異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

無添加58話 疾駆、激突、大混戦 -1-

公開日時: 2021年4月2日(金) 20:01
文字数:4,149

「ちょっ!? ひ、退くさよ! もっと後ろ……!?」

「逃がさねぇぞ、ノーマ! どりゃぁあ!」

「あぁーっ!?」

 

 デリアの腕が素早くノーマのこめかみを掠める。

 黄色い鉢巻がデリアの手の中で風にたなびいている。

 鉢巻がなくなった頭を押さえて、ノーマが騎馬たちに牙を剥く。

 

「……ったく! なにやってんだい、鈍くさいさね! 取られちまったじゃないかさ!」

「だ~ってぇ~」

「ノーマちゃん、意外と重いんだもぉ~ん!」

「何か言ったかい、ゴンスケ!?」

「ノーマちゃん、最近『健康食の反動さね~』って、脂っこい物ば~っかり食べてるんだもん」

「そりゃあ太るわよ。ねぇ~?」

「「ねぇ~」」

「それ以上しゃべってごらんな! その口に溶けた鉄を流し込んでやるさよ!」

 

 金物の乙女たちがノーマくらいの重さで音を上げるわけはないから……日頃の鬱憤をここで晴らしてるんだな。

 そもそも、ノーマの要求は高過ぎるんだよ。

 デリアをギリギリまで接近させて視線の向きと逆方向へ瞬時にかわせ――とか。騎馬戦では到底できない芸当だ。

 出来るとしたら、ナタリアとギルベルタとイネスが組んだ給仕長騎馬くらいだろうな。デボラは結構イネスに引っ張られているところがあるから次点だ。

 

「んははは! 今回はあたいの勝ちだな、ノーマ!」

「アタシが負けたんじゃないさね! ウチの男衆が負けたんさよ!」

「ひっどぉ~い!」

「アタシたちがんばったわよねぇ~」

「「ねぇ~」」

「ノーマちゃん、そうやって言い訳ばっかりしていると、知らないうちにお腹に段差が出来ちゃうわよっ、ぷん!」

「ゴンスケぇぇええ!」

 

 ノーマが最終形態直前みたいな顔で乙女たちを追いかけ回す。

 賑やかな退場だな、金物ギルド。

 

「よぉし! 次のヤツをぶっ倒しに行くぞ、オメロ!」

「へい! 親方!」

 

 腕まくりをして、デリアが上機嫌に発進する。

 そんなデリアの後ろ姿を見つめる一人のサル女がいた。バルバラだ。

 

「やっぱ、姐さんはカッコいいなぁ! あぁいうのが『いい女』ってんだよな、きっと! な、そう思うよなモコカ?」

「さぁ? 私にはとんと分からねぇぜですね」

「とにかく、アーシらも敵をぶっ倒すぞ!」

「赤組に奇襲をかけやがるかですか?」

「バカ! 姐さんに刃向かったら返り討ちに合うぞ! 別のヤツでいいんだよ……んおおお!? 見つけたぞ、さっきのオッサァァアアン!」

 

 奇声を上げるバルバラの指差す先にいたのは、ウッセがまたがる狩猟ギルド騎馬だった。

 

「さっきの借りを返してやるぜ!」

「ふん! 返り討ちにしてやるぞ、サル女!」

 

 互いが相手を敵と認識し、向かい合ってまっすぐに前進する。

 騎馬と騎馬が真正面からぶつかる。

 

「いざ尋常に、勝負だ!」

「望んでたところだぜ!」

 

 惜しい。

 微妙に惜しくて知ったかぶり臭が物凄いぞバルバラ。

 すごくバカっぽい。

 

「テメェはさっきママに言われたろう、身の程を知れってな! 上には上がいるんだってこと、俺が教えてやるぜ!」

「ごちゃごちゃうるせぇ! 覚悟しろ!」

 

 突進するバルバラを、ウッセは両腕を広げて迎え撃つ。

 バルバラの攻撃をかわしてカウンターを叩き込もうという作戦だろう。

 まっとうにやり合えばバルバラは後れを取るだろう。

 だが、今回はモコカがいる。

 

