「まず、ワタクシの家は生まれながらの貴族ではないと、前置きさせていただきますわ」
「木こりギルドで財を成し、貴族になったのか?」
「えぇ。そういうことですわ」
国王が統治するような世界では、功績や名声、王国への貢献、潤沢な財産、それらによって貴族へ昇格する者がいる。爵位を与えられるのだ。
木こりギルドは全区にまたがり活動するかなり権力の強いギルドだ。そこのトップに上り詰めたハビエル家は、貴族に相応しいと認められたのだろう。
まぁ、納得の功績と反論の余地もない資産だな。
だが、なぜそんな前置きをしたのか……
「エステラとは、格が違うってことか?」
「まぁ、それはその通りですが……そのことに関してどうこう言うよりも、あらかじめ線引きをしておいた方が分かりやすいと思ってそう申し上げたのですわ」
「線引き?」
「えぇ。ワタクシたちと、領主をはじめとする古くからの貴族は明確に違いますわ。これは、どう足掻いても埋まらない、深い深い溝なのです」
王族と貴族の間にも、埋めることの出来ない隔たりがある。
さらに、生粋の貴族と所謂『成金』の貴族の間には明確な差がある……と。
「なぜ、ここで改めてそのようなお話をしたかと申しますと……ワタクシたち、ハビエル家が『ギルド長』だからですわ」
「あ……そうか」
イメルダは俺が言いたいことを察し、その上であえて分かりやすく差をつけてくれたのだ。
「ヤシロさんの考えはおそらく正しいですわ。貴族には人間しかおりません。言い換えれば……」
イメルダの顔から一切の表情が消失する。
「獣人族は貴族にはなれませんわ」
氷の彫刻のような冷たい無表情……
こういう話をする際に一切の情を見せずにいられるのは、実に貴族らしい振る舞いのように思えた。
驕ることも、同情することもない。ただ当然の事実として、世の成り立ちを把握している。
……こいつの性格上、そういう差別的なものはあまり好きではないはずなのだが……立場上はそれに対し個人の意見を垣間見せるわけにはいかないのだ。
なぜなら、イメルダは貴族だから。
貴族は、王族が支配するこの街の成り立ちを否定するわけにはいかないのだ。
「つまり、領主をはじめとする貴族は人間ばかりで、獣人族はそこに入ることが出来ない」
「妾として……でしたら、その限りではありませんわね」
妾……か。所謂愛人というヤツだ。貴族なら、愛人の一人や二人囲っているだろう。つか、同じ屋敷に住まわせていることもあるだろう。
「獣人族への差別というものは、確かに存在しましたわ……今では、そんなことを口にする者も限りなく減ってはいますが」
この街には獣人族が溢れている。
どいつも皆、前向きに生き、まっとうな暮らしを送っている。
そこに差別の影は見えない。
「……けれど、完全になくなることもまた…………あり得ないと、思いますわ」
古くから続いた思想や価値観、制度といったものは、どれだけ時間が経とうが人間の心の奥底で『オリ』のように沈殿しているものなのだ。
それは時代と共に変化し『暗黙のルール』という形で現在まで受け継がれている。
獣人族は貴族になれない。
それはきっと、この街の人間にとっては論争の種にすらならない当然のことなのだ。
そして、それを混ぜっ返すのはきっと……正義ではない。
この街の住人が選択した結果なのだ。
誰もが平穏な暮らしを望み、それが今、こうして実を結んでいる。
制度を否定することは争いを生み、多くの悲劇をもたらす。
だからこそ、誰も触れないのだ。
それに、差別のあった時代からどれほどの時間が経過したのかは知らんが、現状は随分と改善されている。
その証拠に……
「ギルド長には、獣人族が多いよな」
「そうですわね。ギルドをまとめる資質が問われますもの。生半可な者には務まりませんわ」
「となれば、街門の外で活動するような、狩猟ギルド、海漁ギルドなんかは、獣人族が選ばれて当然というわけか」
「そうですわね。彼らのパワーには、ワタクシたち人間はどう転んでも太刀打ちできませんものね」
ギルドの中で最も強いヤツをギルド長にしようと考えた場合、それは自然と獣人族となることが多い。純粋に、獣人族の身体能力は人間を凌駕しているからだ。
