午前午後と、きっちりと分けようかとも思ったのだが――
「早く作り方教えて!」
――なんて声が大きく、昼食を待たず後半戦を始めることになった。
とはいえ、ジネットにも休憩が必要だ。
なので、先んじてラーメンの研究を始めていた者たちによるデモンストレーションが行われることになった。
リベカと『燃やし門』のビフィズスによる塩麴ラーメン。
いつレシピを聞き出したのか、三十五区の料理人による海鮮ラーメンと、四十区の特濃味噌ラーメン。
デミリーはやっぱりしたたかだなぁ。
「早くレシピを頂戴ね」なんて言いながら、ちゃっかりとエステラ伝いでレシピを手に入れていたんだもんよ。もう研究してやがったのか。
しかも、ドニス伝いで味噌まで手に入れてよ。
「むぅう、どれもこれも美味しいです」
「二十七区も、何か特色のあるラーメンを開発できればいいのですが……」
リベカの塩麴ラーメンを食べて、主従揃って似たような顔で悔しがっているトレーシーとネネ。
トレーシーはことあるごとにエステラに接触してたくせに、レシピもらってなかったのかよ。詰めが甘ぇんだよ、お前は。……いや、本能に正直過ぎただけか?
「ジネットの醤油ラーメンはカツオで出汁を取っているが、イワシの丸干しやトビウオなんかで出汁を取っても美味いぞ。差別化したいなら、コーンバターとかワカメラーメンとか、辛みを強調した担々麺とか、いろいろアプローチの仕方はある」
「詳しく聞かせてくださいませんか、オオバヤシロさん!?」
「いや待て、こっちが先だ!」
トレーシーとリカルドが詰め寄ってくる。
それに続けとばかりに料理人が押し寄せてくる。
貪欲!
物凄く貪欲!
「担々麺とはどのような料理なんですか、ヤシロさん!?」
わぁ~お。
休憩しているはずのジネットが最前列で瞳をキラッキラ輝かしている。
陽だまり亭ではラーメンを出さないって決めたはずなのに、なんで食いついてんの?
身内が一番貪欲だったわ。
「じゃあ、明日陽だまり亭チームで作ってみるか」
「「「ぶーぶーぶー!」」」
「うっせぇ! お前らはまず基本の醤油ラーメンをマスターしやがれ!」
文句を言う他区の料理人どもを一喝する。
まずは基本的な作り方を覚えて、その後、自区に戻って各々が研究すればいいのだ。
「今回作った料理のレシピは、領主を通して提供するから、研究は自区に戻ってからにしてくれ」
「明日は冷やし中華もご披露しますから、是非参考にしてみてくださいね」
俺の隣でジネットが言うと、俺たちを取り囲む料理人から「一体なんなんだ、四十二区って……」みたいな空気が漂ってきた。
お前らにとっては目新しいかもしれんが、たまたま俺が知っているものを教えているだけだ。
研究開発したわけじゃないから、別にすごいことでもなんでもない。
ただの知識だ。
「あぁ、領主様が最近、やたらと『四十二区、四十二区』言っている理由が分かった気がする」
「こんなもん見せつけられたら、興味湧くよなぁ」
「仲良くしたい!」
誰しも、新しい知識を欲しているようだ
四十二区の連中が殊更社畜ってわけでもないんだな。
この街全体の体質なのかもしれない。
「……ふっ。ようやく、世間が私に追いついたようですね」
ふぁさぁ~っと髪をかき上げるトレーシー。
そういや、お前は『四十二区と仲良くしたい』ってずっと思ってた一人だっけな。
「ま、俺はそれよりも以前から良好な関係を築いていたがな」
トレーシーの前に割り込んで髪をかき上げるリカルド。
「え? エステラって、いつからリカルドと良好な関係を?」
「え、記憶にないけど?」
「大食い大会以降、すこぶる良好な関係だろうが! いや、なんなら、大食い大会の準備段階から、区をまたいで協力し合った仲だろう!」
「ぷぷぷ。リカルドさん、片思いですね。お可哀想に」
トレーシーがドヤ顔でリカルドにマウントを取っている。
え、いつの間にか両想いになったつもりになってんのか、トレーシーのやつ?
