異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

無添加43話 パン食い競争ファイナル -5-

公開日時: 2021年4月1日(木) 20:01
文字数:4,449

「位置について、よぉーい!」

 

 

 ――ッカーン!

 

 

 鐘の音が鳴り、地面が低く短く唸り声を上げた。

 獣人三人娘が一斉に地面を蹴り、微かに大地が揺れた気がした。

 

 真っ先にパンにたどり着いたのはマグダ。

 あいつ、やっぱ相手によって速度変えてやがるな。意識してか無自覚なのかは分からないけれど、モリーと競った時とは迫力がまるで違う。速度に説得力がある。

 

 砂埃が空高くまで舞い上がり、もうもうと煙る土の上で、マグダが身を低くしてお尻をもぞりと振る。

 獲物に飛びかかる前にネコ科の動物が見せる仕草だ。

 

「セッ、セクシーッスぅぅうう…………ごふっ」

 

 限界点を超えて、ウーマロが地面に沈んだ。

 四十二区名物の変態がまた一人燃え尽きたのか……って、こら、ナタリア。倒れたウーマロをベッコの隣に並べるのをやめなさい。安置所じゃないんだから。

 

「……狩るっ」

 

 狙いを定めたマグダが全身のバネを使って飛び上がった。

 捉えたか、と思ったまさにその時、マグダの眼前にぶら下がっていたパンがぽ~んと跳ねて逃げていった。

 

「おぉっと、すまないねぇ。ほっぺに当たっちまったさね」

「……ノーマ」

 

 マグダが見せた一瞬の隙にノーマが追いつき、そして妨害してきた。

 空中で体をひねったマグダと、長い髪をたなびかせるノーマが睨み合う。

 そこへデリアが追いつき、三つ巴の戦いが巻き起こる。

 

「あたいのパワー、止められるもんなら止めてみろ! はぁぁあああ!」

「く……っ!」

「……回避」

 

 デリアの突進に、ノーマとマグダが飛び退く。

 人のいなくなったスペースでデリアがジャンプ。しかし、マグダたちを退かせるために全力で突進したため勢いがつき過ぎていた。

 顔面でパンを弾き飛ばしてしまったデリア。

 ほっぺたに白い粉を付けて荒々しく着地する。

 

 頬に付いた粉を親指で拭い、そっと口元へ運ぶデリア。

 ぺろりと親指を舐める。

 

「うはぁあ! あんまぁ~い!」

 

 メロンパンの粉がとても甘かったらしく、デリアが身悶える。

 その様を見て、三人目の重症患者グーズーヤが地に沈んだ。

 

「可愛……過ぎ…………る……がくっ」

 

 ナタリアがいそいそと安置所へ並べている。

 ちょっと楽しくなってやがるな、ナタリアのヤツ。

 

「……こうなっては仕方ない」

 

 ぽそりと呟いて、マグダがオレンジの長い髪を二つに分けて縛る。ツインテールだ。

 そして、デリアとノーマの間で高速回転。

 

「うわっぷ!?」

「あいたっ!?」

 

 鞭のようにしなったツインテールがデリアとノーマに直撃する。

 

「なんだよ、マグダ! そんなんありか!?」

「……なにが? マグダはただ髪を縛って、ちょっと元気に動き回っただけ」

「へぇ……そうかい。なら、こっちだって容赦しないさよ!」

 

 言うが早いか、ノーマは自分の髪を高速で編み上げていく。

 とても長い三つ編みがあっという間に完成する。

 

 おぉ……なんだか、純朴そうなヘアスタイルとオトナなナイスバディのギャップが……イイネ!

 

「おぉっと、すまないねぇ! 髪が滑ったさよ!」

 

 連獅子のような猛々しさで髪を振り回すノーマ。

 固く結われた三つ編みがマグダを襲う。が、マグダはそれをひらりとかわす。

 

「ふん! 髪なら、あたいだって長いんだぜ!」

 

 マグダとノーマを見てすぐさま自分も真似をしようとするデリア。

 だが……

 

「あぁっ、しまった! いつもの高さじゃないとうまく結べない!」

 

 あぁ、なるほど。

 だからデリアは髪の毛を結ぶ位置が低かったのか。

 デリアのヤツ、腕を上げて見えないところで髪の毛を結ぶって出来ないんだ。

 

