「ぅううぅるぁぁあああああっ、だっ、ゼッ!」
「ヘヴゥゥウンッ!?」
天国まで吹っ飛んでいきそうな声を漏らしてゴロつきが地面を転がる。
広場に着くなり、そこらにたむろしていた人相の悪いゴロつきどもに向かってアルヴァロとグスターブが駆け出していった。
素早さの勝るアルヴァロが初手をゲットしていた。
一歩遅れて、グスターブがゴロつき四人の前に立ち塞がり鋭い牙をギラつかせる。
「一切の契約を結んでいないと、今この場で証明できる者は宣誓しなさい。それ以外は、業務妨害と見なして排除します――し、マーシャさんに危害を加えようとしたゴミクズ以下のウジムシヤロウと見なしてすり身にして海にバラ巻きます!」
ぅぉおおおい、怖い怖い!
つか、そこまでの脅しを口にして『精霊の審判』を使われたら……あ、マジで実行する気なのか、あいつ?
「グスターブさ~ん。あまりやり過ぎは、めっ、だよ☆」
「精霊神様、先ほどの行き過ぎた発言を訂正し、ここに懺悔いたします。私はあなた様の忠実なる信者でございます」
いやぁ、お前はマーシャ教の教祖だろう。
精霊神とマーシャじゃ、マーシャの方が占めてる割合高いじゃん。
「な、なんなんだよ!? お、おぉおおぅ、お、俺らは、ただ港の工事を見学に来てるだけの、ほら、あの、一般人だぞ!?」
「そうだそうだ! なんで俺らが殴られなきゃいけねぇんだよ!」
「顔が怖いからですわ」
うん。
確かに、ゴロつきか否かは見た目で判断してるけど、お前が言うと辛辣だなぁ、イメルダ。
「かっ、顔が怖いからって殴るのかよ!?」
「あら? 顔が醜いと殴るのは普通ではありませんこと?」
普通じゃないよー。
それどこの世界線の常識?
「四十二区と狩猟ギルドは、よそ者を不当に排除しようとしてるってチクるぞ! 情報紙に情報を売って、あっちこっちの区で言い触らしてやるからな!」
「あららぁ~? 海漁ギルドもお忘れなく~☆」
「木こりギルドもおりますのに、目まで悪いんですの? 救いようがありませんわね」
「あぁ!? 女がしゃしゃり出てきてんじゃねぇよ!」
マーシャとイメルダに向かって怒鳴り散らしたゴロつきが物凄い回転で錐揉みしつつ地面へ沈んだ。
「マーシャさんへの暴言は万死に値します」
「ワシの娘を怒鳴るたぁ、いい度胸じゃねぇか、若造? ん?」
ゴロつきを同時に殴り飛ばしたグスターブとハビエル。
うわぁ……死んだかな、あのゴロつき?
