異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

271話 年の瀬は慌ただしく、賑やかに -2-

公開日時: 2021年6月11日(金) 20:01
文字数:3,625

「ウーマロさぁ、『素敵やんアベニュー』の進捗ってどうなってんだ?」

 

 リカルドはバカなので、責任者であるウーマロに聞いてみる。

 

「あぁ、それならもうほとんど終わってるッスよ。というか、大まかな工事が終わった後は四十一区の大工たちに引き継いだッスから、領主様の方が詳しいと思うッスよ」

「ウチの大工に引き継いでいたのか、知らなかった」

「もっと興味持ってッス!?」

 

 詳しい事情はもちろん、大雑把な事情も把握していない四十一区領主に驚天動地なウーマロ。

 ウーマロ。お前基準で物事を考えるな。

 どーしよーもないバカってのは、どこの世界にも一定数いるもんなんだから。

 

「四十一区の大工は、女性を大量に登用してデザインを任せているんッスよ。女性目線のデザインやあると嬉しいワンポイントとか、女性の発想ならではのアイデアが盛りだくさんでなかなか興味深い仕上がりになっているッス」

「けどよ、トルベック。お前が作った方が早いだろう。お前がやれよ」

「……いや、今のやり方が、技術の継承とか、実地で経験を積むとか、新人を教育するとか、いろいろな面で四十一区にはベストな形だと思うッスけど……」

「そうかぁ? さっさと終わらせて次のこと始める方が面白いだろう。四十二区みたいによぉ」

「ヤシロさん! この人なんも分かってないッスよ!?」

「なんだ、そんなことも分かってなかったのかウーマロ?」

 

 リカルドはな、バカなんだよ。

 特に、自分が興味を持てないことにはな。

 

「それより、風呂を作りに来い!」

「いや、年が明けたら港の建設が始まるッスから」

「大丈夫だ! 空いている時間でちゃちゃっと作ってくれるだけでいい!」

「ヤシロさん、ヤバイッス! 今一瞬手が出そうになったッス!」

「我慢しなくてもよかったのに」

 

 物作りの大変さを知らないヤツはすぐに「だけ」とか「でいい」とか言うんだよなぁ。

 じゃあ、お前がやってみろっつの。

 

「まぁ、時間がないならしょうがないが、予約を入れさせてもらうからな。四十区よりウチが先だぞ! いいな?」

「そういうことなら、四十一区の大工に頼んだ方がきっと早いッスよ?」

「いいやダメだ!」

 

 無駄に太い腕を組んで、ガキみたいに鼻息を吹き出すリカルド。

 

「四十一区の大衆浴場第一号は、信頼できる腕のいい大工に任せたい! それを参考にウチの連中に作らせるから、一個だけ作りに来い。いいな?」

 

 何様目線でそんなわがままを抜かしているのかは知らんが、まぁ、今回だけは大目に見てやるか。

 隣の区の、言ってしまえば他人である領主が手放しに称賛を贈っている。

 

 リカルドとしては、いい物が欲しいという単純な発想なんだろうが、ウーマロにとっては、その「わがまま」が嬉しいのだろう。

 タイミング的にも、今だからこそ、ウーマロの心に響いたのだろう。

 

「…………ッス」

 

 ウーマロは、涙を誤魔化すように短く言って、嬉しそうに微笑んでいた。

 

 しゃーない。

 大衆浴場くらい作ってやるか。

 ここらへんで一番汗臭そうな区だしな。

 利益の一部を寄越すなら、素敵やんアベニューに相応しいオシャレなスパの提案をしてやろう。

 

「なにを男ばかりでむさ苦しい会合を開いているんだい?」

 

 肩をすくめてエステラが男湯の前へとやって来る。

 ズルいぞ! 俺には女湯への接近を禁止しておいて、自分は男湯の方へやって来るなんて!

 

「よし、持ち場交代だな! 任せとけ!」

「任せられるわけないだろう。向こうはナタリアが見ているから、手は足りてるよ」

「だからってお前がサボんなよ」

「この後の打ち合わせをしに来たんだよ」

 

 この後。

 大衆浴場オープンの騒乱が一段落したら、俺たちには次なるイベントが控えている。

 ……詰め込み過ぎだ、イベントを。

 

「そっちはジネットたちが準備してるからなんも問題ねぇよ」

「お、なんだオオバ? また何かやるつもりなのか? 俺も参加してやろうか? ん?」

 

 リカルドが話に割って入ってきて、俺とエステラは笑顔を振りまく筋肉領主を無言で見る。すーんって顔をして。

 

「……なぜだろう。ルシアの時みたいに『しょうがねぇなぁ』って気持ちが湧いてこない」

「うん。ただただ『何言ってんの、こいつ?』って気分だね」

「なんでだ、貴様ら!? 俺とルシア・スアレスは同格だろうが! 対等に扱えよ! むしろ付き合いが長い分、俺の方を優遇するべきだろうが!」

「あのね、リカルド……『好感度』って言葉、知ってるかい?」

「低いとでも言いたいのか、お前は!?」

「いいや。『微塵もない』」

「いろいろ世話してやってるだろうが!」

「………………は?」

「オオバ! お前が甘やかし過ぎるから、こいつが付け上がるんだぞ!? ちゃんと教育しとけよ!」

「なんで俺なんだよ……」

 

