異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

27話 トウモロコシの使い方 -4-

公開日時: 2020年10月26日(月) 20:01
文字数:2,993

 時刻はすでに夕刻過ぎ。

 最後の鐘も鳴り終わり、もうすぐ陽も完全に落ちる。

 

「いや、なに。俺があんまり食えなかったからさ、ポップコーン。自分の分を作るんだよ。お前らは食わなくていい」

 

 そう言うと、一同からホッと安堵の息が漏れる。

 みな、本当に限界のようだ。

 

「ベルティーナさんとヤップロックたちはもう帰っていいですよ。あ、エステラも。というか、早く帰った方がいい。後悔することになるかもしれないからな」

 

 涼しい顔で言ってやる。

 親切心をこれでもかと見せつけるように。

 

「……なんだか引っかかる言い方だね」

 

 言葉の通り、エステラが引っかかり、俺の物言いに反応を示す。

 

「いや、ホント早く帰れって」

「追い返そうとしてないかい?」

「考え過ぎだよ。お前たちを心配してのことだ。夜道は危険だから」

「いいや。ヤシロがそんなことを気にするはずがない」

 

 言い切りやがったな……まったく失礼なヤツだ。

 

「何か、ボクたちに秘密にしておきたいことがあるんじゃないのかい?」

「秘密にしたいというか…………う~ん……」

 

 俺が言葉を濁したタイミングで、フライパンの中のコーンが弾ける。

 カンコンと、金属の蓋に硬いコーンの実が打ちつけられる甲高い音が響く。

 その破裂音に、エステラは口を閉ざす。言葉を挟むきっかけを失ったのだろう。

 ま、これも計算のうちだけどな。いいタイミングで爆ぜてくれたもんだ。

 

 エステラをはじめ、その場にいる者がみな、俺の行動を注視している。多くの者が訝しむ中、ジネットだけは不安げな表情を覗かせていた。

「あぁ、あの人はまた何かをやらかすつもりなのでしょうか……」、そんなことを思っていそうな顔だった。

 

 俺はそれらの視線を一切合財無視して、次の工程に入る。

 ソース作りだ。

 

 ヤップロックから譲り受けたハチミツを溶かし、バターと少量の牛乳と一緒にひと煮立ちさせる。とろとろしていたハチミツがサラサラになり、滑らかさを増したところで火から下ろす。

 そして、破裂音がしなくなったフライパンからポップコーンを取り出し、ボウルに移すと……出来上がったソースをその上にかけた。

 ベタベタと絡みつくソースを、ポップコーンを潰さないようザックリと、まんべんなく混ぜ合わせていく。堪らない、甘い香りが辺りに広がっていく。

 

「……こ、これは…………」

「……ごくり」

 

 甘い物好きのジネットとマグダが喉を鳴らす。

 エステラとベルティーナも俺の作業を瞬きもせずに眺めている。

 そして、ヤップロック一家の子供たちは、俺のすぐ隣に寄ってきて、背伸びをしながらその作業を覗き込んでいる。

 

 本当はこのあと少し冷まして、パリパリになるともっと美味しいんだが…………

 

「出来た! ハニーポップコーンの完成だ!」

「いただきましょう!」

「ヤシロ、ボクにも!」

「ヤシロさん、わたしもお一つよろしいでしょうか?」

「……マグダは、これのためにタコスを我慢した!」

「たべたーい!」

「お兄ちゃん、僕も食べたいです!」

「……あぁ、神様…………」

「あなた、見てください。ウチのトウモロコシが黄金に輝いていますよ……」

 

 物凄い食いつきだった。

 

 いや、待て待て!

 お前ら腹いっぱいでもう食えないんだろ!?

 だから俺が、そんなお前らの前でワンランク上のポップコーンを見せびらかしながら食うつもりだったのに……

 

 こいつらの胃袋は無尽蔵か?

