗き込んでいたレジーナが俺の手からそっと薬研を取り上げる。

 

「貸してみぃ。プロの技ちゅうやつを見せたるわ」

 

 得意げな笑みを浮かべ、慣れた手つきで薬研を動かし始める。

 ザッザッと、俺がやった時とはまるで違う軽い音が響いてくる。動きも滑らかで、中の香辛料も見る見る粉へと変わっていく。それに合わせて、香ばしい匂いが広がっていく。

 

 この女、やりおるなっ。

 こういう姿を見ると、「あ、やっぱりプロなんだな」って気にさせられる。

 

 飯はジネットが作っているのでなんの心配もいらない。

 俺は、カレーに全神経を集中させて仕上げにかかる。

 

 鍋に油を引き、生姜とにんにくを炒める。香りがついてきたところで肉を入れ、焦げ目と香りをしっかりつける。野菜を入れ火を通したら、そこへ飴色タマネギを投入する。その後、トマトの水煮とこちらの世界の調味料を加え水を入れる。このまま煮込めば野菜と肉の旨みでしっかりとした出汁になってくれるだろう。

 

「ほいな! 完成やっ!」

 

 予想以上に素早く、レジーナがガラムマサラを完成させてくれた。

 出来たガラムマサラは綺麗な粉末状になっており、筋や皮も入っていない。

 

「お前、プロみたいだな」

「黙ってたけど、ウチ、プロやねん。……よぅ覚えといて」

 

 拳を握り、ちょっとイラッとした顔でレジーナが言う。

 やっぱ、そこは譲れない部分か。よし、今後いじるならそこだな。

 

 煮込んだ鍋にガラムマサラを加えると、辺り一帯にぶわっとカレーの香りが広がっていく。鼻腔を通り胃袋に訴えかける豊かな香りだ。このまま煮込めばカレーの完成だ。

 

「ヤシロさん。ご飯が炊けましたよ」

 

 ジネットが釜の蓋を開けると、むわっとした湯気と共に炊き立てのご飯の香りが顔を覆い尽くす。

 

「あぁ、美味そうな匂いだなぁ……」

 

 デリアがでれでれになっている。

 エステラも、興味深そうにカレーを覗き込んでいる。

 

「はい、ヤシロさん。ご飯をよそってきました」

 

 ジネットが皿にご飯を盛って、持ってきてくれる。

 真珠のように艶やかに、純白のご飯粒たちは一粒一粒が輝いて、まるで宝石のようだ。

 そこへ、オリジナルブレンドのカレーをかける。

 

「これで、カレーの完成だっ!」

 

 なんだよ、なんだよ。

 本で読んだ知識だけでも、なんとかなるもんじゃねぇか。

 出来ちゃうもんだな、意外と。

 

 少しとろみが足りないが、それは紛れもなくカレーで、堪らなく食欲をそそる香りが厨房に広がっている。

 

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