時刻はすでに夕刻過ぎ。
最後の鐘も鳴り終わり、もうすぐ陽も完全に落ちる。
「いや、なに。俺があんまり食えなかったからさ、ポップコーン。自分の分を作るんだよ。お前らは食わなくていい」
そう言うと、一同からホッと安堵の息が漏れる。
みな、本当に限界のようだ。
「ベルティーナさんとヤップロックたちはもう帰っていいですよ。あ、エステラも。というか、早く帰った方がいい。後悔することになるかもしれないからな」
涼しい顔で言ってやる。
親切心をこれでもかと見せつけるように。
「……なんだか引っかかる言い方だね」
言葉の通り、エステラが引っかかり、俺の物言いに反応を示す。
「いや、ホント早く帰れって」
「追い返そうとしてないかい?」
「考え過ぎだよ。お前たちを心配してのことだ。夜道は危険だから」
「いいや。ヤシロがそんなことを気にするはずがない」
言い切りやがったな……まったく失礼なヤツだ。
「何か、ボクたちに秘密にしておきたいことがあるんじゃないのかい?」
「秘密にしたいというか…………う~ん……」
俺が言葉を濁したタイミングで、フライパンの中のコーンが弾ける。
カンコンと、金属の蓋に硬いコーンの実が打ちつけられる甲高い音が響く。
その破裂音に、エステラは口を閉ざす。言葉を挟むきっかけを失ったのだろう。
ま、これも計算のうちだけどな。いいタイミングで爆ぜてくれたもんだ。
エステラをはじめ、その場にいる者がみな、俺の行動を注視している。多くの者が訝しむ中、ジネットだけは不安げな表情を覗かせていた。
「あぁ、あの人はまた何かをやらかすつもりなのでしょうか……」、そんなことを思っていそうな顔だった。
俺はそれらの視線を一切合財無視して、次の工程に入る。
ソース作りだ。
ヤップロックから譲り受けたハチミツを溶かし、バターと少量の牛乳と一緒にひと煮立ちさせる。とろとろしていたハチミツがサラサラになり、滑らかさを増したところで火から下ろす。
そして、破裂音がしなくなったフライパンからポップコーンを取り出し、ボウルに移すと……出来上がったソースをその上にかけた。
ベタベタと絡みつくソースを、ポップコーンを潰さないようザックリと、まんべんなく混ぜ合わせていく。堪らない、甘い香りが辺りに広がっていく。
「……こ、これは…………」
「……ごくり」
甘い物好きのジネットとマグダが喉を鳴らす。
エステラとベルティーナも俺の作業を瞬きもせずに眺めている。
そして、ヤップロック一家の子供たちは、俺のすぐ隣に寄ってきて、背伸びをしながらその作業を覗き込んでいる。
本当はこのあと少し冷まして、パリパリになるともっと美味しいんだが…………
「出来た! ハニーポップコーンの完成だ!」
「いただきましょう!」
「ヤシロ、ボクにも!」
「ヤシロさん、わたしもお一つよろしいでしょうか?」
「……マグダは、これのためにタコスを我慢した!」
「たべたーい!」
「お兄ちゃん、僕も食べたいです!」
「……あぁ、神様…………」
「あなた、見てください。ウチのトウモロコシが黄金に輝いていますよ……」
物凄い食いつきだった。
いや、待て待て!
お前ら腹いっぱいでもう食えないんだろ!?
だから俺が、そんなお前らの前でワンランク上のポップコーンを見せびらかしながら食うつもりだったのに……
こいつらの胃袋は無尽蔵か?