「さぁ、あんたら。死にたくなかったら、アタシの質問に正直に答えな!」
広場の真ん中でメドラが吠える。
広場にいた良識ある区民たちは、木こりギルドと川漁ギルドのマッチョメンに保護されて、広場の隅へと避難している。
荒事に免疫のない者たちには速やかに広場からの退去を求める。
そして広場をウロついていたゴロつきたちは、狩猟ギルドと衛兵たちによって退路を断たれている。
閉じ込められたゴロつきども。
目の前にはメドラ。
その周りには、一人でも凶悪な強さを誇る猛獣たちが控えている。
素直に答えるのが、長生きするコツだ。
「金銭の授受があったのか、それ以外の褒美に目がくらんだのかまでは聞かない。簡単な質問だ、全員がハイかイイエで答えな! あんたらは、誰かに何かを言われてここに来てるのか否か! さぁ答えな!」
空気砲のような突風が吹き抜けていった。
風に煽られて、数名のゴロつきが尻餅をつく。
どのゴロつきも呆然としている。
ゴロつきは、他人とうまくやれないからゴロつきになるんだ。
そんな個人主義なゴロつきがここまでの数――今広場にいるのは三十人弱か――群れを作って一つの目的のために動いているとは思えない。
こいつらはあくまで個人主義。
各々が、自分の利益のために行動しているのだ。
別々の契約の元、同じ行動をしている結果が、今のこの状況だ。
ゴロつきが集まってる時点で、裏で指示を出しているヤツがいる証拠だとさえ言える。
「イイエと答えた者は帰ってもいい」
メドラが、自身の後方、狩猟ギルドが複数人で塞いでいる広場からの出口を指さしていく。
「……あ、じゃ、じゃあ、俺が」
長髪のにやけたゴロつきが、軽薄な笑みを浮かべて前に出てくる。
「イイエ」と言えば逃げられると短絡的に考えたようだ。
なので、その軽薄男が口を開く前に、俺は腕をまっすぐ伸ばしてその男を指さす。
「ただし、嘘を吐けば即座にカエルにする」
温度のない声で言えば、長髪の男の顔から軽薄な笑みが消えた。
「なぁに、大丈夫だ……ここから湿地帯は近い。新しい住処への引っ越しはすぐ済むだろうよ」
長髪男の喉がひくつき、口の端が震える。
声は漏れているが、言葉にはなっていない。
「ぅ……あ…………あ、ぅ……っ」
「『精霊の審判』」
「ぅわぁぁあああああ!?」
指を指して唱えれば、男の全身が淡い光に包み込まれた。
当然、何も言っていないのでカエルにはならない。
ならないが――
「うわぁあああ! ぎゃあああ! ひぃぃいいぁぁああああ!?」
男は半狂乱になり、頭を掻きむしって、奇声を上げながら走り出した。
見開かれた瞳から涙が飛び散り、激しく頭を振り乱したせいでふらつき、足がもつれて盛大にすっ転んだ。
人間、こんなに取り乱すことがあるのだろうかというような、取り乱し方だ。
「すまんすまん。少しフライングしてしまったな」
冷笑を浮かべて地面に転がる男へ歩み寄る。
俺が動くと、周りにいたゴロつきどもが一斉に身を固くしたのが分かった。
外野を無視して、いまだに頭を抱えて「ふぅーっふぅーっ!」っと荒い息を漏らす男のそばに立つ。
「今度はちゃんとするから、答えろよ。『ハイ』か『イイエ』、簡単だろ?」
声をかけると、男が顔を上げ、俺を睨んで――立ち上がり様にナイフで切りつけてきた。
「ダーリン!?」
メドラが反応をするが少し遅く、俺の左腕に痛みが走る。
ドン――!
と、鈍い音をさせて長髪男の頭が地面にめり込む。
それをやったのはメドラ、ではなく――
「我が区の領民を傷付ける行為は、裁判無しで極刑を言い渡されても文句が言えぬ行為だと知りなさい」
――ナタリアだった。
「出ている、血が、友達のヤシロ。する、すぐに、手当てを」
「あぁ、大丈夫だ。あとでいい」
「よくない! する、すぐに」
左腕を握られると、びくとも動かなくなった。
ギルベルタが泣きそうな顔で俺を見上げてくる。
血が出たといっても、軽く切れただけだ。10cmくらいか?
痛みはあるが大したことじゃない。
それに血くらい、料理中に誤って指を切った時にも出している。
よくあることだ。
その血の量が多いか少ないか、それだけの差だ。
「ありがとな。でも、こんくらいツバをつけてりゃ治るから」
「本当かと問う、その発言は?」
「あぁ。大した怪我じゃない」
「では、信じる、友達のヤシロを、私は」
そう言って、腕の力を緩めてくれたギルベルタ。
さて、腕を抜こうか――と思ったのに抜けない。まだがっちりと握られている。
「する、傷の処置を、私は」
言うが早いか、ギルベルタが腕の傷を舐めた。
小さくて、ほのかに温かい、柔らかな舌が俺の腕を往復している。
……あの、ギルベルタさん?
