「ワタクシは……」
イメルダが、俺の目の前で宣言する。
「木こりギルドの支部を完成させ、立派な支部長になりますわ!」
それはさも当然な夢のようであり……俺には少し意外な話でもあった。
木こりギルドの娘なのだから、支部にこだわる必要はなく、本部にいて跡取り候補のいい男とくっつくなりすれば、こいつの人生は安泰、今までのように少々度が過ぎても遊んで暮らせるのだ。
だが、こいつは、一人の木こりギルドの人間として、その仕事に従事すると言う。
支部長ともなると、遊びや酔狂では務まらない。
世間知らずのお嬢様が思いつきで発した浅はかな夢……とてもそうは見えない、真剣そのものの瞳でイメルダは語る。
「今はまだ未完成ですが、完成すればあの支部は本部をも凌ぐ重要な拠点になりますわ。ワタクシは、その拠点をこの腕で、頭脳で、美貌で、しっかりと守り、発展させたいと思っていますのよ」
美貌が入っている時点で、女であることを捨ててということではないらしい。
あくまで、木こりギルドのお嬢様として、あの支部の頂点に立ちたいというわけだ。
「様々な軋轢はあるでしょう。心ない誹謗を受けるかもしれません。ですが、ワタクシはあの支部を、この街で一番の……いいえ、世界で一番の木こりの拠点にしたいのです」
それは、遥かなる夢だ。一見すれば無謀のようにも見える。
だが、こいつはその夢に向かって地道に一歩ずつ近付いていく決心をしたのだ。
だがなぜ?
そんな疑問は、寂しげな目をしたイメルダによって明かされた。
「羨ましかったんですの。いいえ、今でも、ずっと羨ましいですわ……」
「羨ましい?」
ふぅ……っと息を吐いて、イメルダが少し口調を変える。
「こんな時間に四十一区へ向かわれるということは、ヤシロさんはおそらくウーマロさんに会いに行かれるんですわよね?」
「ん? あぁ、よく分かったな」
「彼以外のヤシロさんの関係者は、夜になれば四十二区へ戻りますもの」
「なるほど。見事な推理だな」
もしリカルドに会いに行くなら、もっと早い時間になるだろう。
こんな時間にわざわざ四十一区に向かうとなれば、相手はウーマロくらいしかいないわけだ。
「なんのお話を?」
「いや、大食い大会に参加してもらおうと思ってな。あいつは、使いようによっては最強になるかもしれん人材だからな」
マグダパワーがどこまで通用するのかは、未知数だがな。
「……羨ましいですわ」
「……は?」
「ウーマロさんが、ワタクシは、……心底羨ましいですわ」
話が見えん。
何を言っているんだ?
「大食い大会に出たかったのか? だったらまだ出場枠はあいてるから……」
「違いますわ」
まぶたを閉じて、俺の言葉を遮るような口調で言うイメルダ。
まぶたを閉じると、ツンとした印象が強くなる。
そして、再びまぶたが開かれると、大きくて印象的な、力強い瞳がこちらを見つめていた。
「あなたですわ、ヤシロさん」
「……俺?」
イメルダの大きな瞳に映る俺が、驚いた表情をしている。
「お願いすれば、ヤシロさんはワタクシを同じフィールドへ招き入れてくださいます。共に立ち、並ぶ権利をくださいますでしょう……ですが、彼……ウーマロさんは違います」
グッと、拳を握りしめる。
イメルダの細く白い、花を摘むためだけにあるような繊細な指が固く握られている。
親指の爪が赤くうっ血していた。
「彼は……いつもヤシロさんに巻き込まれていますわ。いつもいつも……ヤシロさんから声をかけてもらっているのです。…………ウーマロさんは、ヤシロさんに…………頼られているんですわ」
「それは、アレだな。俺が図々しく、いいように使ってるだけで……」
「それがっ、羨ましいのですわっ!」
腰を浮かせ、俺に詰め寄ってくるイメルダ。
急に動いたせいで馬車が大きく揺れる。
バランスを崩しかけたイメルダを支えようと手を伸ばすも、その手はイメルダによって制止された。「必要ないですわ」と。
「これまでのワタクシは、ただ要望を言い、与えられるものを享受するだけの、つまらない人間でしたわ。……それこそ、美しいだけのマスコットのように……」
すとんと、イメルダが腰を落とす。
座席に深く座り、背筋を伸ばしたままで細く長いため息をつく。
「ワタクシは、木こりギルドの支部長を立派に務めあげ、価値のある人間になってみせますわ。これまでは、考えたこともなかった未来ですけれど……どうしても、やってみたいんですの」
話をして、幾分か気が晴れた……そんなすっきりとした表情で、イメルダは俺に笑みを向ける。
「ワタクシは、ヤシロさん……あなたに頼られる人間になりますわ。仕事のパートナーとしても、女としても、必ず。何年かかったとしても」
「……なんで、俺なんかに」
「決まっていますわ」
