ギルベルタに連れられてやって来たオウム人族の男は、くちばしを布でぐるぐる巻きにされていた。
鳥に対する猿ぐつわって、あんな感じなんだ。
「ベックマンよ」
ルシアがオウム人族を呼ぶ。
ベックマンって名前なのか。初めて知った。
「よいな、騒がず、暴れず、こちらの言うことには従うのだぞ」
ルシアの言葉にオウム人族――ベックマンはこくこくと何度も頷いた。
「では……ギルベルタ」
「了解した、私は」
ギルベルタがベックマンのクチバシに巻き付いていた布を解いてやると、ベックマンは「っすはぁー!」っと大きく息を吸い、そして俺に向かって大声を上げる。
「偽造硬貨男! 話を聞いてほしいであります!」
「ギルベルタ、黙らせろ」
「了解した、私は」
解かれた布が、すぐさまベックマンのクチバシに巻き付けられる。
そして、ルシアが青筋を立てながら笑顔を作り、ベックマンに忠告する。
「騒ぐなと申したのだが、聞こえなかったか?」
ぶんぶんと首を振るベックマン。
気を付けろよ、それ質問じゃなくて「逆らうと次はないぞ」って忠告だからな。
そして、ベックマンのクチバシを解放する前にルシアが俺に顔を向ける。
「で、『偽造硬貨』とはなんのことだ?」
「ボクも、そこは気になってたんだよね」
両領主が怖い目で俺を見てくる。
やだなぁー、別に悪いことはしてねぇよ? いや、マジで。
「俺の故郷の通貨を門番の前で落としたら、偽造硬貨だと騒がれてな」
「その発言に『精霊の審判』をかけられる覚悟はあるか?」
「いいぞ。これはマジだから」
ただ、その前後でちょこ~っと、「偽造硬貨なんじゃねぇの!?」と思い込ませるような小芝居を挟み込んで門番たちの思考を誘導しただけだから。
「……完全に信用することは出来ぬが、おそらく嘘ではないのだろうな」
「ですね、きっと嘘じゃない紛らわしい言葉で相手を煙に巻いたんでしょうね」
「その被害者が、このベックマン――というわけか。貴様、一度くらい刺された方がいいのではないか、カタクチイワシよ」
残念だな。俺はもうすでに一回刺されてんだよ。
もう二度とごめんだな、あんな目に遭うのは。
だがまぁ、これ以上騒がれてあれもこれもとべらべら暴露されては敵わない。
あらかじめ釘を刺しておこう。
「あのなベックマン。アレは偽造硬貨じゃないし、勝手に勘違いしたのはノルベールと門番たちだ。そのことで俺を恨んでるなら、俺はお前の話を聞かずにさっさとここを立ち去る。……もう、騒がずに話が出来るな?」
ベックマンに言い聞かせると、ベックマンはゆっくりと頷いた。
これでまた騒ぎやがったらカエルにしてやる。
「ギルベルタ。解いてやってくれるか?」
「了解した、私は」
ギルベルタが再びベックマンのクチバシを解放する。
今度は解放されると同時に叫び出すようなことはなかった。
「改めて、久しぶりだな」
「そうでありますね。随分と久しぶりであります」
「あの時は入門税ありがとな」
「……払わせたのかい?」
エステラが、言外に「香辛料盗んだ相手に」という言葉を隠してそんなことを言う。
隠れきってないぞ、裏の言葉。もっとちゃんと隠しといて。
「ほら、俺この街の金持ってなかったし」
「まったく……。きちんと対価は支払ってあげなよ」
「それは、内容によるな」
面倒ごとに巻き込まれそうならためらいなく逃げる。
今はそういうややこしい騒動に巻き込まれている場合じゃないし、ノルベールと接点を持つと、ウィシャートがウザ絡みしてきそうだからな。
「で、今お前は何してんだよ? ノルベールと一緒じゃないのか?」
俺が問うと、ベックマンは両目から涙をにじませ、おいおいと泣き始めた。
ちょっ!? ど、どうした!?
