ヴァージンロードをしずしずとゆっくり進む新郎新婦。
祭壇の前で待つベルティーナのもとまで行き、歩を止める。
「ようこそ。精霊神様の御前へ」
ベルティーナのクリスタルのような声が響く。
「新郎、セロン」
「はい」
「汝、健やかなる時も、病める時も、妻ウェンディを愛し、共に生きることを誓いますか?」
「――誓います」
一呼吸おいて、はっきりとセロンが言葉にする。
それを確認し、ベルティーナが新婦に語りかける。
「新婦、ウェンディ」
「はい」
「汝、健やかなる時も、病める時も、夫セロンを助け、慈しみ、その生涯を共に歩むことを誓いますか?」
「――はい。誓います」
こちらは落ち着いた、柔らかい声だった。
続いて、指輪の交換が行われる。
この指輪は、アッスントが勧めてくれた細工職人に頼んで作ってもらった一品物で、お値段もそれなりにする高級品だ。
セロン、よく頑張ったな。
俺なら、一ヶ月間くらい胃がシクシク痛みそうな金額だったのだが、レンガの売れ行きが好調なのか、セロンは一括で購入していた。
ベルティーナに呼ばれて、ハムっ子たちが指輪を持ってくる。粛々とした足取りで。……こんなことも出来るんだなぁ、ハムっ子は。
ハムっ子が持ってきた指輪を、新郎新婦が共に受け取り、互いの指にはめる。
指輪の交換が済むと、招待客からうっとりしたようなため息が漏れた。
女子たちが心を打たれたようだ。……うむ。流行るな、これは。
「それでは、新郎より新婦へ、誓いの言葉を贈ってください」
本来なら、ここで誓いの口づけなのだろうが……
いきなり人前でのキスはこの二人にはハードルが高いだろう。
主に、俺とかからの激しい妨害を掻い潜るのがな……
まぁ、そういうのはもっとオープンな新郎新婦が先駆者になればいいと思う。
この二人には違う形で愛を誓ってもらう。
それが、セロンの課題でもあった『プロポーズ』だ。
かつてヤツは「僕は死にません!」なんて言葉をプロポーズだと言いやがったわけだが、俺がそれを認めず再度プロポーズをするように求めていたのだ。
それを、今この場で、関係各位が見守る中で行ってもらう。
さぁ、腹を決めろ、セロン!
「すぅ…………はぁ…………」
静寂に包まれる礼拝堂で、セロンが大きな深呼吸をした。
その音が、場の緊張感をグッと高める。
セロンがそっと腕を伸ばして、ウェンディの顔にかかっているベールを上げた。
祭壇の前で見つめ合うセロンとウェンディ。
ベルティーナはさり気なく、邪魔にならない位置へと下がる。
礼拝堂にいるすべての者の視線がセロンとウェンディに注がれる。
そんな中、決意を秘めた瞳で、セロンが口を開く。
「ウェンディ」
「……はい」
「僕は……君に秘密にしていることがあるんだ」
「ひみつ……?」
「うん」
照れた素振りで小鼻をかく。
一度視線を逸らし、けれど、再度しっかりとウェンディを見つめて、セロンは続ける。
「初めて君に会ったあの時……君は泣いていたね。『一人は寂しい』って」
「…………覚えて、いてくれたの?」
「忘れないよ。一生。絶対に。だって……」
ややはにかみながら、いつもの爽やかな笑みでセロンははっきりと言った。
「初めて見たあの瞬間に、僕は君に恋をしたんだ」
その時のセロンの顔は、悔しいかな、俺から見ても格好のいいものだった。
「ウェンディ。あの日からずっと、僕は君が好きです。これからも、たぶんずっと好きでいると思う。もっともっと好きになるかもしれない。いや、たぶんそうなると思う」
「…………ぅん」
ウェンディの声が涙に震える。
鼻をすすり、それでも懸命に前を向き、セロンを見つめようとするウェンディ。
そんな姿に、招待客の中からも鼻をすする音が聞こえ始める。
「愛しています、ウェンディ。これからもずっと、僕に君を愛させてほしい。君が僕を愛してくれている以上に」
「…………はぃ。よろしく…………お願いします」
たっ……と、半歩分の距離を駆け寄り、ウェンディがセロンにその身を預ける。
祭壇の前でしっかりと抱き合う二人。
招待客の間から盛大な拍手が起こる。
随分と賑やかではあるが、こいつらにはこれくらいの方がお似合いかもしれない。
……よく頑張ったな、セロン。
俺も、惜しみない拍手を贈ってやろう。
隣を見ると、ジネットが両目を真っ赤に染めて、泣き笑いの顔で懸命に拍手をしていた。
その顔が、大きな瞳が――驚愕に見開かれる。
何事かとセロンたちを見ると……
「…………あ」
セロンとウェンディが、キスをしていた。
あいつら……勝手に盛り上がって、誓いのキス、しやがった。
その光景を見て、俺は確信したね。
こっちの結婚式でも、誓いの口づけは定着するだろうなと。
だがその前に、これだけは声を大にして言っておきたい。
「せーのっ!」
俺の号令に合わせて、招待客の、主に男どもが腹の底からの叫びを上げる。
