異世界詐欺師のなんちゃって経営術

分割版π(パイ)
宮地拓海
宮地拓海

5話 聞こえ方 -1-

公開日時: 2020年10月7日(水) 20:01
文字数:2,522

 異世界へやって来て四日目の朝。

 俺は四十二区のおんぼろ食堂『陽だまり亭』の二階にある一室で目覚めた。

 ……ワラの匂いがする。

 

 体を起こすと、頬についたワラがパラパラと落ちていった。

 四畳半くらいのこの狭い個室には、ベッドと机が備え付けられており、机の前に置かれている長持――蓋のついた長方形の大きな木箱だ――が荷物入れ兼椅子の役割を果たしている。いわば、ビジネスホテルのような一室と言っていい。

 ただ、ビジネスホテルとは違い、電気は通っておらず、壁や床は不安になるくらい老朽している。

 

 そして、何より酷いのがベッドだ。

 大きな木箱にワラを「これでもか!」と詰め込んだだけのベッド。……俺は最初『ワラ入れ』かと思ったよ。シーツも敷かないなんてな……

 おかげで顔にワラがつきまくる。

 虫が湧かないように煙で燻し、天日でよく干したワラを使用しているらしいが……アルプスの少女になった気分だよ、まったく。

 

 まだ頭がボーっとしている。あまり眠れなかったのかもしれない。あんなに無防備な巨乳ちゃんとひとつ屋根の下にいるかと思うと悶々と……いや、異世界に来て大変なことばかりだったから、ベッドで眠れることに感謝し、神様ってヤツにお祈りっぽいものを捧げていたせいで寝るのが遅くなってしまったのだ。

 まぁ、巡り合わせってやつには感謝してやってもいいかもな。

 よぉ、神様よ。ありがとちゃん。

 ま、これくらいで十分だろう。お釣りならいくらでも受け取るぞ。

 もう少し寝ていたいところだが、それはちょっと無理そうだ。

 

「……あぁ、めっちゃいい匂いがする」

 

 階下から、空きっ腹には堪らん匂いが漂ってきているのだ。

 今は何時くらいなのだろうか?

 窓には木の板が嵌め込まれているため、光は一切入ってこない。この木の板は上側の一辺を原始的な蝶番で固定されていて、外へ押し上げるようにして開くことが出来る。日中は木板を開け、つっかい棒で固定しておくのだ。

 窓ガラスはないらしい。いや、なくはないな。他の区で見た記憶がある。単にこの家が貧乏で手に入れられないだけなのだろう。まぁ、そこは贅沢を言うまい。屋根と壁があるだけでも幸せなのだ。……闇が怖い、カエルが怖い、追い剥ぎが怖い、ギルドも怖い…………ベッドのこと悪く言ってごめんなさい。アルプスの少女最高です。仔ヤギとかいたら、一緒にくるくる回っちゃいたいくらいです。

 

 なんにせよ、せっかく手に入れた寝床だ。やすやすと手放して堪るか。こっちでの生活基盤が整うまでは存分に利用させてもらおう。

 

 そんなわけで、家主が活動を始めたのなら俺も起きて手伝いをしなければいけないのだ。

 信用とは、そうやって勝ち取っていくものなのだから……そして、信用の先にあるのは、莫大な利益だ。それは、おそらくどの世界でも共通のことだろう。

 

 いまだ重いまぶたをシャッキリさせるために、俺は窓の木板を押し上げる。

 太陽の光でも浴びれば目も覚めるだろう…………って! 外、暗っ!? まだ夜じゃねぇか。……そして、寒っ!

 春とはいえ、朝夕はまだまだ寒い。布団が恋しくなるぜ……

 こんな早くから活動してるのか、あの巨乳ちゃんは。

 

 俺は木板を閉め、真っ暗な中、部屋を出る。

 廊下に出ると、似たような扉が並んでいる。部屋数は、寝室が四つに物置部屋が一つの計五つ。階段を上って右――北側にジネットの部屋があり、左手に伸びた廊下に面して横一列に三部屋ある。廊下の突き当たりには今はほとんど使われていない物置があり、その真下が食堂の客席に当たる。

 田舎だから土地が安いんだろうな。こんな貧乏ボロ屋のくせに部屋が余ってやがる。

 中世は部屋なんて概念は希薄で、大部屋で家族が共に寝起きしていたらしいが……俺の知っている中世とは似て非なる世界ってわけか。文明レベルを思い込みで決めつけると痛い目を見そうだ。気を付けよう。

 

 この建物は間口が狭く、奥に長い。ウナギの寝床と呼ばれるような構造をしている。

 他の区を見る限り、この街においては一般的な建物と言えるだろう。

 もっとも……この陽だまり亭の周りには民家はおろか建物と呼べるものは何もなく、スペースは嫌というほど空いている。そんな場所にもかかわらず、なんでこんな細長い造りにしたのかは謎だ。昔の日本みたいに、間口の広さによって税金がかけられているのかもしれないが。……いや、でも入り口は側面にあるし、この場合間口ってどっちになるんだっけ?

 う~ん……分からん。

 

 一階の前半分が陽だまり亭の客席。奥にキッチンがあり、その先には中庭と食糧庫がある。中庭ではニワトリが放し飼いにされており、ちょっとした畑が設けられている。

 居住スペースはすべて二階にあり、リビングはないようだ。客席がそれにあたるのかもしれんが。

 

 階段を下りると中庭に出る。

 階段は建物の外に作られているのだ。まぁ、外というか、吹き抜けなのだが。

 

 食堂から中へ入り、カウンターを越えて、キッチン横の廊下を抜けて、中庭に出た後階段を上り二階へ行くと自室がある。……非常に面倒くさい動線だ。匠に頼んでリフォームしてほしいくらいだな。

 何より、億劫なのがトイレだ。

 トイレはこの前行ったあそこだけだから、二階からトイレに行くにはさっき言ったルートを逆に進んで、さらに表に出て店の裏手に回らなければいけない。そこまでの苦労をしてたどり着いたトイレは、床に穴を開けただけのトイレとも呼べない代物で、当然明かりなどなく、おまけに臭い……最悪だ。

 夜はなるべくトイレに行かないようにしている。……真っ暗で怖いとかじゃなくてな。

 

 階段を下りきったところで、俺は中庭の異変に気が付いた。

 中庭が狭い。その原因は、まるで庭を間仕切るように張られた白い大きな布にあった。

 大きな布が中庭の一角に張られていたのだ。寝る前にはあんなものはなかった。つまり、ジネットが起きてからわざわざ張ったということだ。

 鶏小屋と畑を避けるように張られているせいで移動が非常に困難だ。

 ……一体、この布になんの意味があるんだ? 

 触れてみるも、濡れてはいない。干しているわけではないようだ。……じゃあなぜ?

 

「……失礼しま~す」

 

 気になるので、布を捲って中に入ってみる。暖簾をくぐって大きな布で間仕切られた向こう側へ……

 

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