異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

155話 トラブルを呼び込む体質 -2-

公開日時: 2021年3月13日(土) 20:01
文字数:3,153

「お~い、デリアー!」

 

 50メートルほど離れた位置から、手を振って声をかける。

 ――と、デリアの体がビクンと跳ねた。

 遠くからでも分かるくらいに、デリアが狼狽している。

 

「……なんだ?」

「とにかく行ってみよう」

「あぁ」

 

 デリアの不審な行動に疑問を抱きつつ、俺とエステラは心持ち歩調を速めてデリアのもとへと向かう。

 俺たちに気付いてから、デリアは一瞬逃げ出しそうな素振りを見せ、でも思いとどまり、俺たちの顔を交互に見て、その背後に誰かの姿を探し、俺たちしかいないと見るや盛大に肩を落とした。

 そして、それ以降は俺たちがデリアの前にたどり着くまでずっと俯いて顔を逸らしていた。

 

「デリア、どうした?」

「あ……ぅ………………あたい…………その……」

 

 明らかに様子がおかしい。

 クマ耳が元気なく垂れているデリアは非常に珍しい。

 

「ねぇデリア。少し話を聞いてもいいかな?」

 

 エステラの言葉に、デリアの尻尾が一回り大きくなる。

 そして、グッと拳が握られる。

 

「…………怒りに、来たのか?」

「へ?」

 

 素っ頓狂な声を上げるエステラ。

 そんな、どっちかっていうと面白い部類に入る表情のエステラを見てもなお、デリアは沈んだままの顔をしている。

 そして、ゆっくりと、俺へと視線を向け………………ない。途中で止まってこちらには向かない。

 ただ、唇がきゅっと引き結ばれている。

 

 なんというか……

 まるで泣くのを我慢している少女のようだ。それも、自分は悪くないのに大人たちがそれを理解してくれないと悔しがっているような、そんな悲哀を感じさせる。

 

「デリア」

「――っ!?」

 

 呼びかけると、デリアは肩を跳ねさせ、小さく二歩、俺から遠ざかった。

 ……やっぱり、俺の思った通りか。

 

「大変だったな」

「………………へ?」

 

 俺の発した言葉の意味を理解するのに時間がかかったのか、たっぷりの時間を空けて、デリアがゆっくりとこちらを向いた。

 

「大丈夫か? 泣いてなかったか?」

 

 力が入ってガチガチに固まっていた肩周りの筋肉がゆっくりと弛緩していき、表情からも険しさが薄らいでいく。

 

「そんな顔すんなよ。お前は何も間違ってないんだから」

「……やっ………………やしろぉぉぉおおっ!」

 

 デリアが俺の首に飛びついてくる。……全力で。

 

「くっ! 苦しい! ちょ、ちょっと力抜け! 折れる! 首、もげる!」

「やだ!」

「俺死んじゃうよ!?」

「ヤダ! 強くなれ!」

「お前が手加減しろぉ!」

 

 折角の感触も弾力も楽しむ暇もなく、俺は命からがらデリアの拘束を解いた。

 ……俺、この場所でデリアに絞められるの何度目だ?

 

 俺の体から引き離されたデリアは、膝の力が抜けたようにその場にへたり込んで、両手で顔を覆ってしまった。

 しくしくと、幼い女の子のような嗚咽を漏らす。

 

「……ヤシロ。これって、どういうことなんだい?」

「怖かったんだよ、俺らが」

「怖かった? ……って、そうなのかい、デリア?」

 

 投げかけられた問いに、デリアは首肯で答える。泣いているので声が出せないのだろう。

 

「なんでまた……」

「さっき自分でも言ってたじゃねぇかよ」

 

 川に来る前に、オメロたちと話していた時にも、その前のミリィとの話の時にも。

 

「困ったことがあった時、四十二区の人間が頼るのは誰だ?」

「ヤシロ」

「……領主だろ」

 

 まぁ、俺もきっと頼られる方に入ってるんだろうが……つか、デリアたちから見ればきっとそう見えてるんだろうが。

 

「そんな二人が揃って、それも二人だけで会いに来たもんだからデリアは思ったんだよ。『怒られる』ってな」

「ボクたちがデリアを怒る理由がないじゃないか」

「俺らになくても、デリアには怒られそうな……『怒られたらどうしよう』って不安になるようなことがあったんだよ。ほら、オメロが言ってたろ? 俺とお前への接触禁止令が出てるって」

