異世界詐欺師のなんちゃって経営術

分割版π(パイ)
宮地拓海
宮地拓海

248話 作戦は突然に -1-

公開日時: 2021年3月26日(金) 20:01
文字数:3,324

 快晴!

 青空!

 ドッぴーかん!

 本日も雲一つない青空が広がっている。

 

「さぁ! 今日はガッシガシ稼ぐですよー!」

「……マグダのたこ焼き屋がMVP最有力候補」

「今日のあたいは最強だぜ! なにせ、ちゃんちゃん焼きだからなっ!」

 

 妙に張り切っている一団がいる。

 つか、新メニューどしたよ、マグダとデリア?

 

「ふっふっふっ……今日のあたしは一味違うのよ」

 

 いつもなら、こういう場面で誰よりも張り切るパウラが、今日は大人な余裕を醸し出している。

 それもそのはず。

 今日パウラが店に出す商品は、陽だまり亭にもない完全新作なのだ!

 

「これが、オトナのケーキ、ブランデー薫るタルトタタンよ!」

 

 薄くスライスしたリンゴをレモン水とブランデーに浸けて、生地とクリームにもブランデーを混ぜた、かなり香りの強いケーキだ。

 ジネットにも教えたのだが、ジネットはもとよりあまり酒を飲まないので試食の時に顔をしかめていた。お酒に弱いベルティーナも、進んで食べようとはしなかった。

 まぁ陽だまり亭には合わないケーキだよな、あれは。

 で、酒場であるカンタルチカに譲ったのだ。

 

 そしたらもう、パウラが張り切っちゃって――

 

「陽だまり亭にもないケーキ!? いいの!? やったぁ! あたし、これ、メッチャ売るね! 絶対ヒット商品にしてみせるから!」

 

 ――と、大はしゃぎだった。

 いや、まぁ、好きにしてくれればいいよ。陽だまり亭には置かない商品だし。

 

「っていうか、パウラ。今日は『宴』で酒飲むヤツもかなりいるから、魔獣のソーセージも売ってくれよ?」

「もちろんよ! 任せといて! セット販売とか考えてるから! ソーセージとタルトタタンの!」

「そこはビールとセットにしとけよ!?」

 

 お前の求めてる客層が分かんねぇよ!

 

 今日は祭りではなく『宴』だ。

 大いに飲んだくれてもらおうと考えている。

 

 そのために、愛でる花も用意したし、地べたに座れる広いスペースも確保したし、会場中央に不法投棄されていた邪魔な蝋像も撤去した。

 

「なななぬっ!? 誰か、ここに設置しておいた英雄像を知らないでござるか!? 今日の『宴』のシンボルとなるべき『導く英雄』像なのでござるが!?」

 

 犯人であるあのメガネヤロウはあとでじっくりことこと折檻してやる。

 

「ヤシロさ~ん!」

 

 ジネットが満面の笑みを浮かべて駆けてくる。

 頬に白い粉が付いている。

 

「準備完了しました! いつでも開店できますよ」

「お前の準備が終わってないぞ」

「え? ……ぁう」

 

 頬に付いた白い粉を指で拭ってやる。

 小麦粉か? どんだけ料理に夢中になってたんだよ。

 

「あ、の…………すみません。気が付きませんでした」

「あんまり鏡見るタイプじゃないもんな、ジネットは」

「そんなことは……、わたしも、ちゃんとおめかししたりするんですよ」

 

 おや?

 珍しく拗ねたようだ。

 オシャレをしないと思われるのは心外な様子だ。まぁ、そりゃそうか。女の子だもんな。

 

「あの、でも……今は外で、鏡もありませんので、その……身だしなみのチェックをお願いしてもいいですか?」

 

 身だしなみのチェックは、毎朝開店前にジネットが従業員に対して行っている服装のチェックだ。叱られはしないが、かなり細かいところまでチェックされるとロレッタが言っていた。

 それこそ、エプロンのよれやシワ、寝癖や袖口にこびりついたご飯粒まで…………って、ご飯粒は取っとけよ、指摘される前に。

 

 つまり、ジネットはそれを俺にしろと言っているのだ。

 

「じゃあまず、袖口のご飯粒確認を……」

「それはついてませんよ」

 

 まぁ、さすがにないか。

 

「それじゃあ、下乳に危険物が挟まってないかの確認を……っ!」

「真面目にやってください」

 

 笑顔で怒られた。

 仕事でふざけると、こうしてたま~に怒られるんだよなぁ。

 

「それじゃあ、背筋を伸ばしてこっちを向け」

「はい」

「ゆっくり回って」

「はい」

「両手を上げて」

「はい」

「おっぱいを……」

「ヤシロさん」

「…………手を下ろして」

「はい」

「にっこり笑って」

「はいっ」

「うん。よし、完璧だ」

「ありがとうございます」

 

 服装も笑顔も申し分ない。

 陽だまり亭クオリティだ。

 

「では。はい、ヤシロさん」

「ん?」

 

 手渡されたのは、エプロン。

 胸のところに『オオバヤシロ』と刺繍が入っている。

 ……俺の?

