「ジネット」
「はい」
この娘、ホント素直だよな……さっきあんな言葉を言わされたというのに。
まぁ、今はその方が助かるけどな。
俺は、先ほどから指先で転がしているナッツを手のひらに載せて差し出しながら言う。
「これは、さっき『いただいた』ものだ」
「はい。どうぞ、召し上がってください」
ジネットはニコリと微笑む。
では、次だ。
俺は、懐に忍ばせた純白のトレジャーを取り出し、机の上に置く。
パンツだ。
「これは、さっき中庭で『いただいた』ものだ」
「ふにょっ!? な、何してるんですか!?」
ジネットは顔を真っ赤に染めて、大慌てで机の上のパンツをひったくった。
「返せ。それは俺のだ」
「わたしのですよ!?」
「中庭に落ちていたんだ」
「干してあったんですっ!」
「いいや、落ちていた!」
「風で飛んだんですよ、もうっ!」
頬をぷっくりと膨らませて、ジネットは俺のトレジャーを握りしめ、俺から見えないように机の下に隠してしまう。
……おのれ、ドロボーめ…………
と、まぁトレジャーに関しては後日改めて調達するとして。
「そこで質問なんだが」
「なんですか?」
やや怒り気味ながらも、ジネットは丁寧に受け答えをしてくれる。
ホント、役に立つお人好しだ。
「さっき俺が言った二つの『いただいた』は、同じ言葉に聞こえたか?」
「え? …………はい。同じ言葉でした」
少しの間、俺の言葉を思い出すためだろうが、口を閉じたジネットは、はっきりと頷いた。
「ちなみに、先ほどの俺のトレジャーだが」
「わたしのパンツです! ……はっ!? な、なに言わせるんですか!?」
理不尽なことで怒られた。
それはいい。
「さっきのアレに関して、俺が『いただいた』ものだと、お前は信じるか?」
「信じませんよ! わたし、差し上げてませんもの!」
と、いうことはだ。
俺が「これは盗んだものではない」という確固たる自信を持って発言すればそれは嘘にならないのか。……まぁ、そこは微妙なラインだが。
少なくとも、真実を知らされず、誰かに利用された人物が口にした言葉は嘘とはみなされないはずだ。
例えば、ジネットが「『ヤシロさんのご立派な愚息』はエッチな言葉じゃない」と言った場合だ。
真実は「は? 何言ってんだこいつ?」ということになるが、ジネットが嘘を吐いていない――嘘を吐いているという自覚がない場合において、それは嘘とみなされることはないのだろう。
罠に嵌められてカエルにされる、ってことはないのかもしれん。
香辛料の一件では、俺も、相手方も『盗んだ』という認識があった。そのために『いただいた』が『盗んだ』に翻訳されたのだと推察できる。
仮に俺が、落ちていた香辛料を拾って『いただいた』と発言したら……もしかしたら『盗んだ』にはならなかったんじゃないか?
これも微妙か。
もう少し情報が欲しいところだ。
しかし、どうやら『強制翻訳魔法』は、嘘を『完全に妨害する』ものではないらしい。
それが分かっただけでも、めっけもんだ。
嘘が嘘と判断される要因は、【こちらの認識】【相手の知識】【事実関係】といったところか。
いいぞ。それならば……
俺は、精霊神を騙せるかもしれない。
神様を詐欺にかける。
いいじゃねぇか。俺にピッタリの、デカいスケールだ。
俺は絶対、この街で詐欺師として成功してやるぜ。
となれば、もっと情報が欲しいところだ。
そのためにも人脈を広げなきゃなぁ。
「ところでヤシロさん」
俺が考え込んでいると、話が終わったと判断したのか、ジネットがこんなことを言ってきた。
「この後、ちょっと一緒に行っていただきたいところがあるのですが」
「トイレか?」
「違いますよ!?」
なんだ、違うのか。
……俺はそろそろ限界なのだが。
「毎朝教会へ行っているんです」
あぁ、そういやこいつは教会の信者だったっけな。
「アルヴィニストなのか?」
「精霊教会の信者のことでしたら、アルヴィスタンという呼称ですよ」
キリシタンに似てるな。覚えやすくていいや。
「で、敬虔なるアルヴィスタンは毎朝教会までお祈りをしに行くわけか?」
俺、無宗教なんだけどな。
「はい。毎朝のお祈りは欠かしませんが、それだけではなくてですね」
ジネットは両手を胸の前で組み……その手の中にはパンツが握られているわけだが……穢れのない透き通るような笑みを浮かべて、とんでもないことを言いやがった。
「毎朝食事を届けているんです。わたしが出来る精一杯の奉仕活動として」
奉仕活動…………ってことはなにか?
さっき厨房で下ごしらえをしていた大量の食い物は店で出すものではなくて、教会に届けるためのものだってのか。
しかも…………考えたくもないが…………
「……無料でか?」
「はい。寄付です」
お前、バカじゃねぇーのっ!?
こんな、椅子もまっすぐにならないような店のド貧乏人が、寄付!?
しかも、さっき下ごしらえしていた飯の量はなんだ? あれは何人前だ!? 軽く見積もって十や二十ではないだろう。三十人前程度はあったぞ!?
それが、みんな、無料!?
「……目眩がしてきた」
「大丈夫ですか!?」
俺に駆け寄り、肩に手をかけようとしたジネットだったが、手にパンツを握っていることに気付き、慌てて両手を背中の後ろに隠す。
俺の隣で、不安そうにこちらを見下ろしてくるジネット。
「では、教会へはわたし一人で行きますので、お部屋で休んでいてください」
「いや……俺も行く」
こいつを一人で行かせるなんてとんでもない。
そんなことをすれば、こいつは身の回りのものをすべて、大喜びで他人に差し出してしまうだろう。
俺はここをしばしの拠点と定めた。この店がなくなるのは困るのだ。
何より…………俺は、『無駄』と『浪費』が死ぬほど嫌いなのだ。
神に寄付をして、お前は幸せになったか? なってないだろう。その証拠がこのガタつく椅子だ! こんなものすらまともに買い換えられないような極貧生活じゃねぇか!
毎朝と言ったな? 毎朝、三十人分もの飯を無料で提供して、その見返りが何もなしとは……この世界の神ってのは、つくづく面の皮が厚いヤツだな。
施してもらって当たり前か?
敬虔なる仔羊がそのために飢えても知らぬフリか?
だとしたら、そんな神のために行う奉仕活動など『無駄』以外の何ものでもない!
寄付? する必要はない!
世の中は、ギブアンドテイクで成り立っているのだ!
サービスを提供したら対価をもらう! 逆もしかり! これ、世界の理、世の常識! 鉄則だ!
俺がその教会に乗り込んで、今後一切の寄付を断ってやる。
「ジネット、これだけは覚えておけ」
「は、はい……?」
「俺の目の前で、無駄遣いは絶対にさせねぇ」
ジネットを睨め上げる。と、ジネットは肩をビクリと震わせた。
クズ野菜を丁寧に調理し、道具をきちんと手入れしていることから、こいつは節約精神のある素晴らしい女子だと思っていたのに…………とんだ浪費家だ!
お前がやっている行為は、必要もない高額な壺をローンを組んでまで買うのと同じくらいに愚かなものだ!
俺に言わせりゃ、宗教も詐欺も大差ない。目に見えるご利益がない以上、俺はそこに価値を見出さない。故に、金銭および物品の提供・支払いは一切認めない!
やめさせてやる、寄付なんて。……絶対にだ。
俺は残った鯵の刺身を掻っ食らい、来るべき決戦に向けて静かに闘志を燃やした。
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