異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

159話 解決、ご褒美、そして…… -2-

公開日時: 2021年3月14日(日) 20:01
文字数:2,482

「ぁ、そうだ。でりあさん。まーしゃさんにぉ礼、言っておいて。海獣の皮、すごく役立ってるって」

 

 溜め池を覆うシートは、マーシャが提供してくれた巨大海獣の皮を使用している。

 コレが、防水性に優れ、軽く柔らかく、しかも頑丈で、まさに打ってつけの皮だったのだ。

 クジラか何かだと思ったのだが、魔獣らしい。俺の知らない生き物だった。

 

「あ~、あたいもマーシャにちゃんと礼言っとかなきゃなぁ」

「ん?」

 

 目を向けると、デリアは少し照れくさそうにはにかみながら、かりこりと頬を掻いた。

 

「あたいが悩んでる時にさ、『ヤシロに相談しろ』って、何度も言ってくれたんだよな」

 

 あの日。マーシャは、デリアを心配して四十二区に来ていた。

 

「けどあたい、ヤシロに会ったら怒られるかもって思ってたからさ、言うこと聞けなくて」

「まぁ、それが分かってたから、わざわざ陽だまり亭に顔を出したんだと思うぞ」

 

 俺たちがデリアを訪ねた日の朝、マーシャは陽だまり亭を訪れ、海魚を差し入れてくれた。

 それで手巻き寿司を作ろうと思ったわけで。

 

 わざわざ海魚を持ってきて、「デリアちゃんが心配だから様子見に来たの~☆」なんてことを俺に言い、そのくせその後ノーマのところにイカリの発注に向かった。

 考えてみればちぐはぐな行動だ。

 

 今思えば、あれはマーシャからのサインだったんだろうな。

『気付いてあげてほしい』っていう。

 

 悪かったな、その時に気付けなくて。まぁ、その日のうちに解決して、マーシャ的には満足していた様子だったけれど。

 海獣の皮も、礼のつもりだったのかもしれないな。

 

「それじゃあ、この袋を使って、ビワ、半分こしてね」

 

 と、少し大きめの袋を差し出すミリィ。

 用意周到だな。

 

 俺はそれを受け取り、ビワを袋に入れていく。

 マグダには少し多くやるとして、四人で分けるとあっという間に食いつくしてしまいそうだな。

 

「ビワって流通してないのか?」

「ぅん。あんまり食べる人がいないの」

「美味いのにな」

「そうだね。これは生花ギルドのみんなが好きなんだけど、知名度が低いから、隠れたオヤツなの」

 

 鮭といい、ビワといい、知る人ぞ知るって扱いの美味い物が多過ぎる気がするな。

 探せばなんだってあるんじゃないだろうか、この街は。

 

 リンゴもサクランボもビワも、みんな生花ギルドが森で採ってきてるってことは、果樹園のような場所はないのかもしれないな。

 レモンを作ってるところはあったみたいだけど……

 

「もう少し量があれば、タルトにでもするんだが……これだけじゃちょっと寂しいか」

 

 タルトなら、やっぱりフルーツがたっぷりないと寂しい。

 今回は諦めるか。

 

 ……と、思ったのだが。

 

「……タルト?」

 

 デリアの瞳が、ギラリと輝いた。

 

「ビワで、タルトを作るのか?」

「お、おぉ。でも、今回は数が少ないから、次の機会にでも……」

「美味いのか!?」

 

 すげぇ食いつきだ。…………噛みつかれたりはしないと思うんだが……

 

「ビワをコンポートにしてタルトにすれば、かなり美味いぞ」

「これを譲ったら食わせてくれるか!?」

 

 要するに、食べたいということらしい。

 

「あたいさぁ、ここ最近川を離れられなくて、そういう手の込んだ甘い物食べてないんだよなぁ。ポップコーンとネクター飴は美味しいから好きなんだけど、やっぱ、ケーキは別格だろ?」

 

 熱弁が始まった。

 いや、ちょっと時間作って食いに来ればいいじゃねぇか。

 

「オメロは泳げないから、子供らが川に落ちた時助けられないし、他のヤツらは役職もない連中だし、こう、頼りないっていうか、任せられないっていうか、保護者とか責任者って感じじゃないんだよなぁ……オメロの方が溺れそうだし」

 

 へぇ。

 デリアのヤツ、適当にしてるのかと思いきや、きちんとガキどもを預かる責任を感じてるんだな。それも、結構過保護なくらいに。

 言動が突き抜けているから忘れがちだが、こいつは一つのギルドを束ねるギルド長なんだよな。

 責任感の強さはさすがってわけか。

 

「けど、もう子供らも慣れたろうし、タルト作ってくれるなら食べに行くぞっ!」

「おい、責任感!」

 

 見直した瞬間に手のひら返されるとはなっ!?

 

「あたいこれ、いっぱい食べたいけど、……けど、全部ヤシロにやる! だから、タルト食べさせてくれ!」

 

 両手で持ったバスケットをこちらに差し出してくるデリア。

 けどな……そんな、捨てられる直前の子イヌみたいな半泣きの顔されてちゃ、受け取れねぇっての。

 

「食べ……食べたい……けどっ! タルトはもっと食べたい…………!」

「ぁ、あの、でりあさん。ビワなら、また持ってきてあげるから、ね? そんな泣きそうな顔しないで……ね?」

「ホントか!? いいのか!?」

「ぅん。森のお世話頑張ったから、今年は豊作なの」

「やったぁ! じゃあ、ヤシロ。はい、これ! よろしくな!」

 

 ……もらえると分かった途端、あっさりとバスケットを押しつけてきた。

 お前のその逞しさ、ちょっと分けてほしいよ……

 

 しかし、この水不足の中、よくもちゃんと世話が出来たもんだな。

 豊作って、すごいことなんじゃないか。普通よりも厳しい状況なのにな。

 

「それじゃあ、作ってくるから、あと二時間くらいしたら陽だまり亭に来てくれ」

「分かった! それまでに子供らを疲れさせて帰らせるな!」

 

 いや、他の誰かを監視役に置いてくれればそれでいいんだが。

 

「オメロと、誰か泳ぎのうまいヤツをセットで置いておけば問題ないだろう?」

「そうか! 二人掛かりでやらせればいいのか! ははっ、やっぱりヤシロは頭がいいなぁ!」

 

 思いつきそうなもんだがなぁ、それくらい。

 まぁ、デリアはどんなことに対しても「自分が全力で!」ってタイプだしな。

 

「ぅはーい! ケーキだケーキ! 全力で食ってやるっ!」

 

 ……そこでは「自分が全力で!」を発揮するなよ。ケンカになるから。

 

「ミリィも一緒にどうだ?」

「ぇ、いいの?」

「当たり前だろ。ミリィもいろいろ頑張ったもんな」

「ぅん! じゃあ、でりあさんと一緒に行くね」

「おう」

 

 今から陽だまり亭に戻って作り始めれば、昼過ぎには焼き上がるだろう。

 厨房の隅っこを使わせてもらおう。

 

 デリアとミリィ、あとガキどもに声をかけてから、俺は陽だまり亭へと戻った。

 

 

 

 

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