「おぅ、あんちゃん! 昨日は楽しかったなぁ、マジで!」
窓を開けてパーシーがチャラい顔とチャラい声であいさつを寄越してくる。
「いやさ、陽だまり亭行ったらこっちだって聞いたから……って!? え、なんなん? どしたん?」
泣きながらおにぎりを頬張るバルバラを見つけてパーシーが狼狽する。
つか、気付くの遅ぇよ。お前、もしかして視野狭いの?
「あれって、昨日の……えっと……」
「バルバラだ」
「そう、バルバラさん」
こいつ、『親友』とか言っといて名前覚えてなかったな?
なんてヤツだ。人を自分の恋路の踏み台としか見てないんじゃないのか? 最低だな。いつか刺されろ。
そんな、女の敵パーシーがバルバラのそばの窓を開けて声をかける。
「なぁ、バルバラさん。バルバラさん」
「ぐず…………へ?」
涙で世界が滲んでいたバルバラは、そこにいるのが誰なのか一瞬分からなかったようで、ぼろっと大粒の涙が零れ落ちた後でようやく相手の顔を視認した様子だった。
「………………ぇ」
か細ぉ~い声が漏れて、尻尾がブワッと毛羽立って、ぞわぞわぞわっと全身が波打った。
「へぇぇええええええええええい!?」
なんだ、そのロックフェスのボーカルみたいな悲鳴は。
「おはっ。つか、どしたん? 泣いてんの?」
「なっ、泣いてなんか……っ!」
ずっとテレサと二人で生きてきたバルバラは、姉としてしっかりしなければという意識が強いのか、咄嗟に見え見えの強がりを口にして、慌てて涙を拭おうとして――両手に食べかけのデッカイおにぎりが握られていることに気が付いた。
「ぅひゃああ!? ち、ちがっ! これは、あの……あ、アーシ、食いしん坊じゃない!」
なんだその弁解。
どこを心配してんだ。
「あはは。なんなん、それ? マジウケる」
「…………ぁう」
パーシーに笑われてずどーんと落ち込むバルバラ。
失恋したかのようなどん底フェイスをしている。
「いいじゃん。美味しそうにいっぱい食べる娘、オレは好きだぜ」
「――っ!?」
どん底から一瞬で昇天し、この世の春を謳歌フェイスに変わるバルバラ。……極端だな、こいつの表情筋。
「で、なんかあった?」
「な……なにも」
自分の頬を指して「泣いてるよね?」とジェスチャーを送るパーシーに、バルバラは手の甲で拭って必死に涙の痕を隠す。
泣いている理由は言えないもんな。シスターに怒られたから、なんて。
「あ、そだ。ちょっと、こっち来て」
「へ……ぅ、うん」
ちょこちょこっと手招きするパーシーに素直に従うバルバラ。そろそろと、ゆっくり窓際へ近付く。
と、ぽんぽんと、パーシーの手がバルバラの頭を叩く。
「なんもないなら、泣く必要ないっしょ?」
「――っ!?」
よしよしと髪を撫でられて、バルバラの涙が完全に引く。
目を白黒させて半開きの口から「もはっぁあああああ~」っと熱を帯びた息が漏れ出していく。視認できたらなら、その息はきっと真っピンクだったろう。
「もう涙止まった?」
「……(こくこくっ!)」
声が出ないのか、バルバラは必死に首を上下に振る。
「んじゃ、もう笑えるね?」
「……(こくこくっ!)」
「んじゃ、笑ってて」
「……(こくこくっ!)」
「約束な」
「……(こくこくっ!)」
「あんたが泣いてっと、オレ心配しちゃうからさ」
「………………きゅっ」
変な音出ましたけどー!?
なに? バルバラ、なんか喉の奥で小動物でも絞めた?
「涙は女の子の大切なジュエリーだから、無駄遣いすんなし、マジで」
「………………ぷしゅ~」
空気漏れてるよー!?
どっか穴開いたんじゃない!?
「あ、そんでさ、あんちゃん!」
ぱたりと倒れたバルバラを見て「よし、泣き止んだ」とか呟いた後、パーシーが俺の前に戻ってくる。
いやいや、お前しばらく俺のそばに来んな。知り合いだと思われたくない。
「あんちゃんに頼まれてたもん、とりあえず試作第一号を作って持ってきたぜ」
「本当か!?」
「マジだって。……あぁでも、これでいいのか、ちょっと自信なくて」
まぁ、試作だしな。
しかし、パーシーの持ってきたソイツはなかなかにいい出来栄えだった。
「運動会の翌日にもう試作品を持ってくるとは、やるな」
「あんちゃんが言ったんじゃんか。『明日に間に合えば褒美を、間に合わなければ折檻をくれてやる』って! マジ死ぬ気で頑張ったっつーの!」
「ははは。真に受けたのかよ、あんな冗談を」
「冗談言ってる顔じゃなかったっしょ、アレ?」
「冗談だよ。『褒美』の方は」
「いや、そっちだけかよ!? 『折檻』だけマジだったん!? 怖ぇわ、マジで!」
冗談だ、冗談。
きちんと俺の望むものを作ってきてくれるなら、相応の褒美をくれてやる。
とりあえず、『遅咲き、春のパン祭り』には特等席で招待してやるよ。
さぁ、もう一儲けさせてもらおうかな。んふふ。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!