真っ先に手を伸ばしたベルティーナはいまだ熱を持つハチミツに「熱っ! 熱っ!」と格闘しながらも口へと運ぶと――
「……なんということでしょう。これこそが、精霊神様が授けてくださった大地の恵みなのですね」
――なんだかよく分からない祈りを捧げ始めた。
いや、これ、日本じゃよくあるオヤツだから。
「あ…………あまぁ~いですぅ…………」
「……マグダ、これに出会うために生まれた」
「これは…………ボク、これ好きかも」
女子三人が夢中でポップコーンを口に運ぶ。
そういえば、この街にはスウィーツが少ない気がする。
今川焼きくらいしか見たことがない。まぁ、あんこがあるなら砂糖があるってことだろうし、探せばどこかで売ってはいるのだろう。
だが、四十二区では難しいかもしれない。
だとすれば、このハニーポップコーンは相当強力な武器になるのではないだろうか。
「…………って、お前ら! 腹いっぱいだったんじゃないのかよ!?」
俺の分がもうほとんど残っていない。
「……甘い物は、別腹」
なぁ、マグダよ。
お前、本当に日本にいたことないか? いや、発想とかがスゲェ日本人っぽいんだけど。
異世界にも別腹ってあるんだな。
「やちろー! これ、宝物にすゅー!」
シェリルがハニーポップコーンを一つ摘まんで、ランタンの光に当てキラキラさせている。
「いや、これならいつでも食えるから、さっさと食っちまえ」
「きれーなのに?」
「取っておいても明日には綺麗じゃなくなってるぞ。綺麗なうちに食ってやれ」
「うん!」
納得したのか、シェリルはポップコーンを口に放り込み、そしてとろけるような笑みを浮かべる。
「あんまぁ~い!」
ジネットと同じ反応である。
つまり、ジネットはシェリルと同じ、五歳児並みの思考回路をしているということになる。
うん、納得だ。
「なるほど……ヤシロはこれを独り占めする気だったんだね。油断できない男だね、君は」
もっしゃもっしゃと口を動かしながらエステラが苦言を呈するが……様になってないぞ。
作戦は失敗だ。
こいつらの意地汚さを甘く見ていた。
「ヤシロさん! こ、こここ、こけ、ここ、こけ、こけ、こけっこ、ここっ……!」
「落ち着け。ポップコーンの食い過ぎでニワトリみたいになってるから!」
「ここ、これもメニューに入れるのでしょうか!?」
「まぁ、安い原価でそれなりの量が作れるしな。入れてもいいだろう」
「やりましたぁー! 万歳です!」
ジネットが大はしゃぎだ。
見ると、マグダも静かに万歳をしている。
まぁ、気に入ってもらえたようでよかったよ。
「…………ヤシロ、さん…………」
だが、一人だけ、浮かない表情をしている者がいた。
ベルティーナだ。
「……このポップコーンは…………危険です……」
ベルティーナの顔が真っ青だ。
何かまずいことでもあったのだろうか?
「どうされたんですか、シスター!?」
ジネットが慌ててベルティーナに駆け寄る。
それと同時にベルティーナは床に蹲ってしまった。
……全身が小刻みに震えている。
なんだ!?
種族によって毒になる成分でも入っていたのか!?
それとも、俺が見落としている重大な欠陥が…………!?
「………………お」
状況を整理しようと思考をフル回転させる俺に、ベルティーナは土気色になった顔を向ける。
そして…………
「……お腹、痛いです」
「食い過ぎだよっ!」
完全に自業自得だった。
ベルティーナの胃袋も、無尽蔵ではないことが証明された。
「……違います。美味しいものはいくら食べてもお腹は痛くなりません……」
「いや、なるだろ……」
なんだか、蹲ったままいじいじし始めた。
「……こんなに美味しいのに、これ以上食べられないだなんて…………目の前にありながら口にすることが出来ないだなんて……鼻だけが幸せで、口が不幸だなんて…………許されざる罪です、非道な行いです…………ヤシロさん、懺悔なさい!」
「八つ当たりもいいところだろう、それ!?」
その後、腹痛で身動きが取れなくなったベルティーナを担ぎ、俺は大雨の中を教会まで走らされる羽目となった。
……今日何回出掛けてんだよ、俺。
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