「ぁ、そうだ。でりあさん。まーしゃさんにぉ礼、言っておいて。海獣の皮、すごく役立ってるって」
溜め池を覆うシートは、マーシャが提供してくれた巨大海獣の皮を使用している。
コレが、防水性に優れ、軽く柔らかく、しかも頑丈で、まさに打ってつけの皮だったのだ。
クジラか何かだと思ったのだが、魔獣らしい。俺の知らない生き物だった。
「あ~、あたいもマーシャにちゃんと礼言っとかなきゃなぁ」
「ん?」
目を向けると、デリアは少し照れくさそうにはにかみながら、かりこりと頬を掻いた。
「あたいが悩んでる時にさ、『ヤシロに相談しろ』って、何度も言ってくれたんだよな」
あの日。マーシャは、デリアを心配して四十二区に来ていた。
「けどあたい、ヤシロに会ったら怒られるかもって思ってたからさ、言うこと聞けなくて」
「まぁ、それが分かってたから、わざわざ陽だまり亭に顔を出したんだと思うぞ」
俺たちがデリアを訪ねた日の朝、マーシャは陽だまり亭を訪れ、海魚を差し入れてくれた。
それで手巻き寿司を作ろうと思ったわけで。
わざわざ海魚を持ってきて、「デリアちゃんが心配だから様子見に来たの~☆」なんてことを俺に言い、そのくせその後ノーマのところにイカリの発注に向かった。
考えてみればちぐはぐな行動だ。
今思えば、あれはマーシャからのサインだったんだろうな。
『気付いてあげてほしい』っていう。
悪かったな、その時に気付けなくて。まぁ、その日のうちに解決して、マーシャ的には満足していた様子だったけれど。
海獣の皮も、礼のつもりだったのかもしれないな。
「それじゃあ、この袋を使って、ビワ、半分こしてね」
と、少し大きめの袋を差し出すミリィ。
用意周到だな。
俺はそれを受け取り、ビワを袋に入れていく。
マグダには少し多くやるとして、四人で分けるとあっという間に食いつくしてしまいそうだな。
「ビワって流通してないのか?」
「ぅん。あんまり食べる人がいないの」
「美味いのにな」
「そうだね。これは生花ギルドのみんなが好きなんだけど、知名度が低いから、隠れたオヤツなの」
鮭といい、ビワといい、知る人ぞ知るって扱いの美味い物が多過ぎる気がするな。
探せばなんだってあるんじゃないだろうか、この街は。
リンゴもサクランボもビワも、みんな生花ギルドが森で採ってきてるってことは、果樹園のような場所はないのかもしれないな。
レモンを作ってるところはあったみたいだけど……
「もう少し量があれば、タルトにでもするんだが……これだけじゃちょっと寂しいか」
タルトなら、やっぱりフルーツがたっぷりないと寂しい。
今回は諦めるか。
……と、思ったのだが。
「……タルト?」
デリアの瞳が、ギラリと輝いた。
「ビワで、タルトを作るのか?」
「お、おぉ。でも、今回は数が少ないから、次の機会にでも……」
「美味いのか!?」
すげぇ食いつきだ。…………噛みつかれたりはしないと思うんだが……
「ビワをコンポートにしてタルトにすれば、かなり美味いぞ」
「これを譲ったら食わせてくれるか!?」
要するに、食べたいということらしい。
「あたいさぁ、ここ最近川を離れられなくて、そういう手の込んだ甘い物食べてないんだよなぁ。ポップコーンとネクター飴は美味しいから好きなんだけど、やっぱ、ケーキは別格だろ?」
熱弁が始まった。
いや、ちょっと時間作って食いに来ればいいじゃねぇか。
「オメロは泳げないから、子供らが川に落ちた時助けられないし、他のヤツらは役職もない連中だし、こう、頼りないっていうか、任せられないっていうか、保護者とか責任者って感じじゃないんだよなぁ……オメロの方が溺れそうだし」
へぇ。
デリアのヤツ、適当にしてるのかと思いきや、きちんとガキどもを預かる責任を感じてるんだな。それも、結構過保護なくらいに。
言動が突き抜けているから忘れがちだが、こいつは一つのギルドを束ねるギルド長なんだよな。
責任感の強さはさすがってわけか。
「けど、もう子供らも慣れたろうし、タルト作ってくれるなら食べに行くぞっ!」
「おい、責任感!」
見直した瞬間に手のひら返されるとはなっ!?
「あたいこれ、いっぱい食べたいけど、……けど、全部ヤシロにやる! だから、タルト食べさせてくれ!」
両手で持ったバスケットをこちらに差し出してくるデリア。
けどな……そんな、捨てられる直前の子イヌみたいな半泣きの顔されてちゃ、受け取れねぇっての。
「食べ……食べたい……けどっ! タルトはもっと食べたい…………!」
「ぁ、あの、でりあさん。ビワなら、また持ってきてあげるから、ね? そんな泣きそうな顔しないで……ね?」
「ホントか!? いいのか!?」
「ぅん。森のお世話頑張ったから、今年は豊作なの」
「やったぁ! じゃあ、ヤシロ。はい、これ! よろしくな!」
……もらえると分かった途端、あっさりとバスケットを押しつけてきた。
お前のその逞しさ、ちょっと分けてほしいよ……
しかし、この水不足の中、よくもちゃんと世話が出来たもんだな。
豊作って、すごいことなんじゃないか。普通よりも厳しい状況なのにな。
「それじゃあ、作ってくるから、あと二時間くらいしたら陽だまり亭に来てくれ」
「分かった! それまでに子供らを疲れさせて帰らせるな!」
いや、他の誰かを監視役に置いてくれればそれでいいんだが。
「オメロと、誰か泳ぎのうまいヤツをセットで置いておけば問題ないだろう?」
「そうか! 二人掛かりでやらせればいいのか! ははっ、やっぱりヤシロは頭がいいなぁ!」
思いつきそうなもんだがなぁ、それくらい。
まぁ、デリアはどんなことに対しても「自分が全力で!」ってタイプだしな。
「ぅはーい! ケーキだケーキ! 全力で食ってやるっ!」
……そこでは「自分が全力で!」を発揮するなよ。ケンカになるから。
「ミリィも一緒にどうだ?」
「ぇ、いいの?」
「当たり前だろ。ミリィもいろいろ頑張ったもんな」
「ぅん! じゃあ、でりあさんと一緒に行くね」
「おう」
今から陽だまり亭に戻って作り始めれば、昼過ぎには焼き上がるだろう。
厨房の隅っこを使わせてもらおう。
デリアとミリィ、あとガキどもに声をかけてから、俺は陽だまり亭へと戻った。
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