「ジネット。置き薬の中から、黒い袋に入った飲み薬を持ってきてくれ」
「え? あ、はい」
一瞬躊躇したジネットだったが、俺が頷いてみせるとこちらの頼みを承諾してくれたようだ。
「エステラ、水を頼む」
「沸騰させてくる」
「水! 水でいいから!」
サラッと怖ぇなぁ、こいつも。
「ロレッタ」
「はいです」
「お前は獣人族だよな?」
「こう見えて、とびきりプリティなハムスター人族です!」
「力は強いか?」
「マグダっちょを『100』とした場合、あたしは『2』くらいですかね」
「ってことは、ジネットの十倍くらいはあるか……」
「わたし、そんな非力ですか!?」
薬を持ってきたジネットが目を丸くする。
獣人族のパワーは人間のそれを大きく逸脱してんだよ。気にするな。
「じゃあ、マグダとロレッタ。お前らは二人で協力して……」
ぽん……と、バカ爬虫類の胸に手を置く。
そして、満面の笑みで言ってやる。
「こちらの病人が、『絶対』逃げられないように『しっかりと』押さえ込んでおいてくれ」
「なっ!?」
「「かしこまり~(にやり)」」
「ちょっ!? お前ら!?」
起き上がろうとする爬虫類の肩を、マグダがグッと押さえ込む。バタバタと暴れる両足を、ロレッタがうまい具合に押さえ込む。お~、膝を押さえるのか。なるほど、やんちゃな弟たちを時には力でねじ伏せている長女らしい、的確な判断だな。
んじゃまぁ……と、俺はバカ爬虫類の胸の上にどっかと腰を下ろす。ふふふ……動けまい?
「テ、テメェら!? な、何をする気だ!?」
「いやぁ、なに。ウチの料理を食って腹を壊したってんなら、ウチが『責任を持って』面倒見てやらにゃあいかんと思ってな?」
俺が爽やかな笑顔を向けると、バカ爬虫類の額からは大量の汗が噴き出し、だらだらと零れ落ちていく。
おいおい、失礼なヤツだなぁ。こんなに素敵な笑顔なのによ…………ニィィィ。
「ヒィィィィッ!」
バカ爬虫類の喉から、人間のものではないような、不気味な音が漏れ出ていく。
「ジネット、会話記録を見せてくれ」
「は、はい! 会話記録!」
ジネットの目の前に、半透明のパネルが出現する。
こいつは非常に便利な代物で、様々な検索機能が付いているのだ。通貨のレートなんかも分かるし、日付を指定してその日の会話を見ることも出来る。
そして……
「昨日以前で、このイグアナ人族の男との会話を検索」
会話相手を指定して検索をかけることも可能なのだ。
そして、検索結果は…………『該当なし』
「あれれ~、おっかし~ぞぉ~?」
「ヤシロって、結構それ好きだよね」
コップを片手にエステラが呆れたような目で見てくる。
バッカ、お前。推理をする者のマナーみたいなもんなんだよ、これは。みんなやってるの!
「以前、ここで飯を食ったはずなのに、ここの店長のジネットと会話をしてないのか、お前は?」
「う……あ、いや……べ、別のヤツが対応したんだよ……たしか」
「会計は?」
「それも、別のヤツが……」
「ご来店されたのはいつですか?」
「はぁ?」
「わたしが店にいる際のお会計は、すべてわたしが担当しています」
ジネットがきっぱりと言う。
最近、マグダもロレッタも計算を覚えてきてはいるが、まだジネットの方が速い。それに、出来る限りお客さんと会話をしたいというジネットの申し出もあって、陽だまり亭の会計はジネットが担当することになっているのだ。
もっとも、ジネットが言った通り『ジネットがいる時は』という条件はつくがな。
「ここ数日、わたしは店をあけていませんし……ですが、具合が悪くなられたのが最近なのでしたら、原因となる食事をされたのもそう昔のことではないはずですし……」
「いやっ、あ~、ち、違う! そうだ! み、店を間違えたんだ! そうだよ、たぶん! 似たような店が多いからよぉ~、へ、へへへ……」
「大通りから離れたこの付近には、この店以外に飲食店はおろか、商店はひとつもないけど?」
エステラの鋭いツッコミが入る。
店どころか、陽だまり亭の周りには建造物など建っていない。
この店は、道の脇にぽつんと建っているのだ。
「いや、だから…………あれ、俺、夢を見ていたのかなぁ……あは、あははは……」
このバカ爬虫類は、よく今までカエルにされずに済んだもんだな。
ここまであからさまな嘘を吐くヤツは初めてだ。
「まぁまぁ。いいじゃないか、諸君」
あまりにもあからさま過ぎる嘘の連発に、店の空気はバカ爬虫類の嘘を暴こうという雰囲気になりつつあった。
けど、そういうの、よくないぜ?
ほら、罪を憎んで人を憎まずって、言うじゃん?
見たところ、このバカ爬虫類もすごく反省しているようだしさ。
「真相とか、真実とか、そういうのにこだわるのはやめないか?」
俺は、まるで聖人のような、穏やかな心で言う。
慈愛に満ちた、優しい笑顔をしていることだろう。
「あ、あの……ヤシロさん……」
「ヤシロ、顔が物凄いことになってるよ……」
「……邪悪」
ジネットにエステラにマグダがそんな酷いことを言う。
俺は腰をひねって振り返り、心根の優しい、正直者のロレッタに問いかける。
「そんなことないよな、ロレッタ?(にたぁ……)」
「ひぃっ!? あ……悪魔がいるです」
どいつもこいつも失礼なヤツだ。
まぁいい。慈悲の心とは、誰かに見せつけるものではなく、ただ与えるものなのだから。
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