異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

360話 四十二区に集う -3-

公開日時: 2022年5月25日(水) 20:01
文字数:3,046

 その後、明日の段取りを話し合い、いくつかのグループに分かれ、各グループの代表者を決める。

 代表者には、ウィシャートの館の見取り図と、内部へ通じる秘密の通路に取り付けた南京錠の鍵を渡す。

 

「まさか、あのウィシャート家の見取り図が……」なんて驚いているヤツもいる。

 ウィシャート家に行ったことがある者なら、あそこの厳重さをよく知っているのだろう。

 その館を丸裸にした見取り図はなかなかの衝撃だったようだ。

 

「この見取り図は、超人的なホワイトヘッドの聴覚と、トルベック工務店の蓄積された技術と知識によって生み出されたものだ」

「むふふふん、じゃ!」

 

 説明をすると、リベカが自慢げに胸を張った。

 

「トルベックというと、あの……?」

「最近、よくない噂をよく耳にしたが……」

「それも、ウィシャートの息がかかったグレイゴンの仕業だったとか」

「なるほど、グレイゴンか……ウィシャートにも見捨てられて、哀れな男よな」

 

 土木ギルド組合が流したトルベック工務店の悪評は、まだ完全に払拭されていないようだ。

 悪い噂はすぐ広まるのに、訂正する内容は全然広まらない。

 グレイゴン失脚と、トルベック工務店の悪評がデマだったという事実がイコールで結びつかないのがもどかしいよな。

 

 まぁ、ウーマロたちなら、普通に仕事をしていればあっという間に信頼を取り戻すだろうけど。

 

「いや~、それにしてもトルベック工務店の技術はすごくてなぁ~。そうだ、あとでトルベック工務店の技術がぎゅぎゅっと詰まった大衆浴場にでも行ってこよう、うん、そうしよう!」

「ヤシロ、君が仲間思いなのはよく知ってるんだけどさ……そこまで言うと逆になんか……っていうか、なんかボクまで恥ずかしくなるから、やめて」

 

 んだよ。

 別に俺は仲間思いとかそーゆーんじゃなくて、ただ事実を事実として口にしているだけでだな。

 っつーか、よく知りもしない連中が勝手なこと抜かしてると腹立たない?

 

「え~、それでは、随分と長い会議にお付き合いくださいました皆様に、心ばかりのおもてなしをさせていただきたく思います。これより先は、一時立場を忘れて存分にお楽しみください」

 

 エステラの合図で領主たちが立ち上がる。

 気のせいか、どいつもこいつもにこにこと期待したような顔をしている。

 

「聞いたわよ、エステラさん。四十二区の新しいお料理を振る舞ってくださるんですって?」

「え、マーゥルさん、どこからそのような情報が?」

「ハムっ子ちゃん」

 

 あれ~?

 どっから情報が漏れたんだ?

 

「あのね~、港の完成記念イベントでお披露目される海魚を使ったお料理なんだけどね、これがすっごく美味しいんだよ~☆ すっごく技術がいるみたいで、今はヤシロ君と陽だまり亭の店長さんしか作れないくらいに貴重なの~☆」

 

 あ、あそこに情報漏洩の発信源がいる。

 

「マーシャ。お前も練習するんじゃなかったのか?」

「するよ~☆ お昼に店長さんに教わって三つ握ったもん☆」

「結果は?」

「ウーマロ君行き☆」

 

 うまく出来なかったからって他人に押しつけるなよ。

 

「難しいね、アレ。指が攣りそうだったもん」

「まずは慣れることだな」

「うん。体温は陸の人より低いから、向いてはいると思うんだけどね~☆」

 

 マーシャが握る寿司ってのも食ってみたいもんだ。

 マーシャはおにぎりもうまかったし、そのうちマスター出来るだろう。

 

「ヤシロ様、エステラ様。会場の準備はすでに整っております。どうぞこちらへ」

 

 ナタリアに連れられ、再び大広間へ戻ると、そこにはテーブルが並べられ、即席のカウンターが設置されていた。

 おぉ~、ホテルの立食パーティーみたいだ。

 いいとこのパーティーに行くと、高級寿司屋が出張してくれんだよなぁ。

 

「ヤシロさん」

 

 大広間に移動すると、ジネットが駆け寄ってきた。

 

 

 

