異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

166話 領主会談 -3-

公開日時: 2021年3月15日(月) 20:01
文字数:4,391

「ようこそ、二十九区へ。さぁ、席に着きたまえ」

 

 居並ぶ領主たちの前に、二回り以上小さなテーブルが置かれている。椅子は二脚。

 座席からしてこちらが目下だと主張している。それを対面させて、圧力でもかけるつもりなのだろう。

 

「失礼する」

 

 ルシアが短く言い、エステラはそれに同調するように軽く会釈をしてから椅子へと腰を下ろす。

 四等級貴族と言えど、こちらが必要以上に遜るような必要はないようだ。

 ルシアの態度は、同等の貴族に対するそれであり、エステラも下手な発言を避けるいつもの対応だ。

 

 それが気に入らないのか、七人の領主の中にはあからさまに顔をしかめた者もいたが……

 

『BU』の面々に向かい、左手にルシア、右にエステラが座る。

 ルシアの左斜め後ろにギルベルタが立ち、エステラの右斜め後ろにナタリアが立つ。

 自然と、俺が両給仕長の間――中央に立つ格好になった。

 

 目の前の領主たちも、各々給仕長と思しきものを傍らに従えている。

 先ほどの銀髪美人が七領主のウチ、中央に座る男の背後へと近付き立ち止まる。

 あいつが二十九区の領主か。

 壮年と呼ぶには少し若く、二十代の中頃に見える。

 

 その男が、堅苦しくも威圧的な声音で言葉を発する。

 

「さて。本日、わざわざ来てもらったのは他でもない……」

 

 テーブルに肘をつき、胸の前で指を組む男は、会社の重役のような態度でこちらを睥睨すると明確な言葉で要求を突きつけてきた。

 

「そなたらの過失によってもたらされた水不足の賠償を支払ってもらう。これはすでに決定されたことであり、いかなる反論も持ち出す余地はないことを、そなたたちは心しておかなければいけない」

 

 高圧的な言葉はなおも続く。

 

「こちらの求める賠償を速やかに手配し、深い反省の元に納めるのであれば、今後も我々は良好な関係を持続することが可能であろう」

 

 わざわざ呼びつけておいて、「これは決定事項だ。文句を言わずにすべて飲み込め」という通告だけとは、礼に欠けるなんてレベルじゃない。

 時と場合によっては宣戦布告と取られても文句は言えない所業だ。

 

「こちらの要求する賠償内容は、各区ごとに書類にまとめてある。そちらを見て可及的速やかに対応することを望む」

「あの、少しいいでしょうか」

 

 エステラが小さく手を上げ、発言権を求める。

 すると、二十九区の領主は表情一つ変えず、まるでセンサーに反応があった機械のように淡々と言葉を口にする。

 

「かの者の発言を許可してもよいと思う方は挙手を」

 

 その言葉を合図に、七人のうち二人が挙手をする。

 いきなり多数決が始まった……なんだ、こいつら?

 

 そこで初めて、二十九区の領主が顔の向きを変える。

 

「理由を伺っても?」

 

 手を上げた一人の女性に、二十九区の領主は視線を向けている。

 ちなみに、二十九区の領主は手を上げていない。

 

「彼女は四十二区の領主であり、おそらく、発言の内容は水門に関することだと推察されます。水門は四十二区にとっては死活問題となるため、ここで意見を封殺するのは得策ではないと考えました」

「ふむ……」

 

 アゴを押さえ、二十九区の領主は数秒黙考する。

 

「反対意見は、ありますか?」

 

 その問いには、誰も答えない。

 

「では、改めて。かの者の発言を許可してもよいと思う方は挙手を」

 

 今度は七人中六人が手を上げた。

 二十九区の領主も手を上げている。

 

「賛成多数。よって、かの者の発言を許可します」

 

 そう宣言したのち、二十九区の領主はエステラへと向き直る。

 

「発言を許可する」

「……ど、どうも」

 

