「それでは、位置についてください」
給仕に促され、俺たちは位置につく。
ゲラーシーが第1コースで、俺が第2コース。グスターブが第3コースでフィルマンが一番手前の第4コースだ。
第2コースに向かう途中、俺は聞こえよがしにこんなことを口にした。
「俺も、リベカが食べたクリームパンを狙おうかなぁ~。リベカとお揃いの」
瞬間、フィルマンの目がギラリと光った。
「……させませんよ……リベカさんとお揃いなのは、僕だと決まっているんです!」
ふふん、そううまくいくかな?
フィルマンをするっとスルーして位置についた俺は、今度はグスターブにこんな情報をくれてやる。
「ちなみに、さっきマーシャが食べて『美味しい~☆』ってはしゃいでいたのは第3コースにぶら下がっているあのクリームパンってヤツだ。あの味を知ってるヤツは、まだ数人しかいないだろうな」
「マーシャさん絶賛のクリームパン!? しかもまだ世に知れ渡っていないレアな食べ物…………二人だけの共通認識…………二人きりの世界はまさに夢の王国。二人が奏でるのは愛の魔法! 必ずや私がいただきましょう! 夢と魔法の王国のために!」
グスターブも簡単に釣れた。ブラックバスより釣りやすい魚だな。
つか、その甲高い声で『夢と魔法の王国』とか言わないでくれる?
……著作権関連で胃がキリキリ痛み出すから…………無関係です、一切なんの関係もありません。たまたまです。いや、ホント。
まぁ、これであの二人がクリームパンを取り合い潰し合ってくれるだろう。
「よし! いくか」
「おい!」
グスターブとは逆の、左隣のコースから不機嫌そうな声が聞こえてくる。
ゲラーシーがクラウチングスタートの姿勢のまま顔を思いっきりこっちに向けてガン見していた。
「なんだよ?」
「私にも何か仕掛けてこいよ! いつもの小賢しい策略を!」
「……お前、騙されることに快感覚えるとか、ドM通り越してもはや病気だぞ?」
「そういうことではないわ! 貴様の小賢しい策略を見事跳ね返して完全勝利をする! それこそが私の目指すものだ!」
「じゃ、俺が何も言わなきゃお前目標達成できずに勝手に負け犬になるのか……ぷっ、こいつバカだ」
「やかましいぞ! 私にも何か言え!」
んだよ、その上から物言う感じ……偉そうに。
「ゲラーシー」
「なんだ?」
「………………特に言うことないな」
「そういう扱いやめろ! もうちょっと私に興味を持て!」
え~……
別にお前のことで知りたいこととか一切ないしなぁ……興味持てと言われても……
「今日のイネスのパンツ何色?」
「知らんわ! 本人に聞け!」
「二十九区領主権限で?」
「貸すか! そんなしょーもないことに、権限を!」
「使えねぇー」
「逆に、そんなことに権限を使える領主がいたら、その方が大問題だ!」
俺たちがしゃべっているからか……たぶんゲラーシーに気を遣ってなんだろうが……なかなかスタートの合図がかからない。
クラウチングスタートで待っているゲラーシーの脚がちょっとプルプルし始めてきた。
俺?
俺は普通にしゃがんでるよ。
だってまだ『位置について』だもん。
エステラに「いいから早く始めさせろ」と合図をして、俺もクラウチングスタートの構えを取る。
「位置について、よぉーい……!」
ようやく給仕の合図がかかり、そして鐘の音が鳴る。
――ッカーン!
