異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

235話 『宴』の終わりに -1-

公開日時: 2021年3月24日(水) 20:01
文字数:2,337

『宴』の終了を惜しむように、残りの時間を遊具で一緒に遊ぶガキどもを眺めてバーバラが目を細める。

 

「あの子たち、あんなにはしゃいで……本当に、ありがとうございます」

「いや。あれはベルティーナに言われたようなもんだから」

 

 四十二区と二十四区。どちらの区のガキも、同じように楽しめるオモチャを。

 あの遊具はこのまま二十四区教会に贈呈だ。

 

「それから、あの不思議なおやつも」

 

 バーバラが遊具以上に気に入ったのは、綿菓子器だった。

 ふわふわの甘いお菓子が、棒の先にまとわりついている。

 

「こんなおやつ、これまで長く生きてきて初めて見ました」

「それはそうですよ」

 

 浴衣姿のベルティーナがたおやかに微笑んで言う。

 

「私はバーバラよりもっと長く生きていますが、私も初めて見ましたもの」

「本当に、すごい方ですねヤシロさんは」

「やめてくれ。たまたま俺の知っていた物がこの街にはまだなかったってだけのことだ」

 

 発明したのは俺じゃない。

 もっと昔の、偉い誰かだ。

 

「あぁ、ただ、回転させるのは手動だからな。力のあるヤツにやらせろよ」

 

 この教会にデリアほどのパワーを持ったヤツがいるとは思えないんだが。

 

「ミケルさんがやりたがっていましたよ。回す役」

「無理に決まってんだろ、あのスタミナ無し太郎に」

 

 ミケルが回したら、砂糖の糸が二本ほど出て終了だ。

 それは綿菓子じゃない。糸菓子だ。

 

「うふふ、体力を付けようと日々努力されているんですよ。特に今日は、思い人の素敵な姿も見られたことですしね」

「あ、その話不愉快だからやめてくれる?」

 

 ちっ……なんだよ。あっちもこっちも両思いかよ。……ちくしょう。

 

「ベルティーナさんのおっしゃっていたことは本当ですね」

「あら、なんですか?」

「ヤシロさん。本当に見える世界を変えてくださいました。それも、がらりと」

 

 バーバラとベルティーナが同時に俺を見る。

 ……やめてくれるかな。そんな見んな。

 

「ソフィーも、あんなに笑顔になって」

 

 現在、リベカとソフィー、そしてバーサは、ドニス&フィルマンと話をしている。

 結婚だの婚約だの、今後の生活や付き合いに関する話をしているのだろう。

 まずは日程を決め、日を改めて話し合いの場を設ける――みたいなことをさっき言っていた。

 

 ……というか、遠目から見ていると、ソフィーがフィルマンにいろいろダメ出ししているようにしか見えないんだが。やかましい小姑を持っちゃったな、フィルマン。

 まぁ、女性の扱いについて、あいつはいろいろ叩き込まれた方がいいんだろうな。多少スパルタに。……病気の域だしな、あいつの妄想は。

 

「あんなに楽しそうに笑うようになって」

 

 俺には鬼の形相に見えるが……ツンデレか?

 義理の姉デレ展開でも今後起こるのか? まぁ、どうでもいいが。

 

「あの娘は、実家から逃げてきた罪を、ここの子供たちを守ることで償おうとしていました。けれど、あの娘が罪だと思う過去の行動を、あの娘自身がいつまでも許せずにいた……だから、必要以上に過保護になっていたんです」

「それが分かっていても、あいつに何も言ってやれなかったのか?」

「そうですね……私には、掛けられる言葉はありませんでした」

 

 バーバラが寂しそうに笑い、ベルティーナが包み込むような視線で俺を見る。

 

「自分の罪を許せるのは、自分自身だけですから」

 

 それは、かつてジネットに教わった言葉だった。

 

「そのために、懺悔をするんだっけか?」

「はい。よくご存じで」

 

 あんたの娘のおかげでな。

 

「けれど、ようやく……ソフィーはあんなにはっきりと笑えるようになったんですね」

 

 バーバラの言う『笑う』は、微笑むや声を上げて笑うことではなく、塞ぎ込んでいた感情が上を向いている様を指しているのかもしれないな……なんてことを思った。

 

「ヤシロ様」

 

 凛とした声がして、振り返ると視界に艶やかな浴衣美人が飛び込んでくる。

 

「とーぅ!」

「本当に飛び込んでくるな!」

 

 黒地に赤い金魚のガラの浴衣を着たナタリアが、見事なフライングクロスチョップで俺へと突っ込んでくる。

 浴衣の金魚がトビウオに見えたぞ。

 

「皆様の浴衣を着付けているうちに、お店は終わってしまったようですね」

「あぁ、悪かったな」

「いえ。残念ではありますが、お力になれたのでしたら」

 

 力にはなっていたさ。

 浴衣美人が溢れて、会場は一気に華やいだ。

 

 ウクリネスに頼んでおいたこっちのガキども用の浴衣も、喜んでもらえたようだしな。

 

「ナタリアさんのおかげで、私もなんとか着付けを覚えられましたよ。バーサさんも」

「分からないことがあれば、いつでもお呼びください。ヤシロ様と共に駆けつけますので」

「なんでさらっと俺を巻き込んだ?」

 

 ガキどもやリベカに浴衣を着せるため、バーバラとバーサはナタリアに着付けを習っていた。

 ドニスも言っていたが、これからもこのようなお祭りを積極的に行っていきたいらしい。

 

 教会のガキどもと、街の連中、一緒に楽しめるような催し物を。

 

「ウクリネスさんという方にもお礼申し上げたいですし、今度はこちらからお伺いします」

「はい。お待ちしております。ヤシロ様と一緒に」

「だから、なんで俺を巻き込むんだって」

 

 なんか俺とお前が一緒に暮らしてるみたいな印象与えないでくれるかな?

 お前と一緒に暮らしたら、お前家で全裸なんだろ? ……最高じゃないか!

 

「待ってるぜ、裸族の国で☆」

「ヤシロ様。その話に私を巻き込まないでください」

 

 何言ってんだ、元祖裸族!?

 お前が酋長だろう!?

 

「馬車の手配が出来ております。そろそろ四十二区へ向かいましょう」

「あぁ、そうだな。日が暮れる前に帰りたい」

 

 ドニスとルシアに協力してもらい、馬車をいくつか出してもらった。

 俺たちはハビエルに借りている馬車で帰るのだが、ウーマロたちはこの後解体作業を行って、戻ってくるのは深夜頃の予定だ。

 

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