「「「「「爆ぜろっ!」」」」」
――うん。これは、定番にならなくていいや。
式が終わると、招待客は礼拝堂の外へと誘導された。
これからここで、ブーケトスが行われる。
何度も何度もミリィを借りてしまった生花ギルドへのお礼も兼ねて、ブーケにはいい花を使ってもらっている。
定着すれば、売り上げも伸びるはずだ。
「さぁ、女性のみなさん、なるべく前の方へ来てくださいです! 見事キャッチした方は、この次結婚式を挙げられる可能性がググッと上がるらしいですよ!」
ロレッタの声に、ドレス姿の女性陣がギラついた目で前へと集結する。
血走った眼をしているとあるキツネ人族の美女とかがいたりしたのだが……見ないでおいてやろう。
「あくまで、俺の故郷で『そう言われてた』だけだからな? 縁起物だから、真に受け過ぎるなよ?」
『精霊の審判』対策に、そんな注釈をきっちりと説明しておく。
「言い伝えでもなんでもいいさねっ! 可能性、確率……どっちも高い方がいいに決まってるさねっ!」
と、どこかの女性が魂の叫びを寄越してきたのだが……聞かなかったことにしてやろう。
今日はめでたい日だ……涙は、似合わないもんな。
「それでは、投げますよ~!」
日本でのそれと同じように、ウェンディが後ろを向いて、頭越しにブーケを放り投げる。
「どけぇぇえぃ!」
「もらったぁ!」
「ぅぅぅぅうううおおおおおおりゃっぁあああ!?」
「ぎゃるべっつごるべるりゃぁぁあああっ!」
「ギャースギャース!」
半ば、女性とは思えないような、そんな本性剥き出してブーケを取ったら逆に婚期が遅れるだろうみたいな声を上げて、飢えた女たちが空中を舞うブーケに群がる。
だが……
「……キャッチ」
身軽なマグダが他の女性陣の頭上を軽やかに飛び越してブーケをキャッチしてしまった。
唖然とする女性陣。
そして、華麗に着地をした後で、マグダはこんなことを言った。
「……マグダが成人するまで、全員結婚できない。……ざまぁ」
直後に、断末魔のような悲鳴が轟いたのだが…………今日はめでたい日だ。詳細は伏せておくとしよう。
結婚式が終わり、新郎新婦は再び馬車へと乗り込む。
その馬車には、金物ギルドに作ってもらった鉄製の筒が無数紐で括りつけられている。
この馬車で街門まで行き、「ぐるっと回って」陽だまり亭へ来てもらう。
決して「Uターン」ではない。戻るとか、縁起悪いからな。
「ぐるっと回って」来てもらうのだ。
ほら、あれだ。
ドラマの結婚式とかで、新郎新婦が空き缶を括りつけた車で移動するヤツ。アレの再現だ。
実際アレをやってるヤツがいるのか、甚だ疑問ではあるが、四十二区でやる結婚式なんだ、面白そうなものは積極的に取り入れるべきだろう。
「それでは、行ってきます」
見送る俺たちに手を振って、セロンとウェンディは馬車に揺られて街門方向へと向かった。
カンカラ、カンコロと、鉄製の筒が軽快な音を鳴らして楽しげだ。
「よしっ! 陽だまり亭関係者集合!」
「はい!」
「……ここに」
「あたしもいるです!」
俺の招集に、ジネット、マグダ、ロレッタ、それからデリアにノーマにネフェリーまでもが集まってくれた。
そう。俺たちはこれからが修羅場なのだ。
「ダッシュで戻って料理の準備をするぞ!」
「「「「「「おーっ!」」」」」」
セロンたちを街門方向へ向かわせたのは時間稼ぎだ。ゆっくりと三十分くらいかけて街道を「ぐるっと回って」来ることになっている。
名目としては、結婚式を見られなかった人たちに、ウェンディの素敵なウェディングドレス姿を披露するため、ってことになっている。
だが実際は、料理を作るための時間稼ぎだ。
……そうでもしなきゃ、ジネットたちに結婚式を見せてやれなかったからな。
「まずはドリンクが出て、サラダにスープ、オードブルと続く。その間にジネット、メインディッシュを人数分、なんとしてでも作り上げてくれ!」
「任せてください! わたし、頑張ります!」
「……ロレッタは、マグダと一緒にオードブルの準備を」
「はいです! 一緒に頑張るです、マグダっちょ!」
「そんじゃ、アタシとネフェリーでサラダとスープを担当するさね。下ごしらえは済んでいたし、アタシらでなんとかやれるさね」
「うん。任しといて。盛り付けには自信があるんだ、私」
「ヤシロ! あたいは何をすればいい?」
「元気いっぱい頑張れ!」
「おう! 任せとけ! 大得意だ!」
こうやって役割分担も済み、俺たちは全速力で陽だまり亭へ戻った。
披露宴まで三十分。
なんとしても間に合わせて、最高の披露宴にしてやる!
空は茜色に染まり、この一大プロジェクトはいよいよクライマックスへと差しかかる。
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