異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

23話 エステラ・ずぶ濡れ物語 -2-

公開日時: 2020年10月22日(木) 20:01
文字数:2,039

「で、何があったんだ?」

「いやいや。そこまではさすがに言えないッスよ……ウチの信用とかそういうのもいろいろ……」

「マグダが、『ウーマロさんのお話、面白い』って言ってたぞ?」

「実はッスね! その泥棒ってのが、ウィシャート家に出入りしているお抱えの行商人だったんッスよ!」

 

 いやぁ、さすが信頼と実績のトルベック工務店。いい情報持ってるわぁ……しゃべっていいのかよ。

 いや、しかし、待てよ…………お抱えの行商人?

 

「それって、まさか、ノルベールとかいう男か?」

「アレ、ヤシロさん知ってるッスか?」

 

 マジか!?

 

 行き倒れていた俺を助け、オールブルームへの入門税を払ってくれた、割かしいいヤツだと思っていたのに。

 

「ノルベールは、オールブルーム以外にも、バオクリエアとか他の街でも商売をしていて、各地の貴族に取り入っては専属契約を結んでいたらしいッス」

「あっちこっちのお抱え商人だったってわけだ」

「えぇ。で、その行く先々で貴族の家から高価そうな物品を拝借しては、別の街で売りさばくと……」

「……なんでバレないと思ったんだろうな?」

「バレないッスよ。他所の街になんて、よほどのことがなければ行かないッスからね。別の街で売りに出されていても、気付くなんてことあり得ないッスよ」

 

 そうか。

 一つの街ですべてが完結するこの世界では、他所との交流など無いに等しいのか。

 言われてみれば、俺もここに腰を落ち着けてから他の区にすら行っていないもんな。

 職業が限られているこの世界なら、都会に出て一発当てようなんてヤツも少ないのかもしれない。

 行ったとして、ちょっとした観光くらいか……

 それも他の区に行くくらいで、この街の外に出ようなんてヤツはほとんどいない。……まぁ、街の外はマジで死の恐怖と隣合わせだからな。道に迷えば終わり。近隣の森にはボナコンみたいな魔獣までいて、襲われれば終わり。

 死亡フラグがてんこ盛りだ。

 

「で、なんで発覚したんだ?」

「現行犯ッス」

 

 ダセッ!?

 

「貴族に取り入りながらも、どこかで貴族をバカにしていたみたいッスね。『貴族なんか簡単に騙せる』って」

 

 あぁ……分かる気がする。あいつってそういうヤツっぽかったもんなぁ。

 ってことは、俺を貴族だと思って助けたのも、そうやって取り入るつもりだったってわけか……強かなヤツ。

 

「なんでも、この街に売りに来ていた品物のほとんど全部が盗品だったらしいッスよ」

「えっ!? じゃあ、香辛料なんかも?」

「だと思うッスよ~。バオクリエアの貴族にも取り入ってたみたいッスし……もし盗品の香辛料が売られていたなんてことが向こうに知れたら、戦争の火種になるかもしれないッスね」

「そんなにか?」

「香辛料は高級品ッスからね。もし購入してたとしても、シラを切り通すしかないでしょうッスね」

「『これはバオクリエアの香辛料ではない』ってか?」

「えぇ。『返せ』だけならまだしも、『賠償しろ』と言われでもしたら堪んないッスからね。あ、でもそういえば、一ヶ月くらい前に盗品の香辛料を売りさばこうとしてるヤツがいるとかいう話が出回ってたッスよね……その香辛料って、元はノルベールが持ち込んだものだったんじゃ……」

 

 …………その話、やめない?

 

「だとしたら、むしろラッキーだったんじゃないッスかね、ウィシャート様にしてみれば。目に入れる前に盗まれたってことなら、香辛料の件については無関係だと主張できるッスからね」

「そうかな!? ラッキーかな!?」

「な……なんッスか? やけに必死ッスね……」

「んなことねぇよ」

 

 落ち着け、俺。

 ここに来て、宝の持ち腐れな上に足枷でしかなかった香辛料を、ようやく手放せるチャンスが到来したのだ。ここで冷静さを欠いては元も子もない。

 

「とはいえ、そこまで大事にはならないと思うッスけどね。ノルベールのことはウィシャート様がなんとしても内々に片付けるでしょうッスし、盗まれた側の訴えがなければ盗品も拾得物と変わらないッスし。尻尾を掴まれさえしなければ、バオクリエアの貴族様も他所の街にまでは来ないッスよ」

「だよな。でも……ノルベールが盗まれたって訴えたらどうなる?」

「そんなの、受理されないッスよ。盗品を盗まれたなんて、相手にもされないッスって」

 

 ってことは、盗賊からは物を盗み放題ってわけか?

 いいのか、それで? 割とザルじゃないか、この街の法律。

 

 なんにせよ…………俺の香辛料は、もう盗品ではなくなった可能性がある。

 この街で唯一訴える権利を持っていたノルベール。そいつが泥棒として捕まり、窃盗の被害届を出せない状況になった。

 なら、持ち主のいなくなった香辛料はどうなる?

 

 ……運が向いてきたかもしれん。

 折りを見つけてさっさと売却してしまおう……

 

「ヤシロさん、なんか嬉しそうッスね?」

「そんなことねぇよ」

 

 ヤッベ、平常心平常心。

 

「どうせアレッスよね? 『貴族が痛い目に遭って気分爽快ザマ~ァミロ』みたいなことッスよね」

「……お前は俺をどんな人間だと思ってるんだ?」

 

 そこまで性格はひねくれていないつもりなのだが……

 

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