「一緒では、ありません……ノルベール様は、……ノルベール様は、今……幽閉されているのでありますっ!」
涙に押し潰されたような声で、ベックマンは叫ぶ。
羽根のような手で、次々溢れてくる涙を拭う。
幽閉って……
「ウィシャートにか?」
「おそらく……ただし、確証がないのであります」
もし仮に、ウィシャートがノルベールを幽閉しているのだとすれば、その証拠など外部の者、特にノルベールと関係の深いベックマンのようなヤツには握らせないだろう。
「エステラ。表向きには、ノルベールはどうなったことになってるんだ?」
「罰金の後追放。以降、オールブルームへの立ち入りを禁止する――そんな罰だったと思うよ」
「それで間違いない。先ほどギルベルタに過去の情報を調べさせた。領主宛には、そのような処分を科したという手紙が来ていた」
俺が関わっていると知り、その辺のことを調べ直したらしいルシア。
じゃあ、俺の載ってる手配書なんかも見つかってたりして。
「ノルベール様は追放などされていないのであります。なぜなら、私本人が、ノルベール様をずっとお待ちしていたのでありますから! ウィシャート邸の中で裁判にかけられ、罪状を言い渡される前からずっと」
ノルベールが捕まり、そしてウィシャートの言う刑罰が発表されるまで、ベックマンはウィシャートの館の前に常駐していたというのだ。
けれど、ノルベールと会うことは出来なかった。
「館の者には『別の道から出て行った』と言われたのでありますが、そんなもの信用できないであります!」
ベックマンが激高している。
館に連れて行かれたノルベールが、その館から出てこなかった。
だからきっと、館の地下牢にでも幽閉されているに違いない。ベックマンの主張はこんなところか。
「最悪の結末から目を背けたいのかもしれんが――そんな長期間一人の人間を幽閉するくらいなら、ひと思いに息の根を止めた方が捕らえる側としては楽なんだぞ」
おそらく、こいつの言うことが本当で、ノルベールが館に入ったまま一年以上も出てきていないというのであれば、あいつはおそらく、もう……
「それはないのであります」
それは自信たっぷりなベックマンに否定された。
「ノルベール様は、ウィシャート家のお抱え商人であると同時に、とある尊き方のお抱え商人でもあらせられるのです。ウィシャートごときが独断でどうこう出来るお方ではないのです、ノルベール様は!」
ベックマン的には、ノルベールはウィシャートよりも立場が上だと思っているらしい。
そのノルベールは脅し文句に「俺に盾突くのはウィシャート様に盾突くことに等しいぞ」と言っていたのだが……まぁ、それはオールブルーム内の人間に分かりやすい脅しとなるからそうしていたのだろうと予測は付くが。
ベックマン的には、ウィシャートなど取るに足らないと思っているようだ。
「ノルベール様はさる尊き方の御用達であります故、ウィシャートごときが独断で危害を加えるなど言語道断なのであります。ノルベール様の身に何かあれば、他国の尊き方が特使を派遣されるでありましょう」
これも相互扶助の関係なのか、ノルベールはウィシャート家と他国の要人のその両方に命の保障を受けているようだ。
どちらかの都合でノルベールを潰せば、それは直接的な抗争の火種になるというわけだ。
「けど、幽閉してたらマズいんじゃないのか、その尊きお方的にさ」
牢屋から出てこられないなら、他国の者とは連絡が取れないわけで、そんなもん生きてるか死んでるかなんて分からないだろう――と、思ったのだが。
「血判を使っていると思われるのであります」
ベックマンが言うには、おそらくノルベールは「重い病にかかり身動きが取れない」ということにされ、あくまで友好的にウィシャート家の館に滞在させていることになっているのだろうということだった。
その証拠として、ノルベール直筆の文章とノルベールの血判を使用しているのだろうと。
「向こうから指定された指の指紋を血判として押すことで、ノルベール様が生きていることを確認するのです。死亡しては、指紋も劣化するでありますからな。そう長くは隠し通せないであります」
その他国からの特使が来ていないことを考えるに、どこかで生きてはいるだろうとベックマンは考えているようだ。
ベックマンが言う『他国』では、そういった確認方法を取るのだそうだ。
指紋照合なんて技術があるんだな。
特殊な薬品を使用するらしいが、ベックマンはその詳しいやり方を覚えてはいなかった。
ベックマンとしては、「なんだか不思議なアイテムを使用して調べる、正解率99%以上の信頼できる方法』くらいの知識しかないのだそうだ。
どんな方法で調査しているのか、その詳細までは分からないらしい。
「けれど、どんなに訴えても門前払いされ、ウィシャートの館には近付けないのであります」
「それはそうだろうね」
「うむ。その話が事実だと仮定するなら、なおのことノルベールとやらの関係者は近付けまい」
「というか、よくお前は自由に外をぶらつけるな」
ノルベールの片腕だったのなら、一緒に拘束されそうなもんだが……
「私は声を、1km先まで届かせる能力がありますれば、おそらく幽閉しておくには不都合なのでありましょうな」
秘密裏に幽閉するには向かないヤツだな、こいつは。
「今こうして私が生きていられるのも、おそらくノルベール様が守ってくださっているからに相違ないのであります」
確かに。
俺も幽閉されたとしたら、外から助けてくれそうな人物を必死に庇うな。
『ベックマンに手を出したら、指を十指すべて噛み切ってでも貴様らの思惑を頓挫させてやる』とか、脅しをかけてな。
あの豪胆な男なら、それくらいやりそうだ。
じゃあ、他国との手紙や血判には協力的なのだろう。飴と鞭をうまく使い、ベックマンの自由を確保しているのだから。
いつか、自分を助け出してもらうために。
「いくら粘っても門前払い……そこで、ルピナス様に仲介をお願いしようと三十五区へ来たのであります!」
「随分と時間かかったな」
ノルベールが捕まったのって二年近く前だよな?
なんですぐにルピナスにたどり着けなかったんだ。
「まぁ、情報は隠されていたであろうし、領主や貴族の協力が仰げないのであれば、調べるのも難しいであろうな」
と、ルシアが言う。
そんなもんかね。
「それに、私は……難しい書物や歴史書を見ると眠たくなってしまう体質なので、調べ物には時間がかかるのであります」
「使えねぇ右腕だな、おい!?」
ウィシャート家がこいつを放置してるのって、無能だからなんじゃねぇの?
「こうなったら、恥も外聞もないであります! 偽造硬貨男、どうか、力を貸していただきたい! 小賢しい貴殿の頭脳であれば、必ずやノルベール様を救い出せるはずであります!」
えぇ……
想像通りな展開に辟易としつつも、打倒ウィシャートって点では利害は一致していると言えるか……でもなぁ、ノルベールだしなぁ…………
「とりあえず、保留で」
俺一人で即決できることじゃない。
今回は保留として、出来る範囲で協力はすると言っておいた。
その代わり、ルピナスや四十二区付近で下手に目立たないように約束をさせた。
お前はとにかく目立ち過ぎる。
しばらくは大人しくしていてもらうのが吉だ。
せめて、方向性が決まるまではな。
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