異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

197話 大豆があるのに -3-

公開日時: 2021年3月19日(金) 20:01
文字数:3,286

「じゃあ、アッスント。ナスを用意してくれ」

「ナ、ナス……ですか?」

「なんだよ? ナスはあるだろ?」

 

 あまりにキョトンとされた顔をしたのでちょっと不安になってしまった。

 ナスは現在も作られているはずだ。

 モーマットの畑でも見たし、陽だまり亭でも使っている。……味噌田楽、美味いんだよなぁ……

 

「すみません。豆腐とはあまりにもかけ離れた食材でしたもので……方向転換をされた、ということでいいですかね?」

「いや、方向は1ミリも変わってないぞ」

 

 なにせ、作るのは麻婆茄子だからな。

 あれも美味い!

 

「ナスなら、わしに心当たりがあるのじゃ! しばし待っておるのじゃ! すぐもらってくるのじゃ!」

 

 言うが早いか、リベカは走り出し、ドアを飛び出していった。

 ……なんだ?

 

「……リベカ様…………また」

「『また』?」

「あぁ、いえ……こちらのことでございます」

 

 リベカが飛び出していったドアを見つめて、バーサがぽつりと呟く。

 後先考えずに突っ走るあの性格に頭が痛い……ってニュアンスでは、ない気がするが……

 

 何も言わないバーサ。

 その横顔を見つめていると、リベカがひょっこりと戻ってきて、ドアから顔だけを覗かせた。

 

「アッスントよ。どちらが早く食材を手に入れて戻ってくるか競争じゃ」

「えっ!?」

「よーいどん、じゃ!」

「えっ!? えぇっ!?」

 

 それだけ告げるとリベカは再び子供パワー全開で廊下を駆けていった。

 盛大に焦りを見せるアッスント。

 

「あ、あのっ!? こ、こういう場合、どうするのが正解なのでしょうか!?」

 

 クイズでの失態から、少々臆病になっているようだ。

 何をやっても怒られそうな気がして委縮する……お前、トレーシーんとこのネネかっつの。

 委縮すると、どうでもいいところで失敗を量産しちまうぞ。

 

「全速力でヨーグルトを用意してこい」

「な、なるほど! 勝てばいいのですねっ!?」

「いや、負けろよ」

「負ければいいんですね!?」

「タッチの差でな」

「タッチの差で!?」

「それも、敷地直前まではリードしていて、全速力で走りながらも途中で追い抜かれて、デッドヒートの末にタッチの差で負けるんだ」

「物凄く要求が高くないですか!?」

「それが一番盛り上がるだろうが」

「それは……そうでしょうけど……」

 

 それくらいやらなきゃ、お前の失点は取り返せないんだよ。

 

「では、私がリベカ様に付き添って、それとなく妨害工作をしてまいりましょう」

 

 静かに、バーサが歩き始める。

 

「二十分ほどは足止めが可能です…………アッスント様、ご検討を」

「に、じゅっぷん…………」

 

 視線を上に向け、脳内でアッスントなりの計算式が展開されているのだろう。

 物の数秒でその答えが出たらしく、アッスントの目と鼻の穴が限界まで広がった。

 

「死ぬ気で急いでもギリギリですっ!? こうしちゃいられません!」

 

 そうして、遅まきながら駆け出し、部屋を飛び出していく。

 そんなアッスントの背中に、俺は激励の言葉を向けておく。

 

「頑張れアッスント~、汚名挽回だ~!」

 

 遠ざかっていく足音に耳を傾けていると、慌しい足音が一つ引き返してくる。

 

「返上するものですよっ、汚名は!」

 

 ドアの向こうから「こんなことで時間を取らせないでください!」とでも言わんばかりの形相でアッスントが叫び、踵を返して再び走り出す。

 ……律儀だなぁ。

 

 いや、きっと、嘘でも冗談でも縁起の悪い言葉を放置したくなかったんだろうな。

 げんとか担ぎそうだもんな、あいつ。

 

「いじめっ子」

 

 背後から、エステラが呆れたような声をかけてくる。

 

「なんだよ、心外な。激励だろ?」

「まぁ、確かに。ここでうまく立ち回れば汚名返上できるかもね」

 

 くすくすと楽しそうに笑う。

 お前だって、結構ないじめっ子じゃねぇか。

 

「しかし、ナタリア。お前は子供の扱いが分かってるんだな。ちょっと意外だったぞ」

 

 卒なくリベカの相手をして、好感度を上げていたナタリア。

 あんまりガキと戯れているイメージがなかっただけに、ちょっと意外だった。

 

