異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

374話 兄弟の本気 -4-

公開日時: 2022年7月23日(土) 20:01
文字数:4,184

 とりあえず、合格ということでいいかな。

 

 なんの覚悟もなく、努力をした気になっているヤツはここ一番って時に責任から逃れようとする。

 そんなことをされたら、関係したすべての人間に迷惑がかかる。

 どれだけ圧をかけても脅し過ぎということはないだろう。

 

「それじゃあ、領主が集まったところで、もう少し掘り下げた話をしよう。――その間に、ジネット」

「はい?」

 

 突然名を呼ばれて、ジネットが目をぱちくりと瞬く。

 

「ここの厨房を借りて、ちょっと作ってほしいものがあるんだ」

「なんでしょう?」

「ちょっと待ってろ。今レシピを書く」

 

 ジネットなら、レシピさえあればなんだって作ってくれる。

 この先は金と権利の話だからジネットには関係のない話になる。

 ラーメンの伝授について話を詰めようと思ってついてきてもらったが、その前にちょっと現物を交えてフードテーマパークの有用性をプレゼンした方がいいだろう。

 

「足りない道具や材料はオルフェンの金で購入していいから、使用人に行商人を呼んできてもらってくれ」

「えっ!?」

「なんだよ? 10万Rbは出す覚悟があったんだろ? 今使う金なんか微々たるものじゃねぇか」

「それは、……そう、ですね」

 

 オルフェンの顔色が悪い。

 そんなオルフェンの背をアヒムが叩く。

 

「もっとどっしりと構えているのだ。少々のことで動揺していては、相手に足を掬われるぞ」

「は、はい。……精進します」

 

 結構小心者らしいオルフェン。アヒムのサポートは必須だな、こりゃ。

 

「では、オルフェンさん。厨房をお借りしますね」

「あぁ。パメラに案内させよう。彼女もそれなりに料理が出来るから」

「では、お願いします。パメラさん」

「りょ! 案内するなのです。こっちなのです」

 

 ひょこひょこと嬉しそうに弾んで応接室を出て行くパメラ。

 あいつ、給仕長っぽくないよなぁ。

 とはいえ、スピロは生理的にNGだし、パメラに頑張ってもらわなければ、三十一区と断交してしまうかもしれない、生理的嫌悪が原因で。

 

「ウーマロ、アヒム。ちょっと地図を見てくれ」

「はいッス」

「承知しました」

「……ねぇヤシロ。さらっとミスター・アヒムの上に立つのやめてくれるかい? 領主でなくなったとはいえ、貴族なんだけど」

 

 なんだよ、うっせぇな。

 マーゥル枠だろ? ならこんな扱いで十分だろうが。

 

 ん、マーゥルと言えば……

 

「なんでゲラーシーがここにいるんだ!?」

「領主だからだ!」

 

 なんかゲラーシーが紛れ込んでてびっくりした。

 マーゥルは来ていないようだ。

 どーりでドニスが「これでもか」ってくらいに前に出てこないと思った。

 

 ま、今は関係ないから無視しておこう。見ててもつまらない顔だし。

 と、視線を向けたアヒムも、なかなかにつまらない顔をしているなぁ、チキショウ。

 

「四貴族の農地はほぼ同じ面積だよな?」

「いえ、上位二家の方が下位二家より農地が大きくなっています。ほら、これくらい」

 

 アヒムが各貴族の農地の面積を正確に教えてくれる。

 やっぱり把握していたか。

 

「まぁ、そこは土地代の分配で整合性を取るとして、この四つの農地をほぼ同じ面積で区切って四つのエリアを作りたいんだ。で、入り口と中央にはどのエリアにも属さないスペースを作る」

 

 中央には象徴的な建造物を置き、入り口にエントランスを設ける。

 この辺に、エリアの雰囲気には合わないがテーマパークには欲しいレストランや土産物屋を置いておく。

 

 全部のエリアのグッズが揃っている土産物屋。

 少ない量で食べ比べするのではなく、きちんと一食分食べられるレストラン。

 そういうものも必要になる。

 

 それから、各エリアに配置する店の数、食べ比べが出来るイートインスペース、アトラクションに使うスペースをざっくりと決めていく。

 本決まりではないが、アバウトにでも数字がある方が話し合いは進むものだ。

 

「これくらい出店スペースがあるが、どのエリアにどれだけ店を出すのか、自区の懐事情と話し合って決めてくれ」

「ふむ……すべてのエリアに出店しようと思えば、かなりの出費になるな」

「しかし、その分見返りも多そうだ。年間の来場者はどれほどを見込んでいるのだ?」

「それは難しいな。いかんせん、こういうテーマパーク自体が初めての試みだからな、予測は難しいが……最低でも10万人は超えたいと思う」

「ほほぅ、10万」

「それではやはり店は絞った方がよさそうですなぁ」

 

 強気な領主、弱気な領主、同じ話を聞いていても反応は様々だ。

 

「一応、各区とも、全エリアに一店舗は出してもらおうと思っている」

「……ふむ」

「反応が読めない最初期は、今回貸し付ける金額から場所代を天引きすればいい。言い換えれば、最初の半年から一年弱は無料でお試し出店が出来るというわけだ」

「なるほど。それならば、テーマパークが軌道に乗るまでの間にいろいろ試せそうですな」

 

 そこから、アヒムとウーマロが細々とした数字を出して大まかな店の数や大きさを詰めていく。

 几帳面なアヒムが、正確に店舗の面積を調整していき、ウーマロが限られた面積の中で機能的なキッチンと客席を間取り図にはめ込んでいく。

 

