――カンカンカンカン!
スタンバイの鐘が鳴らされ、デリアは一人、舞台へと上がっていく。
デリアに続いて、アルマジロみたいな体をした大男が舞台へと上がる。
「……アルマジロ人族のウェブロ。どんな不味いものでも『美味い美味い』と平らげるバカ舌の持ち主」
「なんか、ろくなヤツいないな、狩猟ギルドって……」
「……人は、嫌いなものや不味いものを食べると、胃がそれ以上の摂取を拒否して小食になる。特別嫌いでなくとも、味付けや盛り付けが意に沿わなければ多少の影響は出る」
「つまり、あのアルマジロ人間アルマジロンには、それがないと」
「……そう。アルマジロンはどんなものでもフラットな状態で食べることが可能」
名前、アルマジロンに上書きされちゃったな。
マグダ、面白そうな方に乗っかるクセ、一回見直した方がいいぞ。
そして、もう一人。四十区の代表者が舞台へと上がる。
特に特徴のない、普通の男だ。若干腕に筋肉がついてるかなぁ、くらいの印象だ。
「おい、イメルダ。あいつは一体どんなヤツなん……だ…………って、あれ? イメルダは?」
「……赤い顔したスタイリッシュな男に連れていかれた」
スタイリッシュ・ゼノビオスが、懲りずにまたイメルダを食事にでも誘っていたのだろう。
不屈の精神を持つ男だ。
しょうがない。
「パーシー!」
「ん~? なんだよ、あんちゃん」
「あの男はどんなヤツなんだ?」
「ん?」
同じ四十区に住むパーシーから情報を得ようと試みる。
「いや、見たことねぇな、誰なんだ、あいつ?」
「お前使えねぇ! もう帰れ!」
「断る! ネフェリーさんのチア服を脳内に焼きつけるまでは、何があっても帰らねぇよ!」
えぇい、役に立たん男だ!
「あ、あれは飲食店のキリアンッスね」
意外なことに、ウーマロが男の情報を持っていた。
そういや、こいつも四十区出身だったっけな。
――ッカーン!
と、鐘が打ち鳴らされ第三試合が開始される。
「キリアンの店は玄人好みの渋いお店で、知る人ぞ知る名店なんッスよ」
「へぇ。どんなもんを食わせてくれるんだ?」
「超激辛料理ッス。あ、ほら、アレッスよアレ! 今試合で使われてる、激辛チキンッス!」
「なにっ!?」
ウーマロの言葉に、俺は思わず声を上げ、舞台へと駆け寄った。
選手の前には、皿に載った真っ赤な手羽先が置かれている。
「……ケーキじゃ、ない?」
そんな……なんで…………
「んほー! 辛ぇぇええええっ!」
「いやいや、これが当店では『普通』の辛さでありますが故、この程度で辛いなどとおっしゃるなんて、理解不能ですね、んふふっ」
辛い辛いと言いながら、アルマジロンは美味そうに激辛チキンを平らげていく。
自分の店の食い物だからか、キリアンも平然とした顔で真っ赤なチキンをぱくぱくと食べていく。
そんな中、ただ一人硬直しているのが、……デリアだ。
「デリア!」
「ヤ、ヤシロぉ……」
デリアが泣きそうだ。
ケーキじゃなかったのがそんなに悲しかったのか?
確かに、ケーキじゃないと苦戦を強いられるかもしれんが、こうなっては仕方ない、出来る限り食らいついてくれ。
……二連敗は、さすがにマズい。
「あ、あたい……が、頑張るからなっ!」
今にも泣きそうな顔で、デリアが言う。
溢れ出す不安が、その表情から見て取れる。
くそ……完全に読みを外した。
「いっ、いただきますっ!」
意を決して、デリアが真っ赤な手羽先に齧りつく。………………そして、全身の毛を逆立てて盛大に咳き込んだ。
「ごほっ! ごほっごほっ!」
「デリア!? 大丈夫か!?」
「……だい…………じょうぶ………………じゃ、なぁい…………」
デリアの目から、大粒の涙が零れ落ちていく。
「みぃ…………辛いよぅ…………すごく辛いよぅ…………」
大きな体を小さく丸めて、幼い少女のように嗚咽を漏らす。
もしかして、デリアって…………
「あ~……これは運が悪かったねぇ」
水槽に浸かりながら、マーシャがため息を漏らす。
「デリアちゃん、辛いのが全っ然ダメなの。ちょっと『ピリッ』ってするだけで泣いちゃうんだよぉ」
「……そんなに?」
「カイワレ大根、辛過ぎて食べられないんだって」
…………子供舌か!?
そういえば、カレーの時にマグダと二人で辛い辛い言っていたような……
カレーに威嚇とかしてたっけな……あれ、獣人族の特性なんじゃなくて、単にマグダとデリアが子供舌で辛いものが苦手だったからなんだな……
「ヤ、ヤシロぉ~……」
涙に揺れるデリアの声が聞こえる。
ギブアップ宣言か?
この状況じゃ仕方ないかもしれんが……二敗か…………
「あたい、……頑張るからなっ!」
「…………え?」
顔を上げると、デリアと目が合った。
涙で濡れた大きな瞳が、恐怖に揺れている。
けれど、懸命に自分を奮い立たせ、真っ赤な手羽先を口元へ運ぶ。
「ヤシロがあたいを信じてくれたんだ! あたいはそれに報いたいっ!」
がぶりと激辛チキンにかぶりつき、そして悲鳴を上げる。
涙と汗が一気に噴き出してくる。
ダメだ。これ以上は食わせられない…………
二敗だが……二勝を与えたわけではない。
ここで四十区が勝ってくれれば、全区が一勝ずつで並ぶ。それなら、まだ巻き返しのチャンスはある。
……だが。
「んほー! 辛い辛いうまぁーい!」
「ふ、ふふん。この程度の辛さは、辛みという分類にすら入らないレベルで私的には全然、まったくもって余裕ではあるのだけれど、いささか量が多い…………そもそも、人間の胃はこれほど大量に食物を収納できるようには作られておらず、また、生命活動に必要な最低限の食料を効率的にエネルギーへと変換できることこそが優れた生物の能力と言えるため、たとえ人より多く食べられたとしても、そんなものはまったく自慢にもならないことで……」
バカみたいにバカバカ食い続けるアルマジロンに対し、この激辛チキンの店長はうんちくを垂れて負けた時の保険をかけ始めていた。辛さに強いからここに出場したのだろうが、食う量が普通過ぎた。他の選手が辛さで食べられなければ、こいつが勝っていたかもしれんが……
今回は四十一区の勝利だろう。
…………二勝を、取られた。
マズい……マズいぞ…………
何がダメだった?
どうしてこうなった?
そうだ……俺だ。
俺がちゃんとリサーチをしなかったから……四十区の料理はケーキだと、勝手に決めつけて…………イメルダやウーマロに尋ねることすらしなかった。
足を運びもしなかった。
カレーなんて作って、浮かれている場合じゃ、なかったんだ…………
何やってんだよ、俺。
こんな……初歩的なミスで……………………負ける、のか?
読み終わったら、ポイントを付けましょう!