「ふん! なら、そんな髪なんか跳ね返して、あたいが一番でパンをいただくまでだ!」

「させないさね!」

「……マグダを超えることは不可能」

 

 三人娘が同時にパンに向かってジャンプする。

 

「この中で、あたいが一番、甘いものが好きなんだぁぁあ!」

「アタシは、試食した日から一日たりとも……いいや、一秒たりともあの味を忘れたことがないんさよ!」

「……マグダが、一番かわいい」

 

 それぞれがパンにかける熱い思いを叫ぶ。

 ん。まぁ、若干一名論点のずれている娘がいるけど、気にするな。いつものことだ。

 

 パンに近付く三人。

 デリアは的外れな軌道。

 しかしノーマはいい位置だ。これは、取られるか……というところで、マグダが呟く。

 

「……あまり大口を開けるとほうれい線がくっきり……」

「ひゅむっ!」

 

 思わず口を閉じたノーマ。パンはノーマの唇に当たって跳ねる。うわぁ、あのパン売れそう~! ノーマのキスマーク付きクリームパン(税別26000円)。……うん、買うね!

 

「……さすがに無理、か」

 

 そしてノーマの妨害をしたマグダも、タイミングが合わずにパンを逃す。

 体をひねって着地の体勢を整える。

 

 ――と、ここまでのことがすべて空中で、それもわずか一~二秒の間に行なわれたのだ。

 時空を凌駕しているぜ、お前ら。

 

 そして、三人娘が順番に着地していく。

 

 デリアが大地を踏むと、張りのある双丘が力強く揺れ動く。

 

「これがっ、地動説!?」

 

 きっと、昔の偉い人はあの揺れ動く二つの山を見て地動説を思いついたに違いない!

 俺は今、歴史の真実を垣間見た!

 

 続いてノーマ。

 

「もう! 惜しかったさね!」

 

 きっと普段なら着地の瞬間にヒザを使って衝撃を吸収し、もっと静かに降り立つのだろうが、マグダを睨むように体をひねっていたせいか、ノーマが着地の衝撃を殺しきれなかった。

 その衝撃はそのまま体を伝い、最も柔らかい体の一部を惜しみなく揺らした。

 ぷるぷるん、と。

 

「2バウンド!? 一回の着地で左右それぞれが2バウンドしたぞ、今!? えっ、ノーマって通常攻撃が二回攻撃なの!?」

 

 一度で二度おいしいだなんて、ノーマ、恐ろしい娘っ!

 

 そして、空中で体をひねった分、他の二人よりも滞空時間が長かったマグダがスタッと着地する。

 そして。

 

「……ぽぃ~ん」

 

 口で揺れる音を発した。

 ……努力は、買うよ。うん。

 

「……肉体はともかく、魂は揺れた。マグダの中の、おっぱいの魂が」

 

 へぇ~、マグダのおっぱいって個別に魂持ってるんだぁ。そりゃすげぇや。

 魂よりも、肉体が揺れるようになるといいな。

 

 と、マグダを見ると……尻尾が、揺れていた。

 犬の場合、尻尾が揺れていると喜んでいると解釈できるのだが、ネコの尻尾が揺れる時はそうではない。

 ネコの尻尾がゆっくりと揺れている時は、獲物を狙っている時だ。

 獲物? パンか?

 

 とか考えていたのだが、答えは割とすぐに分かった。

 

「……うにゃっ」

「ちょっ、こら! マグダ、それはあたいのパンだぞ!」

 

 マグダが、デリアが弾き飛ばしたパンにパンチを喰らわせた。

 かと思いきや、踵を返して今度はノーマの狙うクリームパンに飛びつく。

 

「……にゃっ」

「手ぇ使うんじゃないさよ、マグダ!」

 

 今まさにパンを咥えようとしていたノーマの前からパンが逃げていく。

 

「反則じゃないんかぃ!?」

「ノーマ、すまん。それ、本能だから」

 

 俺が咄嗟にフォローを挟み込む。

 そりゃあ、あんだけ盛大にぷらぷらされちゃ、じゃれつきたくなるよな。仕方ないんだよ、それは。マグダの場合。

 

「じゃあ、『手を使ってパンを取らなければOK』としようか?」

 

 本能なら仕方ないと、エステラが妥協案を出す。

 デリアもノーマも渋々といった感じでそれを了承する。

 

「それじゃあ、こういうことをしてもいいんさね!?」

 