 これには、エステラも戸惑いが隠せないようだ。

 こちらを完全無視して勝手に議論を始め、多数決によって発言の許可を下ろす。

 それも、まるでプログラムを組み込まれた機械人形のように最適化された無駄のない動きで。……穿った見方をすればルーチンワークのように簡略化されたやっつけ作業のようでもある。

 

 こいつらが、日常的にこういうことを行っている証拠だ。

 

 なんとも言えぬ……不気味な連中だ。

 笑顔もなければ私語をする者も、だらけた姿勢をする者もいない。

 全員がピシッと姿勢を正し、無表情でこちらを窺っている。

 

 ホラーだな、まるで。

 

「水門の件は、当然気になるのですが……」

「水門はすでに開放されている」

「えっ……?」

 

 エステラの話の途中で、カミソリのような鋭利な言葉で二十九区の領主が結果を告げる。

 水門はすでに開いているらしい。

 

「そなたらの訪区は事前に聞いていた。水門は、あくまで今会談へ出席してもらうための方策であり真の目的ではない。よって、訪区が確認された時点で開放させた。安心するがいい」

「……ど、どうも」

 

 なんと言っていいか分からない。エステラはそんな顔をしている。

 取りつく島がない、とでもいうのか――こいつらの話し方は常に自己完結している。こちらの意見など聞く耳を持たないということなのだろうが。

 

「水門が開かれたのなら、安心です」

「では、以上で閉会と……」

「いや、待ってください! もう一点! ボクが言いたいのはこっちがメインなんです!」

 

 さっさと締めようとする二十九区の領主に食ってかかるエステラ。

 立ち上がり、テーブルに手をついて身を乗り出す。

 

「ボクたちは……」

「かの者の発言を引き続き許可してもよいと思う方は挙手を!」

 

 エステラの言葉を掻き消すような勢いと大きさで、二十九区の領主が再び挙手を求める。

 今度は五人が挙手をし、そのまま可決となった。

 ……いちいちやるのか、多数決?

 

 勢いを削がれたエステラは立ったままながらも、はっきりとトーンダウンして自分の主張を訴える。

 

「ボクたちが水不足の原因であるという根拠が希薄であり、到底受け入れられません。賠償をはじめ、こちらに対する対応の再考をお願いします」

 

 エステラが話をしている間、ルシアはただ黙って対面する領主を睨みつけていた。

 こいつ一人で向こう七人と同等レベルのオーラを発しているのではないかと思えるほど、ルシアからは攻撃的な波動が放出され続けている。

 

「ならば、証拠の提示を求める」

「…………へ?」

 

 それは、事前に決定されていたことなのか、多数決も仲間内での協議もなく、二十九区の領主がこちらへ反論してきた。

 

「そなたたちの行った『花火』というものが今回の水不足を引き起こしたのではないという証拠を示すようにと言っている」

 

 それを証明するのは、ほぼ不可能だ。

 仮にもう一度花火を打ち上げて翌日に雨が降ったとしても、「今回は雨が降ったが、以前の水不足の原因でないことの証明にはならない」と言い逃れされるだろう。

 わざわざ『今回の水不足』と限定している点から考えても、そういう難癖をつけるつもりに違いない。

 

 エステラの口が止まった。

 どっちにせよ、今すぐそんな証拠は出せない。

 

 俺はエステラの肩に手を載せる。

 相当緊張していたのか、手が触れた瞬間、エステラの肩がびくんっと跳ねた。

 

 ゆっくりとこちらへ首が向く。

 

「……一度持ち帰ろう」

「……うん、そうだね」

 

 水門は開かれたようだし、『BU』の連中と面通しも出来た。

『BU』の歪な形態も少しだが感じることも出来たしな。作戦を練り直すにはいいタイミングだろう。もともと、水門のために取り急ぎ駆けつけたわけで、もう少し情報を集めたいと思っていたところだ。

 

「では、証拠を示すか、要求に応じるか、どういう対応を取るかを持ち帰り協議してくる」

 

