異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

362話 試される人望 -4-

公開日時: 2022年6月3日(金) 20:01
文字数:3,874

 宣言通り、ウィシャートの部下どもからウィシャートに対する信頼を奪い取ってやった。

 これで、ウィシャートは独りぼっちだ。

 

 騎士どもはウィシャートの人身御供だったのだ。

 身代わりがいなくならなきゃ、ウィシャート本体を攻撃は出来なかった。

 

「思惑が外れたか?」

 

 こちらへ呪いの視線を向けるウィシャートに問いかける。

 

「統括裁判所へ見せたかった『会話記録カンバセーション・レコード』も、もう見せられねぇよな」

 

 ウィシャートにとって、都合の悪い事実が記録され過ぎた。

 とても、統括裁判所に見せることは出来ないだろう。

 

「いざという時の切り札もなくなったな」

 

 最悪の場合、俺たち全員を始末する手筈だったのだろうが、今や三対一だ。

 ウィシャートが自棄を起こそうが三人同時に葬り去るなど不可能。

 

「お得意の毒がまだ残ってるか?」

 

 ドン! ――と、テーブルの、ガラスケースのすぐ隣にカカトを落とす。

 

「テメェがおかしなことをした瞬間にこのガラスケースを叩き割る。俺たちはエングリンドの解毒薬で助かるが、テメェはどうかな?」

「…………」

「味わってみるか? 『湿地帯の大病』の苦しみを」

 

 こちらを睨むウィシャートを睨み返す。

 無言で睨み合う時間が続き、やがてウィシャートが口元を歪めた。

 

「……まったく。ことごとくこちらの想像を超えてきおって」

 

 モノクルを外し、目頭を摘まむように揉む。

 

「まさか、GYウィルスのことまで調べておったとは……」

 

 重いため息を吐き、ウィシャートがこちらを向く。

 物悲しそうな、すべてを諦めたような表情。随分と老け込んで見える。

 

「何が望みだ」

 

 肩を落とし、ウィシャートは弱々しく言う。

 

「認めるのかい、自分がしてきた数々の悪事を」

「もはや、言い逃れは出来まい。……ふふっ、騎士たちにも見捨てられた哀れな男に、あと何が出来るというのだ」

 

 手札をすべて失い、ウィシャートは観念した様子だ。

 微かに怯えの見える表情で、エステラに問う。

 

「私を、殺すのかね?」

 

 その言葉に、エステラはまぶたをぎゅっとつむる。

 

「出来ることならそうしてやりたい……と、そう思っていたよ」

 

 エステラの正直な気持ち。

 

「領民が何人も命を落とし、生活を壊され、父も重い病に倒れた……それが、貴様のくだらない支配欲からもたらされたのだと知った時、頭の中が焼き切れるほどの怒りを覚えた。率直に言おう――ボクは君を殺したい」

「……そうか」

 

 身構えるでもなく、エステラの言葉を真正面から受け止めるウィシャート。

 

「ならば、そうするがいい」

「けれど……」

 

 ウィシャートの言葉には答えず、エステラは領主としての立場で沙汰を言い渡す。

 

「貴様には、王国の法に則って罰を受けてもらう。償いきれないほどの罪を背負い、残された生涯を犠牲になった者たちに詫びながら生きろ。それが、ボクの望みだ」

「…………そうか」

 

 がくりと項垂れるウィシャート。

 俯いたまま、ウィシャートはぶつぶつとくぐもった声で言葉を落としていく。

 

「あんなことになるとは思わなかったのだ。どのような毒物なのか、詳細を聞かせてはもらえなかった。バオクリエアの連中はこの街のどこかであの兵器の実験を行うと言っていた。もしかすれば、実験台に選ばれたのは我が区かもしれなかった……だから、使者を襲わせた。欲に駆られたわけではない。保身だったのだ」

「だからといって、貴様がしたことが許されるわけではない!」

「分かっている……分かっているとも…………ただ、聞いてほしかっただけだ」

 

 減刑などは望んでいないと、ウィシャートは言う。

 だが、エステラならそれで減刑をしてしまうだろうな。とことん甘いヤツだからな。

 

 ほら、立ち上がってウィシャートに背を向けてしまった。

 落ち込んでいるウィシャートを見ていると決心が鈍りそうなのだろう。

 甘ちゃんめ。

 

「……三十区はどうなる? 領主は?」

 

 背を向けたエステラに、ウィシャートはか細い声で問う。

 

「しかるべき人間に新たな領主になってもらえるよう、王族に陳情書を提出する。ウィシャート家の者が継ぐことはないだろう」

「そうか……」

 

 呟いて、ウィシャートは手にしたモノクルを見つめる。

 

「このモノクルは、代々当主に受け継がれてきた伝統ある品なのだ。……ふふ。他者から見れば大した価値もないただのモノクルにしか見えないだろうがね。……それでも、私はこのモノクルを引き継いだ時に感動したものだよ」

 

 片目だけレンズが付いた小さなモノクル。

 鈍く輝く黄金色のブリッジは太くしっかりとした作りをしている。

 

「このモノクルも、私の代でおしまいか……」

 

 愛おしげにモノクルを見つめ、ウィシャートは俺の方へ顔を向けた。

 

「どうだろうか。君がもらってくれないか?」

「俺が?」

「どうせ、刑に服せばモノクルなど付けてはいられない」

「まぁ、そりゃそうだろうが」

「君は実に大した男だった。こちらが有利になるように発したはずの言葉が、気付けばこちらの首を絞めていた。君がそうさせたのだろう? まんまと誘導されてしまっていたよ」