 

「今日はヤシロさんも、お店担当ですからね」

 

 そう。

 俺は今回、出店の店員を申しつけられているのだ。

 これまでこういうイベントの際、俺は大抵接待や案内役をやらされていたわけだが――

 

「『BU』の領主たちの、君に対する拒絶反応がすごくてね」

 

 ――なんてことを苦笑いでエステラに言われ、今回はこういう配置になったわけだ。

 領主どもの接待はエステラとルシアがやってくれるらしい。

 それに、マーゥルとトレーシーも協力してくれると言っているのだとか。

 まぁ、そっちの方が楽が出来ていいかなぁ、とは思うのだが……なんだろう、この「外された」感は…………

 ……はっ!? 違うぞ! 俺は断じてジネットのような社畜魂などは持ち合わせていない!

 責任のないポジション、バンザイ!

 楽が出来て超ラッキー!

 

「今日はたくさんの屋台を掛け持ちですから、頑張りましょうね」

「…………ん?」

 

 ジネットの背後には、会場をぐるりと取り囲む複数の、いや、無数の屋台。

 ……あれを、切り盛りするのか? 俺が? ジネットと二人で!?

 

「ロレッタさんのご弟妹が店番をしてくださっていますので、定期的に様子を見に行って、料理の補充やお釣りの管理、あと、トラブルがあった際のサポートをお願いします」

 

 ……前言撤回。今回のポジション、地獄だ。

 全然楽できないじゃん、これ!?

 やっべー。社畜の片腕、超やべー。

 

「HI! てんとうむしさん! 僕たちも手伝いに来たZE☆」

「HEY! なんだって手伝うから、やってほしいことを気軽に言ってくれよNA☆」

「じゃあ、全部」

「「HAHAHAHAHA! ワンダフルな丸投げDA・NE☆」」

 

 いや、冗談じゃなく、全部やってくれるならやってほしいんだがな。

 アリクイ兄弟ことネックとチックも応援に駆けつけてくれた。

 こいつらは、ミリィと一緒に会場の花を豪勢に飾りつけてくれた功労者であり、飾りつけが終われば暇になるのでアゴで使ってもいい人材というわけだ。

 功労者? 労い? 知るか。

『近くにいる者はアゴで使え』ということわざもあることだし。

 

「ハム摩呂ー!」

「はむまろ?」

「おぉ、そこにいたか」

「いたー! スタンバイ済みー!」

「こいつらに出店の仕事を教えてやってくれ」

「それが人に物を頼む態度かー!」

 

 イラ。

 

 ハム摩呂の小さな頭を鷲掴みにし、よい子に分かりやすく、ゆっくりと、適度な力加減で言い聞かせる。

 

「どこで覚えてくるんだ、ん? ウーマロか? ヤンボルドか?」

「はぁぁあ、おにーちゃん必殺の、アイアンクローやー!」

 

 解放してやると、こめかみを押さえて蹲る。

 少しは反省しろ。

 と、そこへアリクイ兄弟がすすすっと接近していく。

 

「教えやがれDAZE、ハムっ子!」

「HEY、ブラザー! それが物を頼む態度KA・YO!?」

「HAHAHA! イエスDA・ZE!」

「ならしょーがねぇーZE!」

「「教えやがれYO!」」

「ほぁぁああ、かっこいー!」

「憧れんな憧れんな! めんどくせぇから!」

 

 真似すんなよ、絶対に。

 数ヶ月に一回会えばお腹いっぱいなんだから、こいつらは。

 

「ナイストゥーミーチュー! 僕はネック。有名なテニスプレーヤーではありません!」

「言う必要あったか、その情報!?」

「僕はチック、以下ミートゥー!」

「以下同文みたいに略すんじゃねぇよ! なんだ『以下ミートゥー』って!?」

 

 ハム摩呂にアリクイ兄弟の組み合わせで、本当に大丈夫なんだろうか……

 

「とにかく、てんとうむしさん、僕たちに任せてOK!」

「グレートシップにライドオンしちゃいなよ!」

「頼もしい新人さんに、丸投げの予感やー!」

「いや、ちゃんと教えろよ、ハム摩呂!? なぁ、分かってんのか? ちょっ、無視して行くな! 聞けぇぇー!」

 

 一瞬で意気投合して、仲良く肩を組んで歩いていくハム摩呂とアリクイ兄弟。

 ……そんなシンパシーは感じんでいい。

 

 あと、『大船に乗ったつもり』の『乗る』はライドオンじゃねぇだろう、たぶん。

 

「頼もしいですね」

「どこが!?」

 

 ロレッタとマグダを定期的に派遣して様子を見させよう。不安過ぎる。

 

読み終わったら、ポイントを付けましょう!

ツイート