「よぉし! もういいぞ、お前たち!」
「「「「は~い!」」」」
元気のいい返事をして、全員が一斉に作業を終える。
「もうちょっと」とか「最後にこれだけ!」とか、そういうヤツもいない。
こいつらはいつも平等であり、助け合うことも出来、今やるべきことに全力で取り組める。
経営者目線で見れば最高の人材なのだ。もっとも、リーダーシップに関しては疑問が残るがな。あと、遊び好きなところも。
「誰が一番頑張ってた~?」
「ご褒美は~?」
「僕~?」
「あたし~?」
泥だらけのハムっ子たちが俺にわらわらと群がってくる。
こら、やめろ。俺まで汚れるだろうが。
分かった! 分かったから!
「全員同率一位だ。全員にご褒美をくれてやるから楽しみに待っとけ」
「全員~!?」
「ずげぇー!」
「みんな一緒だ!」
「奇跡だ!」
「なんも言えねぇー!」
「今まで生きてきた中で一番幸せ!」
ハムっ子たちが大喜びをしている。……何人か水泳選手っぽいのが混ざってるけどな。
「弟妹全員ー!」
……ん?
「お兄ちゃんスゲー!」
いや、待て待て待て。誰が弟妹全員だなんて言った?
お前ら百人以上いんじゃねぇか。
俺は、今ここにいるヤツ全員って意味で……
「弟妹ばんざーい!」
「ばんざーい!」
………………分かったよ。なんか作ってやるよ。作りゃいいんだろ、ったく。
「じゃあ、壁を壊すぞ!」
「「「「わぁぁああっ!」」」」
「危ないから下がってろ! ここは俺がやるから!」
小さいハムっ子は、水流にのみ込まれて流されてしまうかもしれない。
俺は安全を確認しながら、50センチの土壁の一部にツルハシを突き立てる。
亀裂が入った土壁は、押し寄せる水圧に耐え切れずあっという間に決壊する。
こうして、増水した溜め池は新たに掘られた穴の中へ余分な水を吐き出し水位を下げていく。
これでもう大丈夫だろう。
「うっし! 今日はここで最後だ! 金物通りの連中と合流して帰るぞ!」
ツルハシを荷車に放り入れ、その荷車を引く。ギシッと木製の車輪が軋みを上げゆっくりと動き出す。動き始めるまでが割と重い。
と、年少の妹がわらわらと荷台に乗っかりやがった。
「おい、こら!? 何してんだ!?」
「あぁー!」
「いーなぁー!」
「僕もー!」
「ふざけんなお前ら! 全員は無理だ! お前らは歩け、ほら!」
「ズルーイ!」
「ズルー!」
「ヅラー!」
「誰がヅラだ、こら!? 地毛だよ!」
騒がしいハムっ子たちを連れて現場を離れる。
相変わらず、住人たちは遠巻きにこちらを窺っているだけだった。
……人助けなんか、報われないもんだよなぁ…………
「……あっ」
荷台に乗っていた妹が声を上げ、そしてぴょんと荷台から飛び降りた。振動と気配でそれを察知し、振り返る。
見ると、先ほどのギャン泣き少女がこちらに向かって走ってくるところだった。
その後ろからは母親も駆けてきている。
「あ、ありがとうねっ!」
茶色く汚れた白い帽子を抱きしめ、ギャン泣き少女は大声で言う。
「これ、とても大事な帽子なの!」
飾らない、率直な言葉を発する。
だからどうだとか、つまりこうだとか、大人が無意識につけてしまう周りくどい表現を一切排した、子供独自の単純な意思疎通法。
「うん! すごく可愛い帽子だね!」
「うん!」
余計な言葉など、必要ないのだ。
「こら……邪魔しちゃ、悪いでしょ」
ギャン泣き少女の腕を掴み、母親が言う。
その裏に「さっさと帰ってもらいたい」という思いがこもっているのだろう言葉を。
「おい。もう行くぞ」
「うん!」
全身を泥だらけにして、それでも満足そうに笑う妹を……その笑顔こそを、俺は誇らしいと思った。
お前の方が全然可愛いぜ。
俺がもっと可愛い帽子作ってやるからな。楽しみにしてやがれ。
「あ、あの…………」
車輪が軋みを上げ、今まさに動き出そうという時に、母親が恐る恐る声をかけてきた。
一番力が必要なところで呼び止められ、荷車の稼働に失敗した。また次動かす時に力を込めなければいけない。荷車は動き出しが一番疲れるのだ。
そんな苦労を無駄にさせやがって……
そんな怨嗟の念を込めてじろりと振り返ると……
「……ポップコーン…………」
「……は?」
「あれ……もう、販売しないのかしら?」
ばつが悪そうに表情を歪めながらも、その表情には少しの後悔が滲んでいて……
「こ、この子が! ……この子が、好きなのよ、ポップコーン…………再開するなら、知らせてちょうだい。……それじゃあ」
耐え切れなくなったのか、母親は逃げるようにギャン泣き少女の手を引いて立ち去る。
…………なんだよ。
こいつら、意外と…………
「お兄ちゃん!」
妹がキラキラした瞳で俺を見上げてくる。
「また、屋台やるの!?」
「……お前はやりたいか?」
「やるー!」
こいつらは、きっと以前の失敗や嫌な思い出なんてのをいちいち覚えてはいないのだろう。
今あった嬉しいことや楽しいことにどんどん上書きされていってしまうのだ。
じゃあ、まぁ……こいつらがそう言うんだったら…………利益にもなるし。
「じゃあ、近々再開するかぁ!?」
「「「「おぉー!!」」」」
その声を聞いて、遠巻きに見ていただけの観衆からも安堵の雰囲気が漂ってきた……気がしたんだが、それはさすがに楽観的過ぎるか?
「じゃ、今度こそ帰るぞ!」
「「「「はーい!」」」」
重い荷車を引き、車輪を軋ませて、俺たちは歩き始めた。
初日の成果としては十分だ。
住人にこれだけの変化が見られたのなら……これを続ければいつかこいつらはきちんと受け入れられる。
確信に近い感触を覚え、俺は暮れ始めた空のもと帰路についた。
きっと、今日の夕飯は美味いんだろうなぁ、なんてことを思いながら。
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