「ここの壁は取っ払って、客席は全店で共通にすれば、もう少し店を増やせるだろ?」

「なるほどッス。なら、こんな感じで――」

「あっ、でしたら、いっそこの固まりをこちらへ持ってきて、逆にこの辺をこっちへ――」

「あー、それならかなりスペースが大きく使えるッスね」

 

 エンジンがかかってきたようで、ウーマロとアヒムの話が噛み合っていく。

 ド几帳面なアヒムの考えは、無駄を排除して機能性を重視するウーマロの建築方法に非常にマッチするようで、アイデアが次々に生み出されていく。

 アヒム、こっちの方が向いてそうだな。

 

 設計はウーマロに任せて、俺はオルフェンに向き直る。

 

「工事が始まる前に、三十一区の下水工事を完成させたい。あとから掘り返すのは困難だからな」

 

 テーマパークの建設に合わせ、周辺の建物にも手を加えるつもりだ。

 パークを出てすぐ小汚い街並みが見えたんじゃ、折角の余韻が台無しだ。

 せめて、三十一区を出るまではテンションが持続するような街にしたい。

 

「それで、ゲラーシー、イベール、それからカーネル」

「ミスター・マルコ・ワーグナーだよ!」

「あぁ、そうそう、マルコ」

 

 三十二区のカーネルさんはマルコさんだったっけな。

 

 三十一区の近隣区である二十九区、二十三区、三十二区の領主に声をかける。

 隣の三十区は、まだ開発を行える状況ではない。

 なので、その隣の二十九区に頼む。

 

「テーマパークに来る客が宿泊できる宿をいくつか作ってくれないか?」

「宿、だと?」

「そうだ。高級ホテルを頼む」

「需要があるのか?」

「需要を生むために作るんだよ」

 

 ゲラーシーが難しい顔で悩み始めるが、これは重要なことだ。

 テーマパークと提携し、ホテルに泊まるとパークで優遇されるようにする。

 パークを楽しむためには、そこのホテルで一泊するべし! と、そんな世論を形成する。

 

「アンバサダーホテルってヤツだ。無料送迎の馬車を出して、パークの入場料を宿泊料に含むとか、キャラクターグッズを扱うとか、部屋の中がパークと似た雰囲気になっているとか、楽しませ方はいくらでも考えられる」

 

 いつまでも覚めない夢の中にどっぷりと浸かってもらえば、自然と財布の紐も緩むというものだ。

 

「もちろん、遠い区でもアンバサダー契約をすることは出来る。……そうだな、たとえば、テーマパークが遠いから行くのを躊躇っている客に擬似的にパークを堪能してもらえる、小規模のアトラクションや、パークで食べられるメニューを揃えたレストランとか」

 

 夢の国のネズミストアは、全国各地に店を出し、遠くてパークへ行けないファン層をがっちりと掴んでいた。

 今はここでグッズを買って行きたい気持ちを紛らわせるが、いつか必ずパークへ行ってやる! と、そんな意思を育むのだ。

 

「今は借金の塊だが、いつかはそのパークの名前が客を呼ぶ魅力に変わる。こいつは先行投資だと思ってくれていい」

 

 外周区と『BU』が総出で盛り上げれば、多くの者がテーマパークを訪れる。

 賑わえば、他所から来た商人の目にも留まるだろう。

 その商人が他の街でテーマパークの話をすれば、いつかは他国から観光客がやって来るかもしれない。

 

 時間はかかるが、投資するには十分な魅力のある話だ。

 

「おい、オオバ」

 

 そんな中、リカルドが訝しげな目で俺を見る。

 

「四十二区の旨みが少なくないか?」

 

 リカルドの意見に、デミリーも同意を示す。

 腕を組んで頭の中で何やら計算をしている様子で。


「ふむ、確かにね。四十二区にもアンバサダーホテルを建てるのかい?」

「四十二区にそんなスペースは余ってねぇよ」

 

 テーマパークの恩恵は、四十二区にはさほど降りかかってこない。

 だが、テーマパークを中心に外周区と『BU』各区が協力体制を敷けば、横の繋がりはより強固となり、妙な諍いや侵略なんてことは起こらなくなる。

 

 下手に悪巧みをすれば、折角築いた協力関係にヒビを入れることになる。

 どこか一つの区を攻撃するつもりが、外周区と『BU』のすべてを敵に回していた、なんてことになりかねない。

 

 そういう頑丈な基盤があれば――

 

 

 

 いつかカンパニュラが領主として三十区に立った時に、その身に降りかかる危険を限りなくゼロに近付けることが出来るだろう。

 

 

 

 俺たちの都合で担ぎ出してしまったのだ。

 自分の意思でやると言ってくれているとはいえ、俺は、カンパニュラが盤石な足場を築き上げるまで責任を持って面倒を見てやるつもりだ。

 

 俺にとってのメリットは、そういう部分かな。

 

 カンパニュラのために、三十一区を儲けさせる。

 そして、最優先で三十区と、そこの領主となるカンパニュラの味方をさせる。

 

 そうでなきゃ、俺が落ち着いて四十二区で暮らせないからな。

 

 そして、それはカンパニュラを自区の子のように可愛がっている四十二区領民たちみんなの望みでもあるだろう。

 四十二区の利益は、そういう部分で十分お釣りがくる。

 

 

「ま、俺は個人的に生涯入場無料券を陽だまり亭の人数分ぶんどるつもりでいるけどな」

「あ、それいいね。ボクももらお~っと」

「給仕たちの慰安旅行も検討してくださると、私は信じておりますよ」

 

 俺とエステラとナタリアがそんな話をすると、リカルドは呆れたような顔で嘆息した。

 

「欲がなさ過ぎだろう、お前ら」

 

 

 まぁ、そう思いたいなら思っていればいい。

 思うだけなら、自由だからな。

 

 

 

 

 

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