異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

138話 第三試合 甘いもの好きの落とし穴 -1-

公開日時: 2021年2月15日(月) 20:01
文字数:3,236

「ダ~リ~ン!」

 

 緊急事態発生!

 本陣に向かってモンスターが突撃してきた!

 

「全軍前へ! なんとしてもヤツの侵入を防ぐのだ!」

 

 な~に、大丈夫だ!

 こっちにはマグダとデリアとノーマの獣人三人に、エステラ・ナタリアのナイフの達人コンビ、さらにはウーマロにベッコという生贄コンビまでいるのだ!

 俺まではたどり着けんぞ、メドラッ!

 

「……マグダには、不可能」

「アレは止められねぇよ」

「アタシも、お手上げさね」

「ごめんヤシロ、ナイフじゃ無理だ」

「ヤシロ様、人柱になってください」

「お前ら、揃いも揃って薄情者か!?」

 

 マグダもデリアもノーマもエステラもナタリアも役に立たない!

 こうなったら、逃げるかっ!?

 

 俺は地面を蹴り、最初の一歩から全速力で駆け出した。

 だが、回り込まれた。

 

 速いっ!?

 

「うふふ~。ゲッチュッ!」

「ゲッチュじゃねぇよ! なんだよもう! 敵だろ、お前!?」

「戦いと愛は別だよ、ダーリン」

 

 滅茶苦茶な理論を振りかざし、メドラが四十二区のスペースに侵入してきた。

 自由人か!?

 

「いや、なに。アタシも遊びで来たわけじゃないんだよ。敵陣に踏み込むのがどういうことかくらいは弁えているさ」

「つまり、何か用があるってことか?」

「リカルドがね、『ちょっと言い過ぎたかなぁ』ってねぇ」

 

 ロレッタのことだろう。

 俺も若干キレて睨んじまったからな。

 

「『誰かが様子見てきてくれたらなぁ~』とか言ってたもんだから様子見と、あと、悪かったって伝えにね」

「なんか……リカルドって意外と小心者なんだな?」

「ヘタレではあるかもね。がはは」

 

 豪快に笑うメドラ。

 なんだかんだで過保護なヤツだ。

 

「リカルドに伝えておいてくれ。『ウチのロレッタを泣かせたことは一生忘れない』」

「前から思ってたけど、かなりの過保護だねぇ、ダーリンは」

 

 そんなことねぇよ。

 ただちょっとリカルドは苦しんだ方がいいと思うってだけで。

 

「それじゃ、アタシは戻るよ。三戦目も負けないからね」

「ふふん。残念だが、次の試合は俺たちがもらったも同然なんだ」

「大した自信だねぇ。勝算でもあるのかい?」

「ふふん。まぁな」

 

 ロレッタのおかげで、流れは完全にこちらに向いている。

 四十一区が誰を出してこようと、俺たちの勝ちは揺るぎないのだ。

 

「ん? ありゃ誰だい?」

 

 メドラが会場の入口へと視線を向ける。

 俺たちが入ってきた関係者用の通路だ。

 俺も倣ってそちらを見ると……

 

「デ~リアちゃ~ん!」

 

 ふにゃ~んとした声を上げて手を振るマーシャを乗せて、四十二区の待機スペースに巨大な水槽が乗り入れてくるのが見えた。

 

「マーシャ! 応援に来てくれたのか!?」

「うん! ちょ~っと準備に手間取っちゃって、遅れちゃったぁ。もう出番終わっちゃった?」

「いいや、まだだ」

 

 マーシャは四十二区の人間ではないが、デリアがどうしてもと言うのでここへの入場を許可していたのだ。観客席にこの水槽は……無理だからな。

 

「ふん。海漁ギルドかい。乳だけが取り柄のぶりっこ人魚だね」

 

 黙るがいい。乳だけで辛うじて女と認識されている狩猟ギルドの大ボスめ。

 と、そこへ――

 

「マ、ママママ、マーシャさんっ!」

 

 突然、妙に甲高い声を上げて、ピラニア顔の男が俺たちのスペースへと乱入してきた。

 なんだ、その声は!? ふざけてんのか!

 と、改めてよく見ると……

 

「グスターブじゃねぇか」

「……グスターブがなぜここに?」

「なんだいグスターブ。あんた、何しに来たんだい?」

「あらあらぁ~、グスタ~ブさぁ~ん。お久しぶりだねぇ~☆」

「はいっ、マーシャさん! お久しぶりでございます!」

 

 俺ら全無視かっ!?

 

「虎っ娘はいいとして、なんでダーリンが知ってんだい?」

「すげぇ食うヤツがいるって噂を聞いてな」

「さすが、抜かりがないねぇダーリンは。あ、あれかい? あの、その……アタシとのデートの時に視察とかしてたのかい?」

「デカい体でもじもじすんな!」

 

 まぁ、まったくもってその通りなんだけども!