「エステラの周りは、ストーカーばっかりだな」
「君も大概だよ。バーサさんやシンディのような大人女子に大人気じゃないか」
「なぁ、この街ってお祓いとか除霊してくれる神社仏閣ってないの? 週二で通いたいんだけど」
怖いわぁ、この街のストーカー。
魔除けの札屋でも始めたら大儲けできそう。
ただ一つ問題があるとすれば、札ごときじゃ避けられないんだよなぁ、あの連中。
「オオバ君、店長さん。どうかな、四十区の味噌ラーメンは? 感想を聞かせてくれるかい?」
デミリーがにこにこ顔で特濃味噌ラーメンを勧めてくる。
「美味い。が、くどいな」
「そうですね。一口目はとても美味しいのですが、どんぶり一杯となると、女性には少しつらいかもしれません。力強い味を求める男性客にターゲットを絞るというのであれば、こういうアプローチもありかと思いますけれど」
「ん~、なるほどね。あとで料理人と話し合ってみるよ」
どろっと濃い味噌スープはノドにガツンと来る旨味を纏っているが、如何せん味が濃い。
何度もがつんがつんと全力で殴られると、喉も胃も疲れてしまう。
テーマパークで出す小サイズなら、最後まで美味く平らげることが出来そうだ。
「では、我が区の海鮮ラーメンはどうだ?」
どろっとしたこってり味噌ラーメンの後に、透き通るようなあっさり海鮮ラーメンが現れる。
ルシアの顔を見るに、相当自信があるようだが……
「主役がはっきりしないな」
「そうですね。具材が贅沢なのは目にも舌にも楽しいのですが、肝心のラーメンが周りに負けてしまっています。これなら、海鮮スープでもいいのではと思ってしまいます。せっかくなのですから、ラーメンならではの良さが出るともっと素晴らしいものになると思いますよ」
「むむむ……そうか。なかなか手厳しいな」
「でも、料理としてみればとっても美味しいですよ」
「いや。まだ改良の余地があるのなら、もっと上を目指すとしよう。料理人と話をしてくる」
ルシアが足早に料理人の元へと向かう。
そこへ、リベカがぴょこりとやって来る。
「ウチの塩麴ラーメンはどうじゃ? 美味いじゃろ?」
「あぁ、美味い」
「これは、安心していただけますね。とても美味しいです」
ジネットがベースを考えて持ち帰らせた塩麹ラーメンは、麹のプロリベカによってさらに改良がなされ、完成された逸品となっていた。
――の、だが。
「むぅ! なんか寂しいのじゃ! わしらにもなんかいろいろアドバイスしてほしいのじゃ!」
「いや、そんなこと言われても……」
「あとは、好みの領域だと思いますよ」
「なんか言ってほしいのじゃー!」
「だ、そうだぞ、ジネット」
「え~っと……では、付け合わせの鶏肉ですが、単品での力が強過ぎる気がしますので、ラーメンに合わせた時に一番美味しくなる塩梅にしてみてはいかがでしょうか?」
「むむむ、なるほどなのじゃ! 一番美味しいと一番美味しいを単純に混ぜるだけではいかんのじゃな!? 料理人と話してくるのじゃ!」
ダメ出しをもらって嬉しそうに駆けていくリベカ。
楽しそうだなぁ、あいつ。
「おい、今すぐ試作に取り掛かるぞ!」
「おう! この二人がいるうちにいろいろアドバイスをもらうんだ!」
「あとで、工程の確認お願いしますね! では!」
ばっと、クモの子を散らすように料理人たちが割り当てられたキッチンへと戻っていく。
なんか、アドバイスをもらいたいらしい。
「大人気だな、ジネット」
「ヤシロさんのカリスマのなせる業だと思いますよ」
「他人のせいにすんな」
「ヤシロさんは、ご自分を過小評価し過ぎだと思います」
にこにこと笑って、ジネットが責任を俺におっかぶせてくる。
上司がこれとか。これで美少女じゃなきゃ、とんでもないブラック企業だよな、まったく。
「で、他の領主はどこ行ったんだ?」
この場にいるのはトレーシーとリカルド、ルシアにデミリーという、エステラのことが大好きな領主ばかりだ。
他のやかましい連中がいない。
「領主たちなら、外でアトラクションを堪能していると思うよ」
「遊んでんじゃねぇよ」
「いやいや、あれはあれで重要なファクターだから。ミスター・オルフェンに言って、しっかり売り込んでもらってるよ」
テーマパークへの出資者へのプレゼンだと思えば重要ではあるか。
「で、ここに残ってるお前らは見なくていいのか、アトラクション?」
ルシアは自分たちのキッチンに戻って料理人と話をしているので、それ以外の三人、トレーシーとデミリー、おまけでリカルドに聞いてみる。
「私はエステラ様と一緒がいいので!」
「私も、エステラに案内してもらいたいなぁ」
「俺も一緒に行ってやる」
「わぁ、モテモテだな、エステラ」
「とりあえずリカルドは一人でお化け屋敷に入って」
「なんでだ!? 一緒に入れよ!」
デートを強要するなよ。セクハラだぞ。
「リカルドには特別に、手厚い歓迎をするように給仕に伝えておくから」
「む、そうか? それならまぁ、いいか」
盛大に歓迎してもらうといい。
シェイラ率いるお化け屋敷チーム、仕上がってるらしいから。全力で歓迎してもらえ。
……そして、泣け! ケケケ。
それからしばらくして、講習会後半戦が始まった。
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