 

 港の工事着工式のころから、俺はこいつの発言を逆手に取ってこいつを追い詰め続けてきた。

 それが、やはり相当苦しかったようだ。

 

「褒められているみたいで気味が悪ぃぜ」

「褒めている。君のような男は、おそらくもう二度と現れないだろう」

「どうだかな」

「だからこそ、頼む。このモノクルは君が持っていてくれ」

 

 大切そうに両手で包み込んでから、モノクルを差し出してくる。

 弱々しい笑みが俺を見つめている。

 懇願するような瞳。

 物乞いが食い物をねだるような目つきだ。……気味が悪い。

 

「いらねぇよ」

「なら売ればいい。古くはあるが、ブリッジは純金だ。それなりの金にはなる。君ほどの男なら、目利きも出来るだろう?」

「…………純金、か」

 

 そう言われると、ちょっと心動いちゃうな~って感じを感じさせないように太々しい顔で手を差し出す。

 ポトリと、俺の手のひらにモノクルが乗せられる。

 手渡す時に毒針でブスリ――とかいうことはなかった。

 

「ブリッジのところだ。よく見てくれ」

「ふ~ん……」

 

 モノクルを目の高さに持ってきて、ブリッジを観察する。

 光は鈍いが、確かに純金か……

 

「ブリッジの細工が技巧的でね。裏面だ、よく見てくれ」

 

 言われて、ブリッジを摘まんで覗き込むと――

 

 

 プシュッ!

 

 

 ――と、白い粉がブリッジから飛び出してきた。

 

「わっ……ぶっ!」

 

 慌ててモノクルを投げ捨てる。

 ブリッジを動かすと、レンズとブリッジの接合部から粉が吹き出す仕組みになっていたらしい。

 一度両手で握り込んだ時に何かしやがったな?

 あの時に罠をスタンバイ状態にしやがったんだ。

 

「……ぐっ!」

 

 体をくの字に折り曲げ、ソファからずり落ち、膝を床につけ、それでもこらえきれずにテーブルに頭を乗せる。

 

「ふはははは! バカめ! 指一本動かせまい!」

 

 ってことは、しびれ薬か?

 

「ヤシロ!」

「貴様!」

 

 エステラが俺に、ナタリアがウィシャートに向かって駆け出す。

 が、その直前に二人の顔にも「プシュッ!」っと白い粉が吹きかけられる。

 

「うわっ!」

「なっ!?」

 

 天井裏からどさどさっと、二人の男が振ってくる。

 

「貴様らも、そこに転がっておれ」

 

 執事ウィシャートと、ドールマンジュニアだ。

 こいつら、姿が見えないと思ったら、天井裏に潜んでやがったのか。

 

「詰めが甘かったな、クレアモナ」

「しかし、GYウィルスのことまで知っていたとは、驚きですね」

「おそらく、ゴッフレードに吹き込まれたものと思われます」

 

 勝ち誇るウィシャート。

 ガラスケースを抱えウィシャートの背後に控える執事ウィシャート。

 そして、一番腰の低いドールマンジュニア。

 

「ゴッフレード? ……あぁ、ノルベールの子飼いの男か」

「はい。その男が今朝早くに現れ、自分はクレアモナと繋がっていると」

「そうか。では、バオクリエアの情報もそこから得たと考えるべきか」

「おそらくは」

 

 ドールマンジュニアの話を聞き、ウィシャートがエステラを見下ろす。

 

「エングリンドが味方に付いているという話も胡散臭いものだな」

「しかし、ルピナスの娘が存命していることは事実であります」

 

 執事ウィシャートがウィシャートに言う。

 ウィシャートが「ふむ……」と考え込み、そしてろくでもないことを言い始める。

 

「では、エングリンドが持ち込んだ毒で、この者たちは死んだことにしよう」

「そのGYウィルスをお使いになるつもりで?」

「いいや。これは、この者らが我が館に毒物を持ち込んだ証拠として王族に提出する」

「では、毒は――」

「ドールマンジュニア。用意をせよ」

「はい。効果が出るまでに七日ほどかかりますが、よい毒薬がございます」

「うむ。では、七日ほど地下牢に閉じ込めておけばよかろう。……まったく。バオクリエアは遅効性の毒しか寄越してこぬ。即効性なのはこの痺れ薬くらいのものよ」

「おそらく、主様の反撃を恐れてのことでしょう」

「即効性の毒を渡せば自らに使われると? ……ふん、よく分かっておるではないか」

「臆病者の集まりでございますので、バオクリエアは」

 

 くっくっくっと笑い合うウィシャートたち。

 

「騎士を遠ざけて油断をしておったのであろう?」

 

 ウィシャートが俺に向かって言葉を投げてくる。

 

「残念だったな。我々は、もとより一族の者以外を信用などせぬのだよ」

 

 つまり、ドールマンジュニアも、どこぞのウィシャートの息子だってわけね。

 あの仰々しいまでに部屋を埋め尽くしていた騎士と兵士は、天井裏に潜むウィシャート一族を隠すためのデコイだったってわけか。

 

 ウィシャートがドールマンジュニアから小瓶を受け取る。

 中には、緑色の液体が入っている。

 

 その小瓶が、ゆっくりと俺の顔に近付いてくる――

 

「さぁ、お別れだ」

 

 

 

 

 

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