 ……わっほ~い☆

 

 

 

「下準備ありがとうな」

「いえ」

「ちょっと待って、ヤシロ。なにを何事もなかったように接してるのさ? 見逃してないよ、さっきの緩みきった表情」

 

 はて? なんのことやら。

 

「むむ? ラーメンではないのじゃ?」

 

 カウンターに並ぶ魚を見て、リベカが目を丸くする。

 

「ラーメン? あんなもんはもう古い!」

「いやいや! これから他区へ輸出する、今話題の最新料理だよ!(輸出に影響するような発言は控えてくれるかい!?)」

 

 エステラにめっちゃ小声でめっちゃ釘を刺された。

 だって、ラーメンって、なんかもうすっごい昔な気分なんだもんよ。

 

「今日は、ツナマヨもご用意していますよ」

「やったのじゃ! わし、ツナマヨ大好きなのじゃ!」

 

 ツナマヨ……あぁ、あったなぁ、そんなもんも。

 もうすっかり遠い昔のようだ。

 

「あぁ、そうそう。ナタリア」

「なんでしょうか?」

「以前、お前ににぎり寿司をご馳走してやるって言ってたよな」

「覚えていてくださったのですか?」

 

 たしか、ウィシャートの館を丸裸にしようと、雨が降る中リベカを陽だまり亭に呼んだ日。

 書類仕事や各領主とのスケジュール調整に奔走するナタリアに何かご褒美をやるよと言った時、ナタリアは『ニギリズシが食べたいです』と言ったんだよな。

 あの時は港が出来たらなと言ったんだが――

 

「今日は、一番にお前に食わせてやるよ」

「私に、ですか?」

「あぁ。領主様のお口に入る物は、給仕長が責任を持って毒味しないといけない、だろ?」

 

 小粋なウィンクを送ってやると、ナタリアは目をまん丸くし、口元を綻ばせる。

 

「そうですね。では、お先に味を見させていただきましょう」

「そういうことでしたら私も」

「では、私も」

「名乗りを上げる、私も。ルシア様よりも先に」

 

 ナタリアの背後からイネス、デボラ、ギルベルタが「にゅっ!」と生えてくる。

 出たな、ちゃっかり給仕長~ズ。

 

「でしたら、私も責任を持って――」

「ズルいですよネネ!? 私より先に食べようだなんて!」

「大丈夫です、トレーシー様! 微笑みの領主様もまだいただいていないという情報を得ています! トレーシー様はどうぞ、微笑みの領主様とご一緒に経験なさってください!」

「だからといって、あなたが抜け駆けする理由にはならないでしょう!? ネネ! 待ちなさい、ネネぇー!」

 

 で、二十七区領主付き給仕長のネネも参加、と。

 

「じゃあ、主様の安全のために毒味をしたいお付きの者~、しゅーごー!」

「「「「はい!」」」」

「「「「おい、お前たち!」」」」

 

 いつもいつも主の後ろで一歩身を引いて仕えている給仕や執事たちがカウンターの前に押し寄せてくる。

 どいつもこいつもわくわくてかてかした顔をしている。

 

「これも主様の身を案じてのこと!」

「そうですとも。これも執事の大切な任務でありますれば!」

「私は、ナタリアさんを目標としておりますので」

「四十二区に来ると、こーゆーこと出来るから楽しいよね~」

「下克上です、下克上♪」

 

 各区、各組織の敏腕従者たちがにっこにこ顔で主を差し置く。

 四十二区では無礼が許されるなんてルール、別にないんだけどな。

 

「……たぶん、ナタリアの悪いところばっかりが見習われてるんだと思うな、ボクは……」

「なるほど、私は給仕長のパイオニアだということですね」

「ポジティブだなぁ、ウチの給仕長……」

 

 エステラが真横に立ち、物っ凄い至近距離でガン見してもナタリアは動じない。

 さすがの胆力だな。

 

「それじゃあ、ジネット」

「はい」

「始めるか」

「はい!」

 

 ねじりはちまきを締め、手をしっかりと洗って、カウンターの前に立つ。

 手をぱんと打ち鳴らし、ジネットと視線を交わして威勢よく声を上げる。

 

「「へい、らっしゃい! 何握りやしょう!」」

 

 こうして、領主や権力者が集う懇親会が始まった。

 

 

 

 

 

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