「それはもう…………非常に手のかかるお子様を一人、立派に育て上げましたから」

 

 と、穴が開きそうなほどジッとエステラの顔を見ながら言う。

 あぁ、なるほど。

 エステラの子守りをずっとやっていたのなら、あしらい方も鍛えられるか。

 

「ボ、ボクはそんなに手のかかる子じゃなかったはずだよ! わがままも言わなかったし!」

「そうですね、一部訂正いたしましょう」

 

 すぅっと息を吸って、流れるような美しい言葉遣いでナタリアが先ほどの言葉を訂正していく。

 

「どんなに手を尽くしても、とある一部分だけが成長してくれませんでしたが、そこ以外はほぼ立派に育て上げることが出来ました」

「よぉし、ならば今度はボクが君を教育し直してあげようじゃないか! きちんと主を敬える正しい給仕長にねっ!」

 

 もう、騒ぐな騒ぐな。

 いつものことじゃないか。

 

「なぁ。お前らはリベカのことを知っていたのか?」

「へ? いや、初対面だけど?」

 

 そんなもんは、お前たちの反応を見ていりゃ分かる。

 そうじゃなくて……

 

「ホワイトヘッドって名前の方だよ。結構な権力を持っていそうな感じがしたんだが」

「麹職人ホワイトヘッドという名は、それなりには有名ですので聞き及んでいました。ですが、それがあのようなクソチb……お若い方だとは存じませんでしたね」

「おい、ナタリア。今言いかけた言葉、絶対口にするなよ? さすがに俺でも擁護できんからな」

 

 ホワイトヘッドの名が有名ということは、麹職人は世襲制だと考えられるな。

 あんな小さいガキがここのトップ職人――頭と呼ばれているんだ。

 麹職人なんてのは、天性の才能でなれるものではないだろうから、小さい時から技術を叩き込まれたのだろう。

 それが九歳という年齢でトップに上り詰めるまでになったのは、才能のおかげかもしれないけどな。

 

「けれど、貴族ではないんだよな」

「まぁね」

 

 少し言い方にトゲが出来てしまったかもしれない。

 エステラが微かに眉根を寄せた。

 

 獣人族は貴族にはなれない。

 どんな強大な権力をもってしても。

 

 もしリベカが、人間の男を婿にでも取って、そいつがホワイトヘッド家を継ぐとなれば、もしかしたら貴族になれる可能性があるのかもしれない……

 なんてことを聞いてみると、「まず、ないでしょうね」と、あっさり否定されてしまった。

 

 人間だからなんでもOKってわけには、いかないらしい。

 

「しかし、おそらく彼女はそのような枠組みなど気にされていないのではないでしょうか。実質、麹職人は貴族以上の優遇を受けているわけですし」

 

 ナタリアの指摘はもっともで、貴族であるマーゥルでさえも『BU』の豆ルールを課せられて客人に出す料理の何割かを豆に割かざるを得なかった。

 しかし、リベカはその義務を免除されている。

 これは、麹職人が貴族より優遇されているということだ。

 

「貴族だからどうこう」ってことには、あまりこだわっていない可能性もある。

 ……ってことは。

 

「ちょっとハードル高いかもなぁ……」

「ハードル?」

 

 初めて見るエサに興味を示したハムスターみたいなまるっこい瞳で俺を見るエステラ。

 

「リベカと付き合うのは、って話だよ」

「き、君っ、まさかハビエルと同じ道に!?」

「違うわ、アホたれ!」

 

 いつもは俺に「失礼なことを言うな」とか言ってるくせに、結局エステラもそういう目で見てんじゃねぇか。……ってツッコミは置いておいて、マジで気が付いていないようなので教えておいてやる。

 まぁ、どうでもいいような情報なんで、適当な感じでな。

 

「リベカの服装は、どんなだった?」

「どんなって……麻木色の上着に白いシャツ……それから」

 

 リベカは、『職人』という言葉がぴったりと当てはまる、心持ち和っぽい服装をしていた。

 日本の陶芸家を彷彿とさせる、作務衣のような形の服――

 

「あっ!? ……七分丈のズボン」

 

 そう。

 そして、敷地内で見かけた人間の中で、そんな格好をしている者はリベカただ一人だった。

 

 つまり。

 

「門の前で会った少年の想い人ってのが、あのリベカってわけだ」

 

 俺は確信を持ってそう告げる。

 確信を持って……あの少年は、やっぱりもう手遅れなんだろうなと、憐れみつつ。

 

 ハビエル気質でパーシー予備軍とは…………少年よ、残念だ。

 

 

 

 

 

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