駆け出すと同時に、俺はゲラーシーに向かって言っておく。
「お前、どうせアンパン狙いなんだろ? 『お姉ちゃん』の後追いばっかだもんな、ぷぷぷー!」
「誰が後追いだ!? アンパンなんか狙っちゃいねぇよ!」
言いながら、一番左側、第1コースにぶら下げられたメロンパンへとまっすぐ走るゲラーシー。
だよな。そっちしかないよな。
俺の前、第2コースにあるアンパンに行かないとなると、俺を飛び越えて醜い争いを繰り広げるグスターブ&フィルマンのいる第3コースまで行かなきゃいけなくなるもんな。
恋をこじらせたフィルマンとグスターブは、第3コースにぶら下がっているクリームパンを目指して、互いを妨害しつつ突き進んでいく。
フィルマンのヤツ、よく喰らいついてるよな、狩猟ギルドのグスターブに。あの魚顔、声はふざけているが狩人としての腕は相当なもんだと聞いている。四十二区街門設置の時にトラブルとなったスワーム退治の選抜メンバーにも選ばれていたくらいだからな。
そんなグスターブに引けを取らず喰らいついていくとは……リベカが絡むととことん無敵になれるんだなぁ……ある種の変態だな、あれは。
そんなわけで、無理なクラウチングスタート体勢で足がしびれ気味のゲラーシーと、互いを妨害し合うフィルマンとグスターブを置き去りにして、俺がいち早くパンの下へとたどり着く。
「独走など許しはしないぞ、オオバ!」
一声叫び、ゲラーシーが速度を上げる。
意地と根性で俺に追いついてきやがった。
だが。
「残念ながら、お前は俺には勝てない」
同じタイミングでジャンプした俺とゲラーシー。
しかし、その直後に明確な差が生まれた。
メロンパンを鼻の頭にぶつけて跳ね上げたゲラーシーに対し、俺は見事にアンパンをゲットした。
一発クリアだ!
「ふっ……」
鼻で笑って、勝者の余裕たっぷりに勝ち誇った顔を見せつけてやる。
「ふぉーら! みふぁふぁ、へらーひー!」
「パンを咥えながらしゃべるんじゃない! 気が抜けるわ!」
そもそも、パンの正面にぶつかっていくからパンが逃げるのだ。
狙うはパンの下側の側面。
それも、向こう側から手前に巻き込むように咥えるのが定石!
ぶら下げられた紐は、前後左右への力に弱く、容易く揺れ動いてしまう。
紐には、加えられた力に反発する力がほとんどないからだ。
反発する力を持っているのはどこか? それは、紐が繋がっている木枠だ。その木枠が最大の反発力を発揮するのが下への力に対してなので、当然パンに加える力は上から下に向かってであることが一番望ましい。
可能であるならばパンの上側から下へ向かって喰らいつくのが最も取りやすい方法なのだが……頭上にぶら下げられたパンを上から咥えるには1メートルくらいジャンプしなければならず、俺のような一般的な常識人には到底できる芸当ではない。
なので、先に逃げ道を塞いでから力を加える咥え方をする必要があるのだ。
パンの向こう側から、自分に向かって力を加える。
下あごと上あごでの挟み撃ちだ。
コツはいるが、慣れてしまえばどうということはない。そして、俺は小学生の頃にその咥え方をすでにマスターしている!
キャリアが違うのだよ、貴様らとは!
とはいえ。
どんなに咥え方を工夫しても、多少はパンに衝撃が伝わってしまう。
そこは仕方がない。避けられないものなのだ。
俺の咥え技術をもってしても、『条件の悪いパン』に当たってしまうと苦戦は必至。
なので、『最も衝撃に耐えられるパン』を選ぶのが必勝法だと言える。
衝撃に耐えられる。言い換えれば、反発力の低い紐にぶら下げられて尚ぶつかってくる運動エネルギーを反発するパン。
面倒くさい計算式を一切合切省いて単純に言い切ってしまうなら、『より重いパン』が望ましい。
それも、重心がほぼ中心にある物の方が空中で安定していて尚よい。
この中で言えば、アンパンがダントツで重く、重心が中心にあるパンだ。
ジャムもクリームも、あんこに比べれば軽い。
メロンパンなんてもってのほかだ。あんな中身のスカスカなパンはパン食い競争には不向き中の不向きなのだ。
つまり、経験と知識を度外視したとしても、ゲラーシーは俺に勝てる見込みなどなかったのだ。最初から……そう、マーゥルがアンパンを食べたあの瞬間からな!
「ほ、いふわへふぁ! わふぁっふぁふぁ?」
「食いながらもごもご説明してんじゃねぇ! 何一つ分からなかったわ!」
ゲラーシーの口調が完全に崩れた。相当イライラしてんだろうな。ぷぷっ、小物め。
オシャレな小物入れにでも入っているがいい。
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