そう考えると、大食い大会で戦ったゴリラ人族のオースティン、キジ人族のゼノビオスら、獣人族もいる中でギルド長の座に就いているハビエル家のすごさが浮き立つな。
パワーだけでなく、あらゆる面で優れていたという証左になる。そりゃ、国王から爵位ももらえるよな。納得だ。
「お父様の功績や武勇は数知れず、ギルド長となり、そして王様直々に爵位をいただき……ワタクシたちハビエル家は貴族へとなったんですの」
「つまり、ハビエルが規格外のバケモノだったってわけだな」
「褒め言葉だと、受け取っておきますわ」
イメルダがくすりと笑みを漏らす。
じゃあ……ハビエルが引退すれば、こいつはギルド長の家系ではなくなってしまうのか。
「ちなみに、次期ギルド長はワタクシに内定していますわ。木こりギルド満場一致で、決定したことですの」
「わぁ、いいなぁ。バカに愛されてて」
『ギルド長はギルドをまとめ上げられる強者』とかいうこの街の制度を、いとも簡単に捻じ曲げやがったな。あのバカ親&バカギルド構成員。
まぁ、人気で言えば文句なしなんだろうけどな。
「ワタクシたちハビエル家は、たとえギルド長でなくなったとしても、貴族でなくなることはありませんの。与えられた爵位は、そうそう剥奪されるものではありませんので……でも、だからこそ……」
いつか見た、強い意志のこもった瞳が俺を見ている。
「ワタクシは木こりギルドのギルド長であり続けたいと思うのです。『ただの貴族』に成り下がらぬように」
実力もないただの貴族。
そんなものにはなりたくないと、イメルダなら考えるだろう。実にこいつらしい。
「他のギルド長たちは、どれほどの功績を上げようとも貴族にはなれませんものね」
事実、メドラやマーシャは貴族ではない。
あれだけ巨大な権力を誇る狩猟ギルド、海漁ギルドのギルド長であろうと、獣人族は貴族にはなれないのだ。
もっとも、あの二人なら「貴族に興味なんかない」とか言いそうだけどな。
と、ここまでの話は概ね俺の想像していた通りのものだった。
俺が聞きたいのはここからだ。
すなわち――
「人間と獣人族の結婚ってのは、この街では問題があるのか?」
アッスントが言った言葉。
『四十二区の中にいては見えてこないことも、多々あるのですよ……この街には』
あれはつまり、そういうことなんじゃないのか?
貴族が人間だらけなのだとしたら、中央に行けば行くほど獣人族の数は減り、人間ばかりになるのだろう。そうなれば、獣人族に対する理解度も変わってくる。差別も、より顕著になるだろう。
アッスントは実績を積み上げて中央区へ食い込もうとしていた。
もしかしたら…………アッスントが最底辺の四十区から四十二区支部を担当させられているのは、アッスントが獣人族だから……かも、しれない。
言われてみりゃ、人間と獣人族の夫婦を、俺は見たことがないのだ。
エステラの両親は共に人間だし、トウモロコシ農家のヤップロック一家はどちらもオコジョ人族だ。
セロンとウェンディのカップルは異色と言えるのかもしれない。
「問題は、ありませんわ」
問題『は』ない……
イメルダが言ったことが正しく、昨今は獣人族に対する差別はほとんどなくなっているのだとすれば、人間と獣人族の結婚に問題などないだろう。
だが……
「快く思わない者は、少なからずいる……ってことだな?」
「そうですわね。いるのだと思いますわ。確信は持てませんが……いないと言い切る自信もありませんもの」
ウェンディが家族の話をセロンにしないのはそのためかもしれない。
もしかしたら、ウェンディの両親は思っているのかもしれないな……かつて、自分たちを差別した『人間』に、可愛い娘を渡したくない……と。
それに、さっきイメルダが言っていたことも気になる。
貴族が獣人族を『妾』にしているというヤツだ。
ウェンディの両親が、ウェンディが妾にされると思っている可能性も否定は出来ない。
セロンは貴族ではないが、『人間はそういう生き物だ』と思い込んでいるのなら、そんなこともあり得るだろう。
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