 ただし、ノーマは二度にわたって邪魔されたことを許してはいなかったようで、隣のコースのパンを思いっきりパンチした。

 

 パン、ぷら~ん。

 マグダ「……ぅにゃっ」

 

「あはは。面白ぇな、マグダ」

 

 デリアがマグダの行動を面白がってパンをぷらんぷらんさせて遊ぶ。

 マグダが物にじゃれる姿はあまり見かけないが……美味しいパンと、運動会の楽しい雰囲気、大勢に応援される興奮なんかがいろいろ合わさって、今ちょっと甘えん坊モードに入っているのだろう。

 たまにだが、予告もなく唐突に甘えてくることがあるからな。何かしらスイッチがあるに違いない。

 

「あははは! よぉし、マグダ! 取ってこーい!」

 

 紐についたパンをデリアが叩き、マグダが追いかける。

 が、デリアが叩いたパンは金具からすっぽ抜けて飛んでいってしまった。

 

「あっ、ヤバッ!」

 

 じゃれついていたマグダが飛ぶパンを追いかけるが、その先には一人地味ぃ~にパンに跳びついていたトレーシーがいた。

 

「……へ?」

 

 タイミング悪く地面を蹴ったばかりのトレーシーと、頂点を超えて落下しはじめたマグダの軌道が重なる。

 

「危ない! ぶつかる!」

 

 エステラが叫ぶが、今さらどうしようもない。

 トレーシーとマグダが接近していく。

 

「きゃあ!」

「……回避する」

 

 驚きのあまり、頭を庇うように両腕を上げたトレーシー。

 一方のマグダは冷静で、空中で体をひねる。

 

「……少しの接触は不可避……許してほしい」

 

 呟いて、体を反転させた後、マグダの足がトレーシーの胸を蹴る。

 軽ぅ~く触れるくらいのソフトタッチで。

 

 だから、ソレが起こったのはきっと外からの衝撃ではなく、内からの圧によるものであろうと推測される。

 両腕を頭上に掲げるという無理な体勢が、トレーシーの体を締めつける『さらし』に過剰な負荷をかけ、そして――さらしが破裂した。

 

 ブチブチという裂傷音に続いて、「バイィィイインッ!」となだらかだったトレーシーの胸元にアルプス級の巨大な二つの山が爆誕する!

 爆乳、爆誕!

 

 

 

「「「「イリュゥゥゥゥゥゥゥゥジョォォォォォォォオオオオンッ!」」」」

 

 

 

 イリュージョン、再びっ!

 

 空中にいたトレーシーが重力に導かれて着地する。

 その瞬間――

 

 

 

「「「「ファンタスティィィィィィイイイーック!」」」」

 

 

 

 世界に福音が鳴り響いた。

 

 それはもう、ゆっさりと、そして、ふゎわ~んと、この世の不条理を浄化するように優しく雄大に揺れ動いた隠れ巨乳(もう隠れてないけどね)!

 その光景を目の当たりにした男たちが数名、いや、数十名、あまりの神々しさに意識を失いバタバタと倒れてしまった。

 

 正直、俺もこの最終レース、誰が優勝したのか記憶が定かではない。

 だって、涙で前が見えなかったんですもの!

 

 そういえばナタリアが言っていたっけな。俺は「大きさ以上の価値」を見落としているって。

 そうか、こういうことなのか。

 大きさで言えばデリアがこの中で一番なんだ。

 だが、ノーマの通常攻撃が二回攻撃のおっぱいや、トレーシーのサプライズイリュージョンには、大きさ以上の魅力がぎゅぎゅっと詰まっている。

 もちろん、デリアの弾力Hカップも捨てがたい!

 だが、ノーマ&トレーシーのGカップコンビも決して捨てられない! 捨てられるはずがない! 捨ててたまるか!

 そういうことだろう、なぁ、ナタリア!

 

 ……はっ!?

 そうか、そういうことだったんだ。

 ナタリアが言っていたトレーシーが適任って、これのことだったのか。

 この盛り上がりこそ、最終レースに相応しいと…………ははっ、なんてこった。まさかこの俺がこうもやり込められてしまうなんてな。

 まったく、やってくれるぜ……

 

 ナタリア……、お前がナンバーワンだ。

 

 

 

 そんなナタリアの手によって、安置所に数十体の男たちが横たえられ並べられて、四十二区区民運動会は午前のプログラムをすべて終了したのだった。

 

 

 

 

 

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