異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

237話 日没後のミーティング -1-

公開日時: 2021年3月25日(木) 20:01
文字数:2,487

「カリふわ、うまっ!」

「ホント、美味しい」

「こんな一手間で変わるもんさねぇ」

 

 と、概ね好評のようだ。

 ……で、そうじゃねぇんだ。

 

「揚げたこ焼き試食会じゃねぇから」

「分かってるさね……あふあふ……話、続けて……あふ……いいさね」

「はふはふ……うん、私……はふ……ちゃんと聞いてるよ」

「あふぁひも~!」

 

 美味そうに食うな、ノーマにネフェリーにパウラ。パウラに関しては「あたしも~」すらちゃんと言えてないけどな。

 

「たくさん食べてくださいね」

「お前も作り過ぎだぞ、ジネット!?」

 

 そもそも教えるも何も、たこ焼きが作れるジネットにとって、揚げたこ焼きは簡単なもので、あっという間に自分のものにしてしまっていた。

 以降、瞬く間にどんどん揚げたこ焼きが量産されていく。

 

「はふはふ……ん~。美味しいですねぇ」

 

 ベルティーナがいてくれてよかった。

 陽だまり亭に来た当初だったらそんなこと、とても思えなかっただろうけどな。食材だってタダじゃねぇんだっての。

 

 とはいえ、ジネットに「作るな」とか、ベルティーナに「食うな」とか、そんな無謀なことは言えないからな。

 それはカエルに「飛べ」と言っているようなものだ。

 

 出来もしない要求を言って時間の浪費をしている暇はない。

 

「ごめん、遅くなって。待たせ……ては、なさそうだね」

 

 陽だまり亭に駆け込んできたエステラが、食堂内を見て苦笑を漏らす。

 一目で状況を完全に把握したようだ。

 

「手紙は書けたのか?」

「うん。今届けに行ってるよ」

「こんな時間にか?」

「リカルドもオジ様も、門番をきちんと立たせているからね。手紙を受け取るくらい出来るよ。読んでくれるのは明日だろうけどね」

「いや、そっちじゃなくて。お前んとこの給仕って、女しかいないだろ? 危なくねぇか?」

 

 至極まっとうなことを言ったつもりなのだが、エステラがきょとんとした顔をさらす。

 なんだよ。

 四十二区内の治安はよくなったとはいえ、他区は遠いし、ゴロツキだってまだうろうろしてんだろうが。

 

「ヤシロは、ウチの給仕のことまで気に掛けてくれるんだね」

「そりゃ、顔見知りが多いからな」

 

 何かと出向いてるからな、エステラの家には。

 

「ありがとう。素直に感謝しておくよ」

「いや、感謝とかじゃなくて……」

「でも、ウチの給仕はみんなナタリア仕込みのナイフ術を体得してるから」

「なに、そのおっかない武闘集団」

「それに、三人一組で向かわせたから、そうそう危険はないよ。……まぁ、絶対安全ってわけじゃないから、申し訳ないとは思うけどね」

 

「それよりも、今は四十二区の危機だから」と、エステラは気遣うような笑みを浮かべた。

 

「ふふ……あとでみんなに教えてあげよっと。『ヤシロが心配してくれてたよ~』って」

「やめてくれるか、人を善人みたいに仕立て上げるの。後々煩わしい目に遭いそうだから」

「『仕立て上げる』……ねぇ」

「……にやにやすんな。この一大事に」

「そうだったね。……ふふ」

 

 まったく。

 こいつには危機感ってもんが足りないんじゃないか?

 

 おまえもしかしてまだ、自分が死なないとでも思ってんじゃないかね?

 

 いや、死にゃしないけど。

 最悪、そういうことだってあり得るくらいの一大事だって自覚は持っていてもらいたいくらいだ。

 

「それにしても、何か明るくないかい? 照明を変え……あ、ウェンディか」

「……すみません、領主様」

 

 部屋の隅で小さくなっているウェンディがさらに体を小さくして頭を下げる。

 うわぁ、領主の領民イジメだ。

 

「可哀想に」

「そ、そういうつもりじゃないよ!? 違うからね、ウェンディ!」

「はい……承知しております……私が光っているのが悪いんです」

「悪くない悪くない! ウェンディの明かりは優しい明かりだから!」

「そうだな。ウェンディ、もうちょっと真ん中来てくれ。この辺暗いんだ」

「照明代わりに使わないであげなよ!? 君の方が扱いが酷いからね!」

 

 なんかもう、これでもかってくらいに全力で光っているウェンディ。

 その隣で同じく体を小さくしているセロン。ウェンディの陰になって存在感がまるでないな。

 

「お待たせしましたわ」

「今戻ったぞ」

 

 イメルダとデリアが揃って入ってくる。

 

「ベッコさんを連れてきましたわよ」

「お待たせいたし、申し訳ないでござる」

 

 イメルダは一度陽だまり亭に来てから、「ベッコさんを呼んできますわ!」と、デリアを護衛に付けて出て行ったのだ。

 

「別にベッコまで呼んでこなくてもよかったのに」

「そうはいきませんわ! ベッコさんは必要な方ですもの」

「イメルダ氏……拙者のことを、それほど信用して……感激でござるっ!」

「さぁ、ベッコさん。これが揚げたこ焼きですわ!」

「まさか、今食品サンプルを作れと申すでござるか!? そのために呼んだでござるか!?」

「区のことはヤシロさんにお任せなさいまし。むしろベッコさんは余計なことはなさいませんよう」

「酷い言われようでござる!?」

 

 そうだった。

 新しい料理が好きなのはジネットとベルティーナだけじゃなかった……イメルダもだ。

 食べるのではなく、食品サンプルのコレクターとして。

 

 まぁ、今回は現状報告と、状況の整理みたいなもんだから、誰がいても、いなくても問題ないんだけどな。

 

「とにかく、これでめぼしいメンバーは揃ったか」

 

 と言っても、特に誰と誰に伝える――なんてことは決めていないんだが。

 あの場にいて、状況を教えてほしそうな面々は揃っている。

 

「そうだな。まずは、今日あったことを説明するか」

「そうだね。ボクがやろうか?」

「あぁ、任せる」

「それじゃあ――」

 

 各々がたこ焼き片手ではありつつも、真剣な表情でエステラを見つめる。

 立ち上がり、エステラが淡々と今日あった出来事を説明していく。

『宴』での反応や、ドニスとの約束。

 そして、最後に現れたゲラーシーと『BU』の連中の話を。

 

「そういうわけで、これ以上『BU』の領主を味方へ引き入れることは出来なくなった……っていうのが現在の状況なんだ」

 

 長い話を終えたエステラに、ジネットがアイスティを差し出す。

「ありがと」と受け取り、腰を下ろすエステラ。

 

 しばし、誰も何も言わない。

 今聞いた事実を、各人、心の中で整理でもしているのだろう。

 

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