 氷のような声でルシアが言い、音もなく立ち上がる。

 立ち上がる際に、絶好のタイミングでギルベルタが椅子を引いていた。すげぇな、ギルベルタ。

 

「そなたらは、猶予がそれほどないことを理解しなければいけない。あまり待たせるようであれば、再び水門を閉じることになるだろう」

「…………」

 

 エステラの唇がきゅっと引き結ばれる。

 

「そなたたちは、こちらはいつでも川を堰き止めることが可能であるということを、正しく理解しておかねばならない。また同様に、海漁ギルドの関税を上げることも容易いことであることも、重要な情報として認識する必要がある。話は以上だ。お引き取りを」

 

 二十九区の領主の言葉を合図に、出口のドアが開かれる。

 

 結局、名前すら名乗りやがらなかった。

 ここまで分かりやすくケンカを売ってくるヤツは久しぶりだ。

 

「行こう」

 

 俺たちにだけ聞こえる声で、ルシアが囁く。

 俺とエステラは同時に首肯し、その後に続く。

 部屋を出る前に、もう一度『BU』の連中の顔を見ておいてやる。

 

 また、会うことになるだろうが…………とりあえず、覚えさせてもらったぞ、お前たちの顔を。

 

 部屋を出ると、速やかにドアが閉められ、俺たちと『BU』の領主たちは隔絶された。

 今頃、ドアの向こうで「はぁ~、緊張した~」とか言っているなら可愛げもあるのだが……そんなこともなさそうだ。ドアの向こうは、まるですべてが凍りついてしまっているかのように無音で、なんの気配も感じられなかった。

 

「ヤシロ様……」

 

 室内では終始無言を貫いていたナタリアが、俺の隣へやって来てこそっと耳打ちをする。

 

「向こうのテーブルにいた、女性をご覧になりましたか?」

 

 領主の中に一人だけ女性がいた。挙手をして、エステラの発言権を許可するよう求めたヤツだ。

 

「彼女なのですが…………Aカップでしたね」

「お前、何見てたの、だから!?」

「女領主はみんな貧乳説に説得力が増しましたね!」

「うるさいよ、ナタリア!」

「無礼だぞ、給仕長!」

 

 即座にエステラとルシアに噛みつかれているナタリア。

 

「ルシア様は、領主界では巨乳派なのですね」

「む……うむ、そうなるかもな」

 

 しかし、ルシアがあっさりと寝返った。いや、陥落した。

 ……安いなぁ、お前のプライド。

 

「とりあえず、それぞれの区に戻ろう」

「そうですね。協議はまた後日にしましょう」

 

 一度三十五区へ寄り、その後馬車で四十二区まで送ってくれるということになった。

 少し遠回りになるが、ルシアの馬車は速いから、そっちの方が助かる。

 

「明日、改めて四十二区へと赴く」

「そんな。ルシアさんにばかり負担をかけては申し訳ないですよ。今度はボクの方から出向きます」

「陽だまり亭に行きたいのだっ!」

 

 ルシア、渾身の叫びである。

 そして、「分かってるな、カタクチイワシ!? ピーナッツバター、作っとけよ!」というメッセージが込められた視線を俺に向ける。……分かってるよ。

 

「陽だまり亭に行けば、美味い料理を食べながら、可愛い虫人族の触角をぷにぷに出来るからな。基本的に私がそちらに赴くようにする」

「悪いな。うちではそういうサービス行ってねぇんだわ。出禁にすんぞ、この変態領主」

 

 そうして、俺たちは二十九区を離れた。

 

 その前に、俺たちの前に大量に停められている各区領主たちの馬車を退かせて、ルシアの馬車を外に出すという非常に面倒くさい作業があり、その作業に当たってくれた業者の人間から「サービスです」と、……豆をもらって、俺たちはようやく二十九区を離れることが出来た。

 

 ……マジで、どうしろってんだよ、この大量の豆…………

 

 

 

 

 

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