異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

292話 最高の一日 -3-

公開日時: 2021年8月26日(木) 20:01
文字数:4,396

 四十二区の牢屋にて、マーシャを襲ったゴロつきに対し『精霊の審判』を使ったあの日から、俺は一つの懸念を抱えていた。

 

「一度使ってしまうと、二度目のトリガーが軽くなる気がしていた」

 

 これを使えば終わり――そんな思考がブレーキになっていた。

 だが、一度そのブレーキを外してしまうと、二度目以降そのブレーキは効きが悪くなる。

 緊張と不安と罪悪感から引くことが出来なかったトリガーが、いやに軽く感じてしまう。

 

 無言で隣を歩くエステラに言葉だけを向ける。

 

「あの時、街門前広場でのいざこざで、俺はゴロつきに『精霊の審判』を使った。あのタイミングではカエルになることはないと確信していたし、あの場面で『精霊の審判』を使えばあのゴロつきの精神をかき乱すことが出来ると思った」

 

 そして、事実ゴロつきは精神を崩壊させ俺に刃を向けた。

 本来なら、向こうから手を出す訳にはいかなかったはずなのに。

 

 グーズーヤとのいざこざの際、ゴロつきは「グーズーヤが勝手に怪我をした」という点を強調していた。

 つまり、ゴロつきが手を出して四十二区の領民を傷付けるのはNGになっていたはずなのだ。

 もし四十二区の領民に怪我をさせれば、領主やそれに協力する各ギルドが討伐の名の下にゴロつきを一斉排除に動くことは分かりきっていたから。

 

 情報紙発行会がバックについている状況で、四十二区は強硬手段を取れないと思っていただろうし、その口実を与えるのは悪手だ。

 頭の悪いゴロつきに指示を出しているヤツがいるなら、何はなくとも「こちらから手は出すな」と言い含めていたはずだ。

 

 それすら忘れるほどに、ゴロつきの精神を壊し、パニックに陥らせるだけの効果が、あの『精霊の審判』にはあった。

 こちらから襲撃したことにも驚いたろうが、やはり『精霊の審判』の影響力は絶大だったに違いない。

 

 俺は躊躇うことなくゴロつきに『精霊の審判』をかけた。

 それが、連中に多大な恐怖を与えたはずだ。

 

 あの一撃は効果的だった。

 効率を考えれば、これ以上にない見世物だった。

 エンターテイメントとしては大成功だろうな、はっはっはっ……

 

 

 だが、『精霊の審判』は見世物じゃない。

 

 

「おそらく、『アレ』以前の俺なら違う手を考えていたと思うんだ。多少まどろっこしくても、似たような効果を生む、別の手段を」

 

 もっと違う方法で、連中の心胆を寒からしめ、心底震え上がらせて、抱き合いながら「もうゆるしてー!」って叫んでしまうような、そんな方法を取っていた――と、思う。

 

 だが、俺が選んだのは『精霊の審判』だった。

 その結果、長髪のゴロつきは命乞いなんて生ぬるいものではなく、「ヤられる前にヤる」という直接的な行動に出た。

 躊躇う余地もなく、防衛本能が過剰反応するような手段を、俺は選んだのだ。

 

 ウッセとの一件で、その危険性は知っていたはずなのに。

 

 マグダの狩ったボナコンを見て、ウッセが往生際悪くごねた時、俺は嘘を糾弾しウッセを追い詰めた。

 直接言葉にはしていないが『精霊の審判』の影をチラつかせた。

 それだけで、ウッセは極限まで追い詰められ俺に刃を向けた。

 あの時、俺を凶刃から救ってくれたのはエステラだったっけ。

 

 俺、結構こいつに助けられてるな。

 

「致死量の猛毒が塗られた矢を放ってきた敵が目の前にいたら、二射目を放たれる前に何がなんでも仕留めようとするよな、普通」

 

『精霊の審判』は、それに等しい凶器だ。

 地球だったら拳銃か。

 銃口を向けられたら、不利だろうが不可能だろうが抗うだろう。

 その相手が、どこまでも自分を追いかけてきて確実に息の根を止めようとしているようなヤツなら、なおのこと。

 