 エステラの教育は両親なりお抱えの家庭教師なりの仕事だろうが。

 もしくはナタリアあたりの責任だ。

 俺には一切の非はないし、責任も義務もない。

 

 俺はエステラの身内じゃないんだっつーの。

 

「ところでリカルド。こんなところにいていいの? 暇なの? 早く帰ればいいのに」

「お前、そーゆーところばっかりオオバに似るんじゃねぇよ!」

 

 バカだなぁリカルド。

 お前のバカさ加減がエステラをこうさせてんだっつーの。

 

「エステラ。素敵やんアベニューがまだ完成してない上に、こいつ進捗をまったく理解してないんだとよ」

「何やってんの? やる気ないなら領主の座を誰かに譲れば?」

「バカヤロウ! 俺は忙しいんだよ。一つのことにかまけている時間はねぇんだ」

「ハロウィンと運動会で大はしゃぎして、おなら祭りとかいうしょーもないイベント画策してたくせによく言うよ」

「そ、それは…………っ!」

 

 楽しそうだったからつい。――とは、言えないよな。

 口を閉じておけ。どーせろくな言い訳も思いつかないんだろうし。

 

「いいかい、リカルド? イベントとか開発っていうのは、思いつきでなんでもかんでも実行すればいいってもんじゃないんだよ? 一年の始まりにしっかりと計画を立てて、管理するのが領主の務めなんだ」

「おぉ、ブーメラン投げるのうまいなぁ、エステラ。自分に突き刺さってるぞ」

 

 湧いて出たイベントになんでもかんでも飛びついているお前がよく言うよ。

 まぁ、飛びつかざるを得ないように俺が仕向けてるんだけどな。

 

「まぁ、ボクの手腕を見習って、領主としてのスキルを磨くといいよ」

「黙れ、年下。後輩」

「追い抜いちゃってごめんね~」

「抜かれてねぇわ!」

 

 あぁ、こいつら、仲が悪いんじゃなくて互いにマウント取りたいだけなんだ。

 仲いいじゃねぇか、幼馴染ども。

 しかし、エステラのヤツ、リカルドの前でだけは性格がひねくれるよなぁ……

 

「リカルド。よかったな、特別扱いしてもらえて」

「特別見下されてる気しかしないんだが?」

 

 そりゃそうだろう。

 特別見下されてんだから。

 

「あの、エステラさん……」

「ん、なに――あ、ウーマロか。ごめん、あっち向くね。で、なに?」

「おい、オオバ。なんだ、この奇妙な風景は?」

「四十二区の平凡な日常の一コマだ」

 

 互いに背を向けて会話を交わすエステラとウーマロ。

 もうすっかり慣れたもんだな、こいつらも。

 

「素敵やんアベニューには大衆浴場が必要だと思うんッス」

「素敵やんアベニューに?」

「日替わりの湯とか、きっと女性は喜ぶッスし、運動した後汗を流せる場所があれば多くの人が利用すると思うッス」

「確かに、あると喜ばれるだろうね」

「だから、港の建設の合間に、人員を割いて大衆浴場の建設をさせてほしいッス」

「えっ、リカルドのために!? なんで? もったいない」

「もったいないってなんだ、エステラ、貴様!?」

 

 まぁ、確かにもったいないんだが……ウーマロがやりたがってんだよな、これが。

 

「リカルド。ウーマロに何か賄賂でも渡したのかい?」

「何もしてねぇよ」

 

 まぁ、賄賂があったとすれば――ウーマロがもらったのは尊厳かな。

 嬉しかったんだな、信頼してもらえたのが。

 

「まぁ、ウーマロが出来るってんならやらせてやればいいんじゃないか?」

「そうだねぇ、ウーマロならこっちの仕事を蔑ろにしたりしないだろうし」

「……やはは。ありがとうッス」

 

 エステラからの全幅の信頼に、くすぐったそうに身をよじるウーマロ。

 互いにそっぽ向いてるから、エステラの背後でウネウネしているキツネという奇妙な絵面になっているけれども。

 

「まぁ、君に任せるよ。港を最優先にしてくれるならね」

「それはお約束するッス!」

 

 こうして、素敵やんアベニューに大衆浴場が出来ることとなった。

 レジーナに言って、温泉の素と石けんとシャンプーの増産を急がせよう。

 あとはブリキのオモチャだな。

 

「たださぁ」

 

 ぽつりと、エステラが呟く。

 

「水、どうするの?」

 

 四十一区には川がない。

 

「そ、それはッスね……」

 

 ちらりと、リカルドを窺いみるウーマロ。

 視線に気付き、リカルドは胸を張って堂々と言い放つ。

 

「狩人にはパワーがある! いくらでも汲みに行けばいい!」

 

 ……あぁ、こいつは何も分かってない。

 俺とエステラ、そしてウーマロはまったく同時にこめかみを押さえ、まったく同時にため息を吐いた。

 

 

 

 

 

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