「……ヤシロ」
マグダが、ちょっとした精神的疲労によって蹲る俺の服をちょいちょいと引っ張る。
振り返ると、マグダ……の向こうで蹲るエステラが目に入った……が、それは無視して……マグダが俺をジッと見つめていた。
「…………教えて」
パイオツをカイデーにする方法か?
毎日揉むといいらしいが…………あ、接客の方か。
「……マグダ、どうすればいい?」
こいつはこいつで、真剣に働くつもりがあるようだ。
「……店長みたいに、したい」
こいつはジネットを店長と呼ぶんだな。……俺は呼び捨てなのに。
「お前がジネットみたいになるのは不可能だよ」
「…………」
ハッキリ言ってやると、虚ろな目に少し影が落ちる。
こいつも落ち込んだりするんだな。
「あ、あの……ヤシロさん……」
ジネットが何かを言いかける……まぁ、言いたいことは分かるけどな……が、それが終わる前に俺はマグダの髪をくしゃくしゃと撫でる。
「お前とジネットは違う。違うのに無理やり同じになる必要はない」
「…………でも」
「お前は、お前のやり方で客をもてなせばいいんだよ。お前のやり方でジネットに追いつけ」
「…………マグダの、やり方で…………」
優秀な人間がいたとして、そいつを量産すればすべてがうまくいくかと言えば、実はそうではない。好成績を収めた人間の真似をしてもうまくいくことは少ない。
それは、その優秀なヤツに合ったやり方だからだ。他人が真似をしても成果は期待できない。
それに、判を押したように同じ人間ばかりの企業と、多種多様な感性を詰め込んだような企業では後者の方が大成するものだ。
多角的な視野を持つ企業が成功する理由の説明は必要ないと思う。
ならば、陽だまり亭も新しい風を取り込むべきなのだ。
ジネットを増やすより、ジネットにはないものを持った者を増やす方がいい。それがいつしかそいつの『魅力』になれば、違った層の顧客も増える。
煎じ詰めて言えば、『巨乳もいいけどつるぺたもね!』ということだ。
マグダも、顔の作りはいいのだ。
こういうキャラを極めればマニアなファンがつくかもしれん。
常連がつけば、食堂は安定する。俺の収入も増える。
いいこと尽くめだ。
「お前は、お前のいいところを活かせばいい」
「…………腕力?」
「それは違うと言ったよな? 覚えてるよな?」
本当に大丈夫か、こいつ? ……俺が一から教え込まなきゃモノにならねぇぞ。
「俺がいろいろ教えてやるから、少しずつ覚えていけ」
「……うん」
「…………!」
今、少しだけ……マグダが笑った気がした。
瞬きをしたら、元の無表情に戻っていたが……
「お願いしちゃっていいんですか、ヤシロさん?」
ジネットが申し訳なさそうな……でも、とびっきり嬉しそうな顔で俺に尋ねてくる。
まぁ、無愛想人形を店に置いて客が逃げるよりかはマシだからな……労力はタダで手に入るものだしな。
俺が肯定すると、ジネットは心底嬉しそうに微笑んで、深々と頭を下げた。
「ありがとうございます。ヤシロさんは、本当にいい人ですね」
だから……そんなんじゃないってのに。
利益最優先!
俺のためなの!
……いい加減、理解しろっての。
「……それで、その…………もう一つ、お願いしたいことが…………」
「ん?」
もじもじと両手の指を絡め合わせていたかと思うと、勢いよく頭を振り下げる。
「もう一着、マグダさんの制服を作ってください!」
九十度を超える深いお辞儀をして、ジネットがそんなことを言う。
まぁ、そうだな。制服なら統一感が必要だもんな。マグダの分も必要だよな。
「お忙しいところ、無理を言っているのは重々承知なんですが……マグダさんにも、あの可愛い服を着せてあげたいんです」
ジネットは制服をお洒落着と捉えているようだな。
まぁ、言われなくても時間を見つけて作る…………
「お願いします! わたしに出来ることでしたらなんでもしますから!」
……っ!?
こいつ、また……
気心の知れた相手には…………ね。
「じゃあ、脇を舐めさせろ」
「ぅぇえええっ!?」
少しは痛い目を見て、自重することを覚えろ。
でなければ、本当に取り返しのつかないことになる…………
「…………ご、後日、でしたら」
……っ!?
………………
………………
…………はぁっ!?
「い、いや……いいのか?」
「ぁう、よ、よくは……あんまり、ないですが…………でも、マグダさんの制服はお願いしたいですし…………それくらいのことは…………でも、あの、きちんと洗って清潔にした後にしていただきたいなと……っ!」
「ストップだ、ジネット!」
……こいつは、どこまで………………
「冗談だ……」
「え?」
「制服は作る。陽だまり亭のためになるし、それは俺の利益にもなるから……」
「そ、そう、ですか……よかった」
「その代わりな……」
「はい」
「……気安く『なんでもします』とか、もう言うな」
「え…………あの…………はい。気を付けます」
あぁ、くそ…………顔が熱い。
なんで俺が照れなきゃいけないんだ。
……変なこと言わなきゃよかった。
違うんだ。本当に脇を舐めたいわけじゃなかったんだ……ただ、そういう恥ずかしい目に遭わされる危険があるということを教えてやろうと…………あぁ、もう! なんなんだよ、ジネット! 嫌がれよ、もっと!
「…………ヤシロ」
ジネットをまともに見られず、顔を背ける。
そんな俺を覗き込むようにマグダが声をかけてくる。
「…………どうぞ」
と、マグダが両腕を上げる。
袖口のゆったりした半袖を着ているマグダの脇がさらされる。
「…………お願い、今はそういうのやめてくれるかな?」
「……舐めない?」
「やめて……俺、死んじゃうから……」
「……そう」
マグダに照れさせられるとは…………屈辱だ…………
こういう、俺が弱っている時に、いの一番で食いついてくるはずのエステラは……いまだ蹲って頬をグニグニ揉んでいた。……何やってんだあいつ?
まぁ、何やってんだは、俺も一緒だけどな…………
今後、ジネットに変なことを言うのは控えよう……全部ブーメランとなって俺に返ってくる。
ある意味、一番の天敵はジネットなんじゃないかと、俺は思った。
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