 

 真っ先に手を伸ばしたベルティーナはいまだ熱を持つハチミツに「熱っ! 熱っ!」と格闘しながらも口へと運ぶと――

 

「……なんということでしょう。これこそが、精霊神様が授けてくださった大地の恵みなのですね」

 

 ――なんだかよく分からない祈りを捧げ始めた。

 いや、これ、日本じゃよくあるオヤツだから。

 

「あ…………あまぁ~いですぅ…………」

「……マグダ、これに出会うために生まれた」

「これは…………ボク、これ好きかも」

 

 女子三人が夢中でポップコーンを口に運ぶ。

 そういえば、この街にはスウィーツが少ない気がする。

 今川焼きくらいしか見たことがない。まぁ、あんこがあるなら砂糖があるってことだろうし、探せばどこかで売ってはいるのだろう。

 だが、四十二区では難しいかもしれない。

 だとすれば、このハニーポップコーンは相当強力な武器になるのではないだろうか。

 

「…………って、お前ら! 腹いっぱいだったんじゃないのかよ!?」

 

 俺の分がもうほとんど残っていない。

 

「……甘い物は、別腹」

 

 なぁ、マグダよ。

 お前、本当に日本にいたことないか? いや、発想とかがスゲェ日本人っぽいんだけど。

 異世界にも別腹ってあるんだな。

 

「やちろー! これ、宝物にすゅー!」

 

 シェリルがハニーポップコーンを一つ摘まんで、ランタンの光に当てキラキラさせている。

 

「いや、これならいつでも食えるから、さっさと食っちまえ」

「きれーなのに?」

「取っておいても明日には綺麗じゃなくなってるぞ。綺麗なうちに食ってやれ」

「うん!」

 

 納得したのか、シェリルはポップコーンを口に放り込み、そしてとろけるような笑みを浮かべる。

 

「あんまぁ~い!」

 

 ジネットと同じ反応である。

 つまり、ジネットはシェリルと同じ、五歳児並みの思考回路をしているということになる。

 うん、納得だ。

 

「なるほど……ヤシロはこれを独り占めする気だったんだね。油断できない男だね、君は」

 

 もっしゃもっしゃと口を動かしながらエステラが苦言を呈するが……様になってないぞ。

 

 作戦は失敗だ。

 こいつらの意地汚さを甘く見ていた。

 

「ヤシロさん! こ、こここ、こけ、ここ、こけ、こけ、こけっこ、ここっ……!」

「落ち着け。ポップコーンの食い過ぎでニワトリみたいになってるから!」

「ここ、これもメニューに入れるのでしょうか!?」

「まぁ、安い原価でそれなりの量が作れるしな。入れてもいいだろう」

「やりましたぁー! 万歳です!」

 

 ジネットが大はしゃぎだ。

 見ると、マグダも静かに万歳をしている。

 まぁ、気に入ってもらえたようでよかったよ。

 

「…………ヤシロ、さん…………」

 

 だが、一人だけ、浮かない表情をしている者がいた。

 ベルティーナだ。

 

「……このポップコーンは…………危険です……」

 

 ベルティーナの顔が真っ青だ。

 何かまずいことでもあったのだろうか?

 

「どうされたんですか、シスター!?」

 

 ジネットが慌ててベルティーナに駆け寄る。

 それと同時にベルティーナは床に蹲ってしまった。

 ……全身が小刻みに震えている。

 

 なんだ!?

 種族によって毒になる成分でも入っていたのか!?

 それとも、俺が見落としている重大な欠陥が…………!?

 

「………………お」

 

 状況を整理しようと思考をフル回転させる俺に、ベルティーナは土気色になった顔を向ける。

 そして…………

 

「……お腹、痛いです」

「食い過ぎだよっ!」

 

 完全に自業自得だった。

 ベルティーナの胃袋も、無尽蔵ではないことが証明された。

 

「……違います。美味しいものはいくら食べてもお腹は痛くなりません……」

「いや、なるだろ……」

 

 なんだか、蹲ったままいじいじし始めた。

 

「……こんなに美味しいのに、これ以上食べられないだなんて…………目の前にありながら口にすることが出来ないだなんて……鼻だけが幸せで、口が不幸だなんて…………許されざる罪です、非道な行いです…………ヤシロさん、懺悔なさい!」

「八つ当たりもいいところだろう、それ!?」

 

 その後、腹痛で身動きが取れなくなったベルティーナを担ぎ、俺は大雨の中を教会まで走らされる羽目となった。

 

 

 ……今日何回出掛けてんだよ、俺。

 

 

 

 

 

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