「あぁ……えっ、それって、ボクたちに接触すると怒られるかもしれないから、ってことだったの?」

「デリアは、そう思ったんだろうな」

 

 例えば、オメロが今の状況を俺やエステラに報告する。

 すると俺とエステラが揃って「何やってんだデリア!」と怒りに来る……と、デリアは思っていたわけだ。

 

「なんでまた、そんな風に思っちゃったのかなぁ……」

「それもお前が言ってたじゃねぇか」

「んん?」

 

 なんのことだか分からないという風に首を傾げるエステラ。

 起こった事態を真正面からではなく、違う視点で見れば簡単に分かることだぞ。

 それに、お前には経験のある感情だと思うぞ。

 

「農業ギルドとか、それ以外のヤツからもいろいろ相談を受けたんだろう?」

「へ? あぁ、うん。水路をなんとかしてほしいって」

「お前のところに行く前に、そいつらが取る行動はなんだと思う?」

「ボクのところに来る前に? …………まずは、川を見に来て、デリアに……あっ」

 

 状況を思い浮かべて、なんとなく察しがついたらしい。

 エステラがデリアに視線を向ける。なんとも切なそうな、哀れむような視線を。

 

「自分に信念があって、自分は間違ってないって自信があってもだ……」

「……うん。多くの者に異を唱えられたら、自分が間違ってるんじゃないかって、すごく不安になるよね」

 

 デリアは川とそこに住む魚たちを守るために当然の措置を取った。

 それは川漁ギルドのギルド長としては絶対に譲れない、必須の行動だった。

 

 だが。

 多くのギルド、多くの人間に「なんで川を堰き止めないんだ」と言われ続けたら、堰き止めない自分が間違っている……自分が悪いんじゃないかという不安にのみ込まれてしまう。

 

 どんなに強いヤツでも、多数に反対意見を言われれば心が揺らいでしまうものだ。

 まして、ここに来る連中は川を堰き止めて水路に水を流してほしいヤツ『だけ』だからな。

 陽だまり亭のように、水路を必要としていない者はそもそもこの川には来ないのだ。

 

 自分の意見と相反する者ばかりに、何度も何度も会い続けて、自分のやり方を否定されれば……全世界が自分を悪者だと見ているのではないか…………そんな錯覚に陥ってしまっても仕方がないと言える。

 

「それで、ボクたちを見て『怒られるかも』……って?」

「あぁ。たぶん、モーマットやミリィあたりに頼まれてデリアを説得に来たと思ったんじゃないか?」

「…………うん…………あたいを叱って、川を堰き止めさせるつもりだと……思った」

 

 真っ赤に染まった目をこすりながら、デリアが弱々しい声で言う。

 

「……ヤシロとエステラに来られたら…………絶対川は堰き止められちゃうって…………怖かったし、…………悲しかった」

 

 これまで、俺とエステラはいろんなものを改革してきた。

 四十二区が大きく変わったあれやこれやの出来事の中心には、いつも俺と領主であるエステラがいた。

 

 だから、俺たちが来てしまえば、自分の意見はねじ伏せられて川は堰き止められるだろうと、デリアは恐れていたのだ。

 それ故の、オメロたちに課した『ヤシロ&エステラへの接触禁止令』だったのだろう。

 

 ポップコーンの買いだめにしたって、忙しくて買いに来られないからではなく、俺に会いたくないという思いからの行動だったのだろう。

 

「さっきも……ヤシロとエステラが二人で来たから…………店長がいたら、もしかしたら違う用件かとも、思えるけど…………二人だけだったし…………ぐすっ」

 

 デリアの素直過ぎる吐露に、エステラが複雑な表情を浮かべる。

 

「あはは……ボクたち二人って、そんなに怖いのかな?」

「状況が状況だからだろ」

「それにしても、ジネットちゃんってすごいね。いるだけで人の不安を取り払ってくれるんだね」

 

 軽くショックを受けているようで、懸命に「ボクは怖くない」アピールをしている。

 笑顔、引き攣ってるぞ。

 

 けれど、ここ数日ずっと心をすり減らし、怯え続けて憔悴しきっているデリアに笑みは戻らない。

 敵意がないことが分かっても、まだ心の底から安心は出来ていないようだ。

 

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