異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

249話 『宴』の終わりに -2-

公開日時: 2021年3月26日(金) 20:01
文字数:3,357

「まぁ、しかしだ」

 

 怪物に襲われるリカルドを微笑ましそうに見つめながらルシアが言う。

 

「『BU』の七領主も、それにマーゥルも、今回の作戦は聞き及んでいたので問題はなかったぞ」

「知ってたのか?」

「うむ。エステラが、『オオバヤシロを騙して半泣きにさせてやりたい』と持ちかけたところ、皆ノリノリで賛同していたぞ」

「……ほんっと、貴族っていい性格してるよな」

 

 誰が半泣きになんぞなるか。

 

「くっくっくっ……オオバヤシロよ」

 

 すっげぇ腫れた右手を庇いつつ、左手でキザったらしく髪をかき上げて、ゲラーシーが嬉しそうな顔で近付いてくる。

 ……惜しいなぁ。昔、あそこに落とし穴あったのに。埋めなきゃよかった。

 

「随分と驚いていたようだな。くくくっ……涙目であったではないか」

「えっと……どこかでお会いしたことありましたっけ?」

「さんざんやり合っただろうが、私の館で!」

「あぁ……ヤシロの中ではリカルド枠なんだね、ミスター・エーリンは」

 

 怒鳴るゲラーシーを見て、エステラがどこか達観した様子で乾いた笑いを漏らしている。

 

「ゲラーシー様。あの男の話を真に受けるのはおやめください。不毛であると思われます」

「……言われずとも分かっている」

「はい。差し出がましい真似をいたしました。ご容赦を」

 

 癇癪を起こすゲラーシーを、銀髪Eカップのイネスが窘める。

 なんかトゲがあるんだよな、あいつの言葉も。

 

「そう邪険にするなよ、Eカップ」

「カップ数で呼ばないでください!」

「イカプ」

「イネスだと、何遍言えば分かるのですか!?」

「あと十回」

「イネスイネスイネスイネスイネスイネスイネスイネスイネスイネス!」

「マーシャが入っているのは?」

「生け簀です!」

「残念、水槽だ」

「ぅぉおおお、騙されましたっ!」

「ヤシロ……何回か言ってるけどさ、他所様の給仕長で遊ばないように」

 

 銀髪を掻き毟り天を仰ぎ見るイネスと、渋ぅ~いお茶を飲み干した直後のような顔つきでよく分からないことを言うエステラ。

 給仕長って、領主のところの一番面白いヤツがなる役職だろ? いじってナンボじゃねぇか。

 

「ちなみに、二十三区の……Dボラだっけ?」

「デボラです…………こちらは、何度言えば分かっていただけるのでしょうか?」

「おっぱいを『むぎゅっ!』ってしながらだったら、一回で覚えられる」

「(むぎゅっ!)デボラです」

「デボラ……君はすでに騙されているんだよ。気付こうね」

 

 折角の『むぎゅっ!』を隠すようにデボラの正面に立ち、デボラを説得するように語りかけるエステラ。余計なことを。

 こうやって純真な心って失われていくんだろうなぁ、すれた大人たちの手によって。

 

「(むぎゅっ!)ギルベルタいう、私は」

「(ぶるんっ!)ナタリアです」

「もう君たちはわざわざ止めないよ!? 各自、自重するように!」

 

 ほらな?

 面白人間の宝庫だろう、給仕長って。

 

「くすくすくす……」

 

 小さな声に視線を向けると、ジネットが声を殺して笑っていた。

 口元を押さえて、小刻みに肩を震わせている。

 我慢しているせいか、目尻に涙が溜まっている。

 

「エステラのツッコミがそんなに面白かったのか?」

「へ? あ、いえ…………ふふ、すみません……そうじゃなくて……」

 

 必死に笑いを噛み殺し、何度か大きく息を吸い込んで、目尻の涙を拭ってから、ジネットは少し苦しそうに言う。

 

「あの、可愛いな……と、思いまして」

 

 可愛い?

 今の一連を見ての感想が、可愛い?

『むぎゅっ!』とか『ぶるんっ!』が?

 

「どのおっぱいがだ?」

「いえ、ヤシロさんが、です」

「俺のおっぱいが!?」

「おっぱいではなくて! …………もぅ、なんてことを言わせるんですか。こんな大勢の前で…………」

 

 頬をぷくっと膨らませて、俺を睨むジネット。

 いや、俺のせいじゃないだろう、今のは。

 俺の何が可愛いってんだよ。訳分かんねぇぞ。

 

 そんなふくれっ面も数秒しか持続しないようで、五秒と持たずにまたくすくすと笑い出した。

 

「私も、可愛いと思いましたよ」

 

 背後からベルティーナの声がする。

 見れば、ジネットと同じような顔で笑っている。

 

「だって、ヤシロさんは……ふふ、いつもそうですから」

「いつも? ……何がだよ」

「褒められたり、嬉しいことをされた後はいつも……照れ隠しを」

「はぁっ!?」

「自覚はないんですか?」

 

 からかうような目で、俺の顔を覗き込んでくるジネット。

 

 いや、っていうか、照れ隠しってなんだよ。

 別に、ちょっと美味いゴリを食わせてもらっただけで、なんで俺が照れたり…………あぁああ、もう! その目をやめろ!