 

「マ、ママと……デート?」

「……ヤシロ…………チャレンジャー」

 

 グスターブとマグダに、変人を見るような目で見られてしまった。

 酷い風評被害だ。

 

「そ、それよりも、マーシャさん。私を見に来てくださったんですか!?」

「う~うん。お友達のデリアちゃんの応援だよぉ☆」

「わ、私! 明日! 最も重要な場面で活躍しますので! なんといっても大将ですので! 是非! 是非明日もお越しくださいますよう、お願い申し上げます!」

 

 どうやら、暴食魚グスターブは、海漁ギルドのギルド長マーシャにお熱なようだ。

「私も捕られたい!」とか、思ってんのかねぇ?

 

 だがまぁ……こりゃ脈無しだな。マーシャは完全に受け流してる。

 マーシャレベルの巨乳マーメードともなると、言い寄ってくる男は数知れないだろう。

 四十二区の連中にはない大人な余裕が垣間見える。ちょっと、火遊びしたくなるような色っぽさだ。

 

「……やはり、グスターブが大将」

「マグダと当たることになりそうだな」

「あぁ、こら、バカ、グスターブ! あんた、ウチの情報漏らしてんじゃないよ! ウチのダーリンはそこらの男より頭が切れるんだ、ちょっとの情報漏洩で足元掻っ攫われちまうよ!」

 

 褒めてもらってるとこ恐縮なんだが……なんだ、その『身内自慢』みたいな口調は。あと、誰が『ウチのダーリン』だ。

 

「じゃあね、ダーリン。アタシはこのバカが余計なことを口走らないよう、もう帰るとするよ」

「おう、急いで帰れ」

 

 そして、もう来るな。

 

 メドラたちが帰ったのを見計らって、マーシャが俺に尋ねてくる。

 

「それで、デリアちゃんはいつ参戦するの?」

 

 こちらの情報を相手に漏らさないよう配慮してくれたらしい。

 よく気の利くヤツだ。空気が読めているんだろうな。

 

 ……に、引き換え。

 

「はぁぁああっ、はぁぁああっ、生っ、生足っ!」

「なにさね、あんたは!? あんまじろじろ見るじゃないよ!」

「はぁぁぁああああああああっ! 蹴られたぁ~! いいー! 幸せ! もっと、もっと蹴ってぇ! 足で! 生足でぇ!」

「ひぃいいいっ! 気持ち悪いさね、この半漁人!?」

 

 ノーマの生足に大興奮の海漁ギルド副ギルド長キャルビン(重度の足フェチ)。あいつはダメだ。空気が読める読めない以前に人としてダメだ。……あいつ、海の藻屑になればいいのに。

 

「あ、うん。アレは気にしないでねぇ☆」

「ウチの応援団が被害を受けてるんだが」

「がまんがまん☆」

 

 なんて横暴なっ!?

 まぁ、ノーマなら、キャルビンくらい簡単にノックアウト出来るだろうし……放っておくか。

 

「それで、デリアの試合だが……」

 

 マーシャの隣に立つデリアに向かって、俺ははっきりと言う。

 

「このあとすぐだ」

「えっ!? あたい、三回戦に出るのか!?」

「わぁ~、ちょうどいいタイミングで来られたみたいねぇ~☆」

 

 マーシャが見に来たタイミングはともかく、流れは確実にこちらに向いている。

 

「ロレッタのおかげで、勝機が見えた」

 

 ロレッタが反則負けを喫し、ペナルティーとして最下位の権限すら奪われたおかげで、三回戦の料理担当は四十区になっている。

 四十区の初めての料理だ。

 

「四十区はラグジュアリーのケーキを出してくる! ケーキの大食いなら、デリアは無敵だ!」

 

 ここで二勝目を挙げれば、優勝に王手がかけられる。

 

「そうか! ロレッタもなかなかやるなぁ!」

「策士ねぇ~☆」

「そうとも! ロレッタは偉い!」

「ほ、ほにょにょ!? な、なんかあたしのいないところで、メッチャ褒められてるです!?」

 

 タイミングよく戻ってきたロレッタは、チア服を着て、ポニーテールにしていた。

 ジネットやマグダほど髪が長くないので、ポニーテールにするとうなじがばっちり見える。

 ふぅ~む。ほつれ毛の具合がなかなかにセクシーだ。

 うんうん。いいじゃないか、ロレッタ。

 

「そうとも! ロレッタはエロい!」

「なんか言葉変わったですよ!?」

 

 目を見開きながらも、どこか嬉しそうなロレッタ。

 お前はそうやって元気な顔をしていればいい。

 

「んじゃ! いっちょ頑張るかな!」

 

 手を組んでグッグッと腕の筋を伸ばすデリア。

 その表情からはみなぎる自信が感じ取れた。

 

 

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