「大工A・B! フォーメーションBだぜです!」

「「合点だ!」」

「バルバラ、落ちるなよですよ!」

 

 狩猟ギルド騎馬と、今まさに衝突しようかというタイミングで、モコカが両手を離した。

 足を乗せていたあぶみがなくなり、一瞬バルバラが体勢を崩すが、騎馬の後ろを担うウーマロんところの大工AとB(俺もちょっと名前知らないけど)がそれぞれの腕でしっかりとバルバラの尻を受け止めて落馬を防いだ。

 恐ろしいまでの安定感。

 大工ってやっぱすげぇ力あるんだな。女子一人くらいなら腕一本で軽々担げちゃうんだろうな。

 

 そして、両手がフリーになったモコカが何をしたのかと言えば――そう、モコカの必殺技だ。

 

「襟ぐり『ぐぃーん』、からの……Bでも寄せれば谷間はDカップ!」

「んぉおお!?」

 

 向かい合った騎馬の上。それは、ただでさえモコカの襟の隙間がのぞき込めるポジション。

 そんな、「意識するなって方が無理じゃい、ボケェ!」なポジションで、いきなり襟ぐりを引っ張り下げられれば視線は重力に吸い寄せられるが如く引き寄せられ、その先に突如Dカップの谷間が出現すればそりゃあ「んぉおお!?」なんて声が出てしまう! それはもはや自然の摂理! 魂に刻み込まれた始祖から受け継いだ本能のDNA!

 

 両腕を広げた状態で、首から上だけが「ぐぃーん!」と下に向いたウッセ。

 それはさながら「ご自由にお取りください」と鉢巻を差し出しているようなポーズだった。

 

「よっしゃあ! もらったぜ!」

「ぬゎあああ!? しまった!」

「ちょっ、代表! マジっすか!?」

「勘弁してくださいよ、代表!」

「一人だけいい思いして! こうなりゃ下克上だ下克上!」

 

 狩猟ギルドのウッセと騎馬の間で諍いが起こる。

 そりゃあ、一人ベストポジションで「んぉおお!?」とか言ってたらなぁ、下にいる連中はいい気がしないよなぁ。

 俺だって見たいわ、そのベスポジで!

 

「この騎馬戦の責任を取って代表を辞任しろー!」

「「そーだそーだ!」」

「テメェら、言わせておけば……!」

「まぁまぁ、ケンカすんじゃねぇってんだですよ。ほら、あんたらにもサービスだぜですよ」

 

 むぎゅ。

 

「「「うはぁーー! モコカちゃん最高!」」」

 

 狩猟ギルドのオッサンどもの機嫌が一瞬でよくなる。

 肩を組んで腕を振り上げ、気勢を上げる。

 なんだろう。

 あそこの犯罪者たち、なんで捕まらないんだろう?

 

「おい、モコカ! あんまそういうことすんなよな!」

「なんでだですか? 私の乳なんか、別に隠すほどの価値もねぇぜですけど?」

「バカっ! きっと、そういうのは、アレだ、ほら! す、好きな、人……とか、だけの、あの……とにかく、すんな!」

 

 バルバラが常識を説いている!?

 午前中までは「おっぱいくらいいいじゃねぇか、揉まれるくらい。減るもんじゃなし」的なこと言ってたのに!?

 ……怖ぇ。

 恋するって、超怖ぇ……

 

「ウチの大将に、『乳を使いこなせるようになれば、ヤシぴっぴを意のままに操れるようになるかもしれないわよ☆』って言われてっから練習してんのによぉ~ですのに」

 

 ほっほ~ぅ。

 ……マーゥルのヤツめ。覚えてろよ。

 

「とにかく、この調子でガンガン鉢巻を奪いまくろうぜ! いい女になるために!」

 

 ウッセから奪った鉢巻を握りしめ、天をぶっ飛ばすように拳を突き上げるバルバラ。

 と、その向こうからネフェリーの悲鳴が聞こえてくる。

 

「きゃー! 逃げて逃げて逃げて!」

「逃げんなよ、ネフェリー! あたいと勝負しろー!」

「デリアとなんかまともに戦えないわよ! とにかく全力で逃げて!」

 