イメルダが胸を張り、ここ一番の笑顔で言う。
「あなたは、このワタクシが唯一認めた殿方だからですわ」
晴れやかに、爽やかに……
一片の曇りもなく、そんなことを言うのだ。
俺に……それほどの価値などないことに、気付きもしないで。
「そういうわけですので、今度の大会は死に物狂いで勝ちに行ってくださいましね。街門が設置されないと、ワタクシの夢……いいえ、野望は成し遂げられませんもの!」
瞳の奥に、揺るぎない強い意志が込められている。
こんな目を出来るヤツは、そういない。
これは、信念を貫き通せる、夢を掴むヤツの目だ。
願いを叶えて、周りをも変えていくヤツの目だ。
「聞いてくれて、ありがとうございます。ヤシロさん。あなたに聞いていただけて、本当によかったですわ」
「……あぁ。そうか」
そんな言葉しか出てこなかった。
こんなもん、下手すりゃ愛の告白よりも重てぇじゃねぇか。
……俺に、背負いきれるのか、こんな……人生をかけた思いを…………
コンコンと、御者台側の窓が外からノックされる。
「あら、もう着いたようですわね」
イメルダが窓を開けると、そこは四十一区の大通りだった。
「それではヤシロさん。あの恵まれたキツネ男によろしくお伝えくださいまし。ついでに、『負けませんわ』とも」
「いきなり言われても訳が分んねぇだろ、それ」
「分かることが出来ないのであれば、その程度の理解力だということですわ」
「滅茶苦茶だな」
俺が馬車から降りると、イメルダは窓から顔を出し、最後にこんな言葉を残していった。
「あなたに出会えてから、ワタクシ、とても楽しいですわ。あなたにも、そう思っていただける人間になってみせますので、もうしばらくお待ちを。では、よい夜を」
馬車が遠ざかっていく。
「…………はぁ」
俺の口から出たのは、そんな重いため息だった。
重い……
期待が重いよ、お前ら……過大評価し過ぎだっつうの。
俺なんか、ただの詐欺師で、特技といえば屁理屈くらいで……
「そんな大したヤツじゃねぇんだぞ、俺ってヤツは……」
騙されてんじゃねぇっつの。
…………くっそ!
なんかこれからウーマロの泊まってる寮まで行っていろいろ説明するの面倒くさくなってきた!
あいつ、事後報告でいいんじゃね!?
羨ましがられてんだしさ! きっといいことだよ、それは!
「あ~ぁ、もう! 早く帰ってマグダと一緒にお鍋つ~つこ~っとっ!」
「是非ご一緒させてほしいッス!」
狙ってか偶然なのか、物凄くいいタイミングでウーマロが釣れた。
驚異の入れ食い率を誇るウーマロフィッシング。
お前はヘラブナよりも初心者に優しい獲物だな。
「こんなところで会うなんて偶然だな、ウーマロ」
「オイラ、今仕事を終えて、これから帰るところだったッス。たまたま通りかかったらヤシロさんの声が聞こえたッス」
これくらい単純に、物事は進んでほしいもんだ。
どいつもこいつも複雑に考え過ぎなんだよ。もっと単純に生きろよ!
……って、俺がこれまで言ってきたこととは矛盾するけどよ……
「それじゃ、ヤシロさん。向こうから馬車が出てるッスから、一緒に帰りましょうッス!」
催促するように、俺の腕をグイグイ引いて、馬車乗り場へと連れて行こうとするウーマロ。
そんなにマグダに会いたいか。
「あ、そうだ、ウーマロ。お前に言っておきたいことがあるんだが」
「なんッスか?」
「『負けませんわ』」
「……何がッスか?」
「お前の理解力はその程度か!?」
「まるで分かんないッスよ!?」
まぁ、こいつはしょせんこの程度だろうな。うんうん。お前はその程度だ。
扱いやすくていい。
一緒にいても疲れなくて、いいよ、お前は。
「あ、タイミングよく馬車が来たッスよ! さぁ、四十二区へ帰るッス!」
意気揚々と馬車に乗り込むウーマロ。
こいつはきっと、明日の朝のことなど考えてもいないのだ。
それでも、仕事はきっちりやってのけるのだろうが……
何気に大した男じゃねぇか。あちこちで評価されてるしな。
もう少し、付き合い方を改めなきゃいけないのかもしれないなぁ……
「あ、そうそう。お前、大食い大会の選手の一人だから。よろしくな」
「はぁぁっ!? 聞いてないッスよ!?」
「今言ったろうが」
「もぉ~う! ヤシロさんはいつもそうなんッスから! ……まぁ、別にいいッスけど」
そんなあっさりした返事一つを寄越して、さっさと馬車に乗り込んでしまう。
「お鍋~お鍋~、マグダたんとお鍋~」などと、意味不明な鼻歌を口ずさみながら、意識はすっかり陽だまり亭だ。
うん。
やっぱり、こいつはこうでなくちゃな。
あぁ、落ち着くわぁ、この感じ。
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