 

「また一つ。ヤシロさんの新しい顔を見つけました」

 

 そんなことを言って、胸の中心を手のひらでそっと押さえつける。

 まるで、そこが記憶の収納場所になっているかのような手つきで。記憶を大切にしまい込むように。

 

 まったく。

 いつもと違う格好で――ドレス姿でそういうことをするな。

 

 うっかり、ときめいちゃうだろうが。

 

「すげぇ収納力だよな」とか、「そこの間を探れば古い記憶がよみがえるのか?」とか、「今度ド忘れした時は、俺が記憶を探してやるよ!」とか、そういう冗談を言いそびれたじゃないか。

 

「なんでドレスだったんだ?」

「へ?」

 

 冗談を言いそびれたので、素朴な疑問をぶつけて――話題を変える。この話題は、俺に不利だ。不許可だ、こんな話題。さっさと変えるに限る。

 

「ゴリのから揚げとドレスじゃ、なんの関係もないだろう?」

 

 肉まんとチャイナドレスなら、なんとなくしっくりくるんだが、ゴリとドレスだ。

 統一感がまるでない。

 なぜわざわざドレスを選んだのか。

 油跳ねしたら大変だろうに。

 

「それはですね……これは言ってしまっていいのか分からないんですが……」

 

 そう言った後で、女子たちの顔をくるっと見渡す。

 特に誰からも反論は出てこない。

 それを確認した後で、ジネットはゆっくりと真相を語った。

 

「『ヤシロさんが喜ぶものは何か』という話し合いをした時、一番支持を集めた意見が……その…………アレ……でして」

「アレ?」

「で、ですから……その、ヤシロさんが大好きな…………ここでは言いにくい……ア、アレです」

「…………『世界平和』か?」

「どうしたのヤシロ? 病気?」

 

 黙れエステラ。

 俺と言えば、世界平和の象徴だろうが。

 

「ですから…………」

 

 エステラに向かって「んべぇ~」と舌を出していると、不意にジネットが近付いてきて、あっと驚く暇もないうちに耳元に温かい息がかかった。

 

「……おっぱい、です」

 

 く……っ。

 ジネットの声で、耳元で、囁くように、しかも少し恥ずかしそうに、そんなことを言われると…………

 

「ジネット……おかわり!」

「懺悔してください!」

 

 くっそ。声フェチに目覚めそうになったわ。

 なんだよ、小声。

 結構いいな、囁きヴォイス。

 録音して目覚まし時計に設定してぇわ。

 

「で、ですが。さすがにそれは……お見せできませんので」

「なんで?」

「せっ、説明が必要ですか!?」

「いいよ、ジネットちゃん。気にしないで続けて。黙らせておくから」

 

 あれれぇ~? おかしいなぁ。

 サプライズしてまでお礼を言われた直後だってのに、首筋にナイフをあてがわれているぞぉ?

 なんでだろぅ?

 

「それで、間を取って、ドレスなどを着てみてはどうかという意見に落ち着きまして」

 

 どこの間を取ればそうなるんだよ。

 おっぱいと何の間にドレスがいるんだよ。

 考えられるとすれば全身鎧くらいだぞ。

 

 お、そうだ。

 

「じゃあ、次はビキニアーマーで頼む」

「これはわざわざ言う必要がないことだとは思うけれど、念のために言っておくね。『お断りだよ』」

 

 隣のナイフ領主が可能性を全否定してくる。

 ビキニアーマーが生み出す利益もあったかもしれないというのに。

 っていうか、ビキニアーマーカフェとかあったら超通うのに。

 

「でも、あの……ちょっと、統一感は、なかったです、ね?」

 

 その点は、自分たちでも理解していたようで、ドレス姿の女子たちはみんなしてはにかんでいた。

 結構勢いで押し切った部分があるんだろうな。

 まぁ、突発で何かやろうったって、実現させるのは相当難しい。

 実行できただけ、こいつらはたいしたもんだよ。素直に称賛できる。

 

「ヤシロさんみたいに、うまくはいきませんね」

 

 ちろっと、可愛らしく舌を覗かせて、ジネットが肩をすくめる。

 

 

 ……そんなこと、ねぇけどな。

 

 

 成功したんじゃねぇの。

 まんまと、嬉しかったし。まんまと、な。

 

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