 養鶏場関連の者たちだと思われる騎馬にまたがったネフェリーが半泣きで逃げ出す。

 まぁ、怖いよな。

 下半身が泥沼に囚われた状態でデリアと戦わなきゃいけない的な超ハードモードバトルだもんな。

 しかも、デリアは下半身が動かなくても一切弱体化しないという。

 俺でも逃げるわ。

 

 だが、所詮は養鶏場の連中。

 激流に逆らって漁をする川漁ギルドから逃げ切れるわけもなく、ネフェリーはあっさりと追いつかれて、あっけなく鉢巻を強奪されていた。

 

「や~ん、もう! 髪の毛ぼさぼさになっちゃったじゃない」

「はっはっはーっ! あたいに勝とうなんざ甘い考えだぜ!」

「勝とうなんて思ってなかったでしょ!? 本気で怖かったんだから!」

 

 ぷんすか怒るネフェリー。

 ……え? つか、髪の毛? え? どこ? どの羽毛が髪の毛なの?

 

「ネフェリーさん!」

 

 デリアが悠然と去った後、モリーを頂にいだくパーシー&クレアモナ家給仕たち騎馬が駆けつける。

 

「ごめん! 間に合わなかった!」

「あ、ううん。平気。きっと、助けに来てくれてたとしてもデリアにまとめてやられちゃってたよ」

「けど、俺が犠牲になってネフェリーさんを守ることくらい出来たはずなのに……」

「ダメだよ、そんなの。デリア、すっごく怖いんだから。モリーちゃんにそんな思いさせられない」

「……どうも」

 

 下から見上げられ、騎馬の上のモリーが複雑な表情で頭を下げる。

 照れているのかもしれない。

 

「だから、モリーちゃんとパーシー君は、私たちの分まで頑張って生き残ってね」

「……善処します」

「約束するよ! オレ、めっちゃ生き残っから!」

「じゃあ私、応援席戻るね。ちゃんと応援してるから、頑張ってね」

「はい!」

 

 手を振って去っていくネフェリーに手を振りたいのだろうが両手がふさがっていて出来ないのでケツをふりふりしているパーシー。

 後ろの給仕二人、蹴っていいぞ、その不愉快極まりない揺れるケツ。

 

「はぁぁ……怖がるネフェリーさんも、マブいなぁ……」

「ちょっと泣いてたね……可哀想」

「女子の涙って宝石だよな! この世界で一番美しいもんだと思うぜ、マジで! なぁ、モリー?」

「ごめん、兄ちゃん……共感しかねる」

「なんでだよ!? キレーだったべ!? お前、ちゃんと見た!?」

「暗いし、ここ高いから。距離もあったし」

「んだよ、モリー! お前損したなぁ。オレなんか、この距離で……くはぁ! ヤバかったなぁ、アレは!」

「…………ヤバイのは確実に…………ま、言わないでおいてあげるけど」

 

 モリー。

 実の兄じゃなかったらその騎馬から今すぐ降りたいんだろうな。

 可哀想になぁ。家族って選べないんだよなぁ。気の毒だぜ。

 

 で、そんな気の毒な兄のお戯れを見ていたバルバラはというと。

 

「うそ……だろ?」

 

 騎馬の上で呆然としていた。

 さすがに気が付いたのだろう。

 パーシーが重度のストーカーでネフェリーにゾッコンであるということに。

 

「怖がる方が、……いい女なのか……?」

 

 うわー、全然気付いてな~い。

 そこじゃねぇだろってところにしか意識向いてねぇわぁ、こいつ。

 

「さぁ、バルバラ! 次の獲物を襲いに行くぜですよ!」

「ちょっと待ってくれモコカ! えっと、あの、アレだ! アーシ、こ、怖い~!」

 

 嘘吐け!

 精霊神直々に『精霊の審判』かけに来てもらえ!

 

「くっそぉー! 涙ってどうやりゃあ出てくるんだよ!?」

 

 目でも突けばわんわん出てくんじゃねぇの。

 なんであんなストーカーがいいのかねぇ……どこがいいのか、さっぱり見当が付かねぇよ。

 ………………いや、違うぞ!?

 やっかんでるわけじゃないからな!?

 振られてないから、俺!

 

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