異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

無添加43話 パン食い競争ファイナル -4-

公開日時: 2021年4月1日(木) 20:01
文字数:2,283

「ぷはぁ~……名勝負だったな。なぁ、ノーマ。……あれ? ノーマは?」

「ノーマならレースに備えて待機列へ行ったよ」

 

 試合に熱中していた俺が振り返ると、そこにノーマの姿はなく、代わりにエステラが立っていた。

 そういえば、「レースして、ナタリア!?」って、すっげぇそばで聞こえた気がしたな。

 

「ナタリアにも、ゆっくりパンを食べる時間くらいあげたいからね。ボクが最後まで付き合うよ」

 

 とはいうものの、残るレースはあと数組。

 はぁ……この楽しい時間ももうすぐ終わるのか。

 やばい、五月病にかかりそう……無気力になっちゃう……

 

 気持ちが沈みかけた俺だったが、それでもやはりパン食い競走はとても楽しく、有意義で、そして何より柔らかかった。

 ゴールした女子たちがパンを食べては、嬉しそうに「やわらかぁ~い」なんてはしゃいでいる。

 でもね、もっと柔らかい物があるんだよ。

 それはね、君(のおっぱい)さ☆

 

「ん? ヤシロ、今すっごくくだらないこと考えた?」

「お前はエスパーか」

 

 人の思考をなんとなく感じ取るんじゃねぇよ。

 とかなんとか、そんなことをやっている間にあれよあれよと最終レース。

 

 広報の意味合いの強い、言わばショー的なパン食い競走だったが、最後はやはり大いに盛り上げたいと、各チームのエースがここに集っている。

 

 赤組は待ちきれないと鼻息の荒いデリア。

 黄組はさっきまで手伝いをしてくれていたノーマ。

 白組からは、年齢と身長が足りないけれどもこいつ以外にエースたり得る人材は他にはいないであろうマグダ。

 もはやお馴染みになりつつある四十二区最強獣人族が顔を揃えた。

 

 で。

 俺は、ナタリアはここに出るもんだとばかり思っていたんだが、意外なヤツが青組代表として出てきた。

 

「エステラ様ぁ~。見ていてくださいね~!」

 

 トレーシー・マッカリー。

 

 二十七区の領主にして元癇癪姫。

 エステラマニアであり、残念領主ランキングではそこそこの順位にいるトレーシーだが、正直運動が出来るタイプには見えない。

 なぜこいつが……

 

「ナタリアがね、自分が給仕長対決に参加するって決まった時に彼女を推したんだよ」

「ナタリアが?」

「最終レースには、彼女以外の適任者はいないって」

「しかし、よくOKしたなトレーシーも」

「そこは、まぁ……」

「……エステラスマイルで強要したな?」

「そ、そんなつもりは……なかったんだけど…………『出てもらえると助かるなぁ』って言ったら……ね」

 

 お前、そんなもん『出ろ』って言ってんのと同じじゃねぇか。

 しかし、最終レースの適任者ねぇ……

 

「とりあえず、他区の領主が大怪我しないように祈っとけよ」

「……精霊神様でも、荷が重いかもね、その祈り」

 

 なにせ、マグダとデリアとノーマが本気で争うのだ。

 俺なら、巻き添えだけで四回死ねる。

 

「あ~ぁ。また外交問題かぁ……」

「そんなことにはならないよ! マグダたちだって、そこら辺はちゃんとやってくれるさ。ノーマもいるし」

「あのなぁ、エステラ……ノーマは大の負けず嫌いなんだぞ? 特に、実力が拮抗している相手との競争だと尚更な」

 

 ノーマが面倒見のよさを発揮するのは、相手より自分の方がはるかに勝っていると感じている時や、自分の領分以外の場所での事象、または誰かに頼りにされていると強く思える時など、心に余裕がある時だけだ。

 

 マグダやデリアを相手に勝敗の見えない、それもこんな面白そうなレースにおいて……ノーマがゆとりを持って周りに配慮できるとは思えない。

 ノーマも、なんだかんだで獣人族なんだよ。……割と血の気が多いんだから、あの大人女子は。

 

「あ~…………こほん」

 

 やたらと大きな汗を流し、空々しい咳払いをして、エステラが口の横に手を添えた。

 

「トレーシーさん。くれぐれも、怪我だけはしないでくださいね~(外交問題だけは勘弁なので)」

「あはぁ……っ! エステラ様が私の心配を……っ! お優し……ごふぅっ!」

「ちょいとエステラ!? 領主さんが鼻血を吹いたさよ!?」

「……平気。これはこの人の特技」

「へぇ~、そうなのか。いろんな領主がいるもんだなぁ」

 

 慌てるノーマに、慣れた感じのマグダ。で、動じないデリア。

 この中で一番まともなのが誰なのかはちょっと分かりかねるが、一番変なのはトレーシーで間違いないだろう。

 ……今日、いろんな領主の痴態が公にされてるなぁ。俺のせいにされなきゃいいけど。

 

「エステラ、お前が流血沙汰起こしてどうするんだよ」

「ボクのせいじゃない……と、思いたい。切実に」

 

 ネネが駆け寄ってトレーシーの鼻血を拭いている。

 真っ白な体操服に赤い染みが飛び散って水玉模様になっている。オシャレ~、……とは、とても言えないな。あとで着替えろよ。なんなら手伝ってやるから。

 

「なんなら手伝っ……!」

「さぁ、始まるよ! 静かにしてて!」

 

 ちっ!

 エステラの感性が毎秒研ぎ澄まされていく。

 もしかしたら、「じゃあ、お願いします」って言われるかもしれないのに!

 可能性はゼロじゃないのに!

 偶然、俺の尻ポケットには『エステラとの添い寝券』が十枚綴りで入っているからなぁ。いざという時の切り札として。

 これを見せれば…………

 

「着替えを手伝っ……!」

「ヤシロ、うるさい!」

 

 ちぇ~……いいもん、いいも~ん。いじいじ。

 

「マグダた~ん! 頑張ってッスー!」

「デリアさん! チーム違いますけど、僕、死ぬ気で応援しますからー!」

「ノーマ殿ー! 盛大に揺らしてくだされー!」

「ちょいとタイムさね」

 

 大はしゃぎするウーマロとグーズーヤ。

 ついさっきまで大はしゃぎしていたベッコは、今はもう静かになったので除外しておく。

 さぁ、ノーマが一仕事終えてコースに戻ったところで、いよいよレース開始だ!

 

 

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