食堂を出て南側の道を進んでいくと、畑が広がっていた。
朝早くから畑仕事に精を出している人が何人かいるようだ。……おぉっと、ビックリした。近くの畑で働いていたオッサンの顔がワニそっくりだったのだ。……畑荒らしじゃないよな?
「モーマットさん。おはようございます!」
「あぁ、ジネットちゃん、おはよう」
モーマットとかいうワニ顔の男は、俺の姿を目にすると一瞬怪訝そうな表情を見せる。
……不審者扱いか? まぁ、ジネットの危うさを知っていれば心配にもなるか。
追々交渉する必要があるかもしれんし……第一印象を良くしておくか。
「精が出ますね」
「ん……あぁ。まぁな」
返しが硬い。
笑顔を心がけて、一歩踏み込んでみるか。
「ちょっと見せてもらってもいいですか?」
「ここかい? そりゃ構わんが、何もないぞ?」
「いえ。俺、二日前にこの街に来たところで。何を見ても珍しいんですよ」
「へぇ、そうなのかい」
了承を取ってから、三十人分の食事を載せた荷車を路肩に止め、ジネットに断って、俺は畑へと踏み入っていく。
畑の周りには水路も引かれていて、まともな農業が行われているようだ。
ただ、土地が少し痩せているように見える。
畑に広がる作物の葉が少し細いのだ。……これは人参かな。
「どうですか、今年の出来は?」
「よくねぇなぁ。まぁ、毎年そんな感じだけどな」
に、しても、四月に人参は早いような気がするんだが……と、隣の畑を見るとレタスが生っている。その向こうにはカボチャ、ピーマン、トマトと…………季節感が出鱈目だ。
この世界では野菜は年がら年中収穫できるのか? だとしたらパラダイスだな。
俺は土を摘まみ、指で押し潰す。……水分も十分だし、それにこの匂い……堆肥も使っている。状態は悪くないようだ。
レタスが結構虫にやられているところを見るに、農薬は使っていないのだろう。
いい野菜だな。欲しいわ、これ。
「土の状態なんか見て、農業に興味があるのか?」
「えぇ、まぁ」
農業というか、ここの野菜の商品価値に興味があるのだが。
「一本齧ってみるか?」
「いいんですか?」
「あぁ。どうせ、売ったって大した儲けにはならないんだ」
「そうなんですか」
業者に対する愚痴ってのは、どの世界でも似たようなものなんだな。
「売れなかった分は捨てちまうんだ。遠慮なく食ってくれ」
「では、お言葉に甘えて」
「ほい、土を払って、そこの川で洗えば食えるぞ」
「あ! 何しているんですか、ヤシロさん!?」
人参を受け取る俺を見て、ジネットも畑へと入ってきた。
「もらったんだぞ。盗ってないからな」
「はっはっはっ! 持ち主の前で野菜泥棒できるヤツはさすがにいねぇわなぁ!」
モーマットが大声で笑う。
ジネットは俺の前まで来ると、土のついた人参をジッと見つめて……よだれを垂らす。
「……じゅる」
「お前、年中腹減らしてるのか?」
「はっ!? ち、ちち違いますよ! 今日は、朝ご飯を食べ損ねたので、それで……!」
「それじゃあ、ジネットちゃんにもプレゼントだ」
「えっ!? いえいえいえ! 結構ですよ、そんな!」
躊躇いなく人参を引き抜いたモーマット。
固辞しようとしたジネットだが、抜かれた人参を渡されてはもう何も言えない。
両手で大切そうに受け取ると深々と頭を下げた。
「ありがとうございます。お礼は改めて……」
「いいっていいって! 一本じゃ売ったって1Rbにもなりゃしないんだ」
なんだと?
「何本くらいで1Rbになるんです?」
「重さでやり取りしてるからなぁ……でもまぁ、だいたい七本から八本かな」
これ一本がだいたい150グラム程度として……1キロで1Rbか……
陽だまり亭ではクズ野菜を10キロ80Rbで購入していた。
やはり、農家から直接購入する方が遥かに安上がりだ。
「洗ってきましたよ」
俺とモーマットが話をしている間に、ジネットが人参を洗ってきてくれたようだ。
では、味見を。
ジネットから人参を受け取り、先端を齧る。………………うん、甘い。が、まぁ、微妙?
そこそこの出来だ。でも、食堂で出すには問題ない品質だろう。
「あ、甘ぁいですぅ~……」
隣でジネットが感動している。
頬に手を添え、うっとりとした表情で人参を見つめている。……そんなにか?
いつもクズ野菜ばっかり食ってるから、ちゃんとした、抜きたての野菜がご馳走に感じるんだろうな。ある意味幸せだが、客観的に見て不幸なヤツだ。
「ヤシロさん!」
ジネットが目をキラキラさせて俺に体を寄せてくる。
「わたしの齧ったところを切り落とせば、この人参、食堂で出せますよね!?」
「……節約とケチは違うと思うぞ」
俺は、清く正しい節約を推進したい。
何より、おなかをきゅいきゅい言わせているジネットを見ると、「一本食っちゃえよ」と言いたくなる。
「あ、そうでした! 早く行かないと、みんながお腹を空かせて待っています!」
太陽が空を明るく照らし、朝の澄んだ空気も徐々に温かさを増している。
ちょっと寄り道が過ぎたか。
「それじゃあ、モーマットさん。お仕事中にお邪魔しました。人参、美味しかったです」
俺は背筋を伸ばして礼を述べ、右手を差し出す。
俺の手を握り、モーマットは嬉しそうな笑みを浮かべた。
「いや。街にはまだ慣れてないだろうから、何か困ったことがあったら言ってくれよ。いつでも力になるからな」
「ありがとうございます」
いい言葉をもらった。
これで、俺が困った時にモーマットは絶対助けなければいけなくなったのだ。『精霊の審判』によって。……まぁ、そんな脅しをしたところで、このオッサンに出来ることなどたかが知れているだろうが。
とりあえずは農家のコネが手に入った。よしよし。
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