「これで治る、傷が」
「お、おぅ…………」
なんて無邪気な笑顔!?
「いや、お前が舐めるんじゃねぇーよ!」ってツッコミにくい!
「給仕長よ。その男のナイフを私に貸すのだ。今すぐあのウラヤマ不届き男の息の根を止めてくる」
「おぉい、そこの三十五区領主を止めろ!」
そいつの暴走はシャレじゃなく俺が死ぬ!
「落ち着いてください、ルシアさん。いまだうっすらと唾液で濡れている患部を舐めれば間接チューが可能ですよ」
「おぉ、それは名案! では早速…………誰が舐めるか、カタクチイワシの腕など!」
なんか、八つ当たり気味に石を投げつけられた。
ギルベルタがキャッチしてくれたけども。
まぁ、こいつらと戯れていると、場の空気が和んじまうんでな――そろそろ仕掛けるか。
俺たちは、真実になんか興味はないんだ。
お前らが何を思ってここにいるのかなんてどーでもいい。
もし万が一に、本当にただの観光だろうが、知ったこっちゃない。
『この場所にゴロつきがウロついている』
それだけでもう、邪魔なんだよ。
不利益が出ちまってるんだよ。
だから、一人残らず排除する。
とてもこの場所にいられないように。
そのための見せしめに、この長髪男はちょうどいい。
「ナタリア、その男を座らせて、押さえつけておけ」
ナタリアに指示を出し、地面に押さえつけられていた長髪男の体を起こさせる。
そして、背後に移動して膝立ちになり、後ろから男の前へ腕を回す。
抱きしめるような格好で――死んでも抱きしめたりなどしないけれど。
腕を振ると、袖口からナイフが飛び出してくる。
久しぶりに仕込んでおいた隠しナイフだ。
それを、長髪男の首筋に宛がう。
「なっ!? ちょっ、ちょっと待て! 待ってくれ!」
ナイフを宛がわれ、男がジタバタと身をよじるが、ナタリアがしっかりと押さえ込んでくれている。
男は立ち上がることも、手足を自由に動かすことも出来ず、唯一自由に動く口で懸命に延命を図る。
つまり、命乞いだ。
「悪かった! 全部話す! 正直に言う! 金だよ! 金を渡されて、ここに来るように言われてたんだ! だが、それが誰なのかは分からねぇ! 本当だ! 俺たちみたいなゴロつきと付き合おうなんてヤツは、その素性を知られちゃマズいヤツばっかなんだよ! だから、俺たちは依頼主のことを詮索しねぇ! ホントだよ! なぁ、全部しゃべるからよぉ! 頼む! 助けてくれぇ!」
喚く男に、静かな問いを投げかける。
「ってことは、さっきメドラがした質問の答えは『ハイ』なんだな?」
「あ……あぁ、そうだ。答えは『ハイ』だ……」
その答えを聞いた直後、俺は男の首に当てていたナイフを目一杯引いた。
ブシュッっと鈍い音がして、真っ赤な液体が空中に噴き出した。
噴き出す真っ赤な液体を見て、長髪の男は目をまん丸くしたまま言葉をなくし、白目を剥いて倒れた。
「ぎゃぁあああ!? ヤりやがった!?」
ゴロつきたちが騒ぎ出し、逃げ出し、近くにいた狩人や木こりたちに襲い掛かり、大乱闘が始まった。
これで、堂々と全員を排除できるな。
そんなことを思いながら、俺はオモチャのナイフを袖の中へと隠蔽した。
肌の上を滑らせるとチクッとした痛みを走らせ、直後にナイフの柄から真っ赤な水が噴き出すギミックのついたオモチャナイフを、な。
人って、思い込むと自分の体がどうなってるかすら感知できなくなる、ちょっと残念な生き物なんだよなぁ。
ホ~ント、人って騙しやすい。
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