 俺は今回、それをチラつかせた。

 

 可愛げのあるガキ同士のケンカであっても、凶器をチラつかせた瞬間、そいつはシャレでは済まなくなる。

 刑事事件に発展するか、親や教師を巻き込んだ騒動になるか、チラつかせた時点でそいつは「子供同士のじゃれ合い」の枠を逸脱する。

 たったの一度であってもだ。

「あいつは凶器を持ち出す」という事実がそいつを変異種として認識させる。

 もう、子供同士の輪には戻れない。

 

 そんな危険人物をかくまうのは、『お友達』ではなく『ゴロつき仲間』だ。

 

「いつの日か俺は――」

 

 そんな凶器を実戦で使用した俺は――

 

「『精霊の審判』を使うことに痛痒を感じない人間になるかもしれない」

 

 そう。

 俺がこの街で初めて見た、人がカエルになる瞬間――あの時に『精霊の審判』を喜々として使用していたゴッフレードのように。

 

「もしそうなったら、頭を剃り上げてゴッフレードのマネでもしてみるかな」

 

 自虐的にそう言うと、エステラが吹き出した。

 

「あははっ、それはやめておいた方がいいよ。君が髪を剃っても迫力はないから。せいぜい悪戯が過ぎて反省させられている悪ガキにしか見えないよ」

「うっせぇ」

 

 この街でも、懲罰的丸坊主ってあるのか。

 見たことがないのは、四十二区の領民が揃いも揃ってお人好しのいい子ちゃんばっかりだからか?

 

「まったく、君は本当に不思議な性格をしているね」

 

 呆れたように息を吐いて、エステラが眉をつり上げる。

 

「君は、出会ったばかりのボクに一体何度『精霊の審判』をかけたのか、覚えているのかい?」

 

 う……

 まぁ、あれはまだよく『精霊の審判』のことを分かっていなかった時期だったし、何よりエステラは遠ざけるべき厄介な相手だと思っていたし……

 四十二区に長居するつもりもなかったからな。

 

 

 うん……

 そうだな。

 

 

 あの時の俺にはまだ、大切なものが何もなかったんだな。

 

 

「最初に俺に『精霊の審判』をかけたのはお前の方だけどな」

「当たり前だろう? ジネットちゃんのそばにこんなスケベ面した男が居座ろうとしてたら、カエルにしてでも排除してやろうと思うのは当然じゃないか。……出会った当初から、君はボクに無礼の数々を働いていたからね」

「無礼? 俺が?」

「忘れたとは言わせないよ! ボクを男扱いして、その……む、むね…………触ったしね!」

 

 あぁ、そうだったな。

 

「あの時、微かに膨らみを感じて、お前のことを女だと思ったんだよな」

「……まったく、失礼な話だよ」

「そうだな。クイーンオブぺったんこのお前に対し、微かであろうと膨らんでいるなんて……侮辱だよな!?」

「平らなことに誇りなんか持ってないから! ……って、平らじゃないわ!」

「慣れてくると、誤差とか関係なくなってくるよなぁ」

「誤差じゃない! ちゃんと関知して、この高低差!」

「じゃあ、じっくりと拝見させていただこうか」

「刺すよ?」

 

 おぉ~っと。そういえば、俺以上に凶器を日常的にチラつかせてる危険人物がここにいたな。

 

「ヤシロ」

 

 そんな危険人物が俺の名を呼ぶ。

 にこりと微笑んで、俺を指さす。

 そして――

 

「『精霊の審判』」

「ぅぉおお!?」

 

 何を思ったのか、急に『精霊の審判』をかけやがった!?

 俺の全身が淡い光に包み込まれる。

 何考えてんのお前!?

 え、そんな腹立った!?

 お前の無い乳いじりなんて日常茶飯事じゃん!?

 

 日常茶飯事だから怒ってるのかなぁ、もしかして!?

 

 軽くパニックになるものの、頭の片隅では「まぁ、嘘は吐いてないしカエルにはならないよな」と冷静な自分がいた。

 そして案の定というか、当然というか、光がかき消えた後も俺の姿に変化はなかった。

 

「……なんて危険人物なんだ、お前は」

 

 すっげぇドキドキしてる。

 ちょっと触ってみるか?

