異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

6話 農家のワニとシスターベルティーナ -2-

公開日時: 2020年10月7日(水) 20:01
文字数:2,268

 食堂を出て南側の道を進んでいくと、畑が広がっていた。

 朝早くから畑仕事に精を出している人が何人かいるようだ。……おぉっと、ビックリした。近くの畑で働いていたオッサンの顔がワニそっくりだったのだ。……畑荒らしじゃないよな?

 

「モーマットさん。おはようございます!」

「あぁ、ジネットちゃん、おはよう」

 

 モーマットとかいうワニ顔の男は、俺の姿を目にすると一瞬怪訝そうな表情を見せる。

 ……不審者扱いか? まぁ、ジネットの危うさを知っていれば心配にもなるか。

 追々交渉する必要があるかもしれんし……第一印象を良くしておくか。

 

「精が出ますね」

「ん……あぁ。まぁな」

 

 返しが硬い。

 笑顔を心がけて、一歩踏み込んでみるか。

 

「ちょっと見せてもらってもいいですか?」

「ここかい? そりゃ構わんが、何もないぞ?」

「いえ。俺、二日前にこの街に来たところで。何を見ても珍しいんですよ」

「へぇ、そうなのかい」

 

 了承を取ってから、三十人分の食事を載せた荷車を路肩に止め、ジネットに断って、俺は畑へと踏み入っていく。

 畑の周りには水路も引かれていて、まともな農業が行われているようだ。

 ただ、土地が少し痩せているように見える。

 畑に広がる作物の葉が少し細いのだ。……これは人参かな。

 

「どうですか、今年の出来は?」

「よくねぇなぁ。まぁ、毎年そんな感じだけどな」

 

 に、しても、四月に人参は早いような気がするんだが……と、隣の畑を見るとレタスが生っている。その向こうにはカボチャ、ピーマン、トマトと…………季節感が出鱈目だ。

 この世界では野菜は年がら年中収穫できるのか? だとしたらパラダイスだな。

 俺は土を摘まみ、指で押し潰す。……水分も十分だし、それにこの匂い……堆肥も使っている。状態は悪くないようだ。

 レタスが結構虫にやられているところを見るに、農薬は使っていないのだろう。

 いい野菜だな。欲しいわ、これ。

 

「土の状態なんか見て、農業に興味があるのか?」

「えぇ、まぁ」

 

 農業というか、ここの野菜の商品価値に興味があるのだが。

 

「一本齧ってみるか?」

「いいんですか?」

「あぁ。どうせ、売ったって大した儲けにはならないんだ」

「そうなんですか」

 

 業者に対する愚痴ってのは、どの世界でも似たようなものなんだな。

 

「売れなかった分は捨てちまうんだ。遠慮なく食ってくれ」

「では、お言葉に甘えて」

「ほい、土を払って、そこの川で洗えば食えるぞ」

「あ! 何しているんですか、ヤシロさん!?」

 

 人参を受け取る俺を見て、ジネットも畑へと入ってきた。

 

「もらったんだぞ。盗ってないからな」

「はっはっはっ! 持ち主の前で野菜泥棒できるヤツはさすがにいねぇわなぁ!」

 

 モーマットが大声で笑う。

 ジネットは俺の前まで来ると、土のついた人参をジッと見つめて……よだれを垂らす。

 

「……じゅる」

「お前、年中腹減らしてるのか?」

「はっ!? ち、ちち違いますよ! 今日は、朝ご飯を食べ損ねたので、それで……!」

「それじゃあ、ジネットちゃんにもプレゼントだ」

「えっ!? いえいえいえ! 結構ですよ、そんな!」

 

 躊躇いなく人参を引き抜いたモーマット。

 固辞しようとしたジネットだが、抜かれた人参を渡されてはもう何も言えない。

 両手で大切そうに受け取ると深々と頭を下げた。

 

「ありがとうございます。お礼は改めて……」

「いいっていいって! 一本じゃ売ったって1Rbにもなりゃしないんだ」

 

 なんだと?

 

「何本くらいで1Rbになるんです?」

「重さでやり取りしてるからなぁ……でもまぁ、だいたい七本から八本かな」

 

 これ一本がだいたい150グラム程度として……1キロで1Rbか……

 陽だまり亭ではクズ野菜を10キロ80Rbで購入していた。

 やはり、農家から直接購入する方が遥かに安上がりだ。

 

「洗ってきましたよ」

 

 俺とモーマットが話をしている間に、ジネットが人参を洗ってきてくれたようだ。

 では、味見を。

 ジネットから人参を受け取り、先端を齧る。………………うん、甘い。が、まぁ、微妙?

 そこそこの出来だ。でも、食堂で出すには問題ない品質だろう。

 

「あ、甘ぁいですぅ~……」

 

 隣でジネットが感動している。

 頬に手を添え、うっとりとした表情で人参を見つめている。……そんなにか?

 いつもクズ野菜ばっかり食ってるから、ちゃんとした、抜きたての野菜がご馳走に感じるんだろうな。ある意味幸せだが、客観的に見て不幸なヤツだ。

 

「ヤシロさん!」

 

 ジネットが目をキラキラさせて俺に体を寄せてくる。

 

「わたしの齧ったところを切り落とせば、この人参、食堂で出せますよね!?」

「……節約とケチは違うと思うぞ」

 

 俺は、清く正しい節約を推進したい。

 何より、おなかをきゅいきゅい言わせているジネットを見ると、「一本食っちゃえよ」と言いたくなる。

 

「あ、そうでした! 早く行かないと、みんながお腹を空かせて待っています!」

 

 太陽が空を明るく照らし、朝の澄んだ空気も徐々に温かさを増している。

 ちょっと寄り道が過ぎたか。

 

「それじゃあ、モーマットさん。お仕事中にお邪魔しました。人参、美味しかったです」

 

 俺は背筋を伸ばして礼を述べ、右手を差し出す。

 俺の手を握り、モーマットは嬉しそうな笑みを浮かべた。

 

「いや。街にはまだ慣れてないだろうから、何か困ったことがあったら言ってくれよ。いつでも力になるからな」

「ありがとうございます」

 

 いい言葉をもらった。

 これで、俺が困った時にモーマットは絶対助けなければいけなくなったのだ。『精霊の審判』によって。……まぁ、そんな脅しをしたところで、このオッサンに出来ることなどたかが知れているだろうが。

 

 とりあえずは農家のコネが手に入った。よしよし。

 

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