 

「『精霊の審判』は、嘘を指定しなければその真価を発揮しないんだよ」

「……は?」

「おそらく、君はボクが気付いていない範囲でボクに嘘を吐いている――まぁ、君の場合だから『ボクが勘違いをするように仕向けた何かしらがある』って表現の方が適当なんだろうけれど――とにかく、ボクがそれを『嘘』だと断定できるようなことがあると思うんだ」

 

 ……あったかな?

 こいつは敵に回すと怖いと思っているから、エステラにはなるべく嘘を吐いていないと思うんだが。

 

「でもね、君とのこれまでの時間すべてをひっくり返して些末な嘘や冗談を掬い上げて君をカエルにするなんてことは出来ないんだよ」

 

 俺がエステラに「100Rbやる」と嘘を吐いたとする。

 その後、「飯をおごる」と言って飯をおごったとする。

 その時点で『精霊の審判』をかけられても、エステラが「100Rbくれなかった」と俺の吐いた嘘を指定――認識?――していない限り俺はカエルにはならないらしい。

 

「じゃあ、今目の前で嘘を吐かれて、それを指定せずに漠然と『精霊の審判』を使ったらどうなるんだ?」

「さぁ? そんな危険な実験はしたことがないし、文献にも載っていないから分からないよ」

 

『精霊の審判』を使ってあれこれ実験するような学者はそれほどいなかったらしい。

 人生をかけるには、危険過ぎる研究なのかもな。

 

 指定という解釈には興味があるが、おそらくそこまで明確な『何か』をする必要はない。

 俺がゴロつきをカエルにした時「焼き鳥の串を捨てなかったことは嘘である」なんてまどろっこしいことは考えていなかった。

 おそらく、意識が「この件に関して」と認識している事象が対照になるのだろう。

 

「そんな顔をしているうちは大丈夫だよ、君は」

 

 少し考え込んでしまった俺の顔を覗き込み、エステラが微笑む。

 

「ゴッフレードのような、道を踏み外した者の目とは違う。これでも、ボクは人を見る目だけはあるからね」

 

 まったく信用できない自己評価だな、それは。

 

「君の目はまだ淀んでいない。君の言うようにトリガーが緩くなったとしても、それでも君は――オオバヤシロは道を踏み外さない。少なくとも、ボクはそう断言できるよ」

 

 一度盛大に道を踏み外しているんだが……こいつはそれを知らないからな。

 

「ま、目つきはオールブルームで一位二位を争うくらいに悪いけれどね」

 

 ウィンクなんぞをしながら、してやったり顔をさらすエステラ。

 その笑顔が微かに揺らいで、俺の胸に拳をぶつける。

 

「……君が道を踏み外しそうになったら、ボクが止めてあげるよ」

 

 トンとぶつけた拳を、もう一度ドンっと叩きつける。

 

「ボクを信用したまえ!」

 

 にっこり笑うエステラを見て、無性に腹が立って、――有無を言わさず抱きしめてやった。

 

「ほにゃぁぁああ!? なになに!? なにするの!?」

 

 エステラの耳を心臓に当てぎゅっと抱え込む。

 

「これが『精霊の審判』を喰らわされた者の鼓動だ。しかっかりと聞いて反省しろ」

「ぅぅうう、うん、うんうん! 聞いた! もう聞いたから!」

 

 わたわた腕を振り回すエステラ。

 ぎゃーぎゃー騒ぐその声に紛れ込んでかき消されるくらいの小声で呟く。

 

「ありがとな。ちょっと楽になった」

 

 聞こえないように言ったはずなのに、暴れ回っていたエステラの腕がふと止まる。

 そして、何を思ったのか、そっと俺の背に腕を回し、ぽ~んぽんと二度叩く。

 

 

 それだけで、エステラは何も言わなかった。

 けど、言いたいことはよ~く分かった。

 

 こいつは、この小さな手で俺を止めてくれるのだろう。

 

 

 なら、あんまり汚させないようにしないとな。

 

 

 

 

 

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