俺、正座@砂利の上。
さっきもあったわ、この光景。
「……以上が、事の顛末」
「ありがとうマグダ。よく分かったよ」
マグダがエステラにあらましを伝え終えたようだ。
ん? 二人三脚の紐?
とっくに解かれてるよ。俺の正座が確定した時点でな。……けっ。
バルバラの嫁になる宣言に端を発した俺への審議が行われ、物の数分で結論が出たようだ。
陪審員はおっぱいパトロールの面々、特にエステラは裁判官も併任している。……なんて偏った裁判だ。公平性の欠片もない。
弁護人は一部始終を見ていたベルティーナと、ベルティーナの話を聞いて俺を信用してくれたジネット。
そしてなぜか、マグダは検察官の立場だ。
お前も見てたろうが、一部始終。
「というわけで、ヤシロは有罪」
「ちょっと待て、そこのぺったんこ裁判官!」
お前の『裁判官』って、最も板って書いて『最板官』なんじゃねぇの!?
「はい、有罪。執行猶予なし」
「罪状はなんだ、コノヤロウ!?」
「領主侮辱罪だけれど? 身に覚えがあり過ぎるだろう?」
「バルバラの妄言の話はどこ行ったんだよ」
やれやれと息を吐いて、エステラが赤い髪をかき上げる。
「また何か考えなしで思わせぶりなセリフを言ったのかと思ったんだけど、バルバラがちょっと飛躍し過ぎただけみたいだね」
「『また』ってなんだ。俺がいつ考えなしで思わせぶりなセリフなんか言ったよ」
「『会話記録』」
「そんな本気で探し出さなくていいだろう、別に」
出現した透明の板を掴んで地面へ叩きつける。……つもりが、その前に消えやがった。あれ、壊せないのかな。
「つまり、こういうことですのね。ヤシロさんがテレサさんから『お嫁さんになってあげる』と言われた、それが発端であると」
「あぁ、そうだ。イメルダの言うとおりだよ」
「なんだ、そうだったのかぁ。それならあたいも何度か言われたことあるぞ。教会の女の子たちに」
「モテるさねぇ、デリア。誰かもらっておあげなよ」
「嫁なんかいらねぇよ。ノーマこそ、嫁に行けないならもらったらどうだ?」
「行けなくないさね! 大きなお世話さよ!」
そこでなんで俺を睨むんだよ、ノーマ。
デリアといざこざってろよ。俺に関係のないところで、好きなだけ。
「小さい頃は、みんなそういうことを言うんですよね、女の子って」
「ジネットも誰かにそんなこと言ったの?」
「あ、興味あるかも……って、ジネットの場合はお祖父さんか」
パウラとネフェリーがきゃっきゃとジネットに食いつくが、それを否定したのはベルティーナだった。
「ジネットは、私のお嫁さんになってくれると言っていたんですよ」
ベルティーナに憧れ、親愛の念を抱いているジネット。
なんとも微笑ましい話だ。……ベルティーナがよだれさえ垂らしていなければ。
「あたしも妹に言われたことあるですよ」
「姉の、しょーもない自慢やー」
「しょーもなくないです! 意外と嬉しいもんなんです! それに、ハム摩呂も言ってたですよ、小さい時! 『おねーちゃんのおよめさんになるー』って!」
「ロレッタお義姉様。どうか私めにその権利をお譲りいただけないでしょうか」
「急にものすっごい畏まらないでです、ルシアさん!? 本気過ぎてかなり引いてるですよ、あたし、今!」
跪くルシアから全力逃げするロレッタ。
ちゃんとハム摩呂を抱えて避難している。
「まぁ、そういうわけで、いちいち大騒ぎするような話じゃねぇんだよ」
だからそろそろ正座やめていいか?
「よくあることだろ? 俺、シェリルにも言われたからな。な、シェリル?」
「うんー! シェリル、やちろのおよめさんなるー!」
「それは本当ですか英雄様!?」
「あなたっ、え、英雄様が、私たちの義理の息子に……!?」
「ウエラー! 今すぐ帰ってありったけのトウモロコシを湯がいてくれ! 今日はお祝いだ!」
「はいっ!」
「ちょっと待て、アホ夫婦!」
ガキの戯言だという話をしてるんだよ!
つか、シェリルに言われただけで、俺は認めていない!
「かーちゃん。英雄が息子になったら嬉しいのか?」
「それはもちろん! 恐れ多いことだけれど、光栄なことだわ」
「そっか……」
あ、またろくでもないこと考えてやがるな。
よし、さっさと切り上げよう。
「というわけで、この話はこれで終わりだ! 俺はまだ誰とも結婚するつもりはない、さぁ、競技を再開するぞ」
俺が宣言したことにより、この話はこれで終わりだ。
周りにいた連中、全員がそう思っていた。
ただ一人を除いては。
その『ただ一人』に、エステラがちょっかいをかけてしまう。
「まぁ、バルバラもあまり不用意な発言は慎むように。今日が『精霊の審判』禁止でよかったね」
「別に禁止じゃなくても関係ねーよ、領主」
「嫁になる」を反故にしてもカエルにはならないよと、「あはは」と笑って流そうとしていたエステラが『は』の口のまま固まる。
バルバラが少し不機嫌そうに眉を曲げて、はっきりと言い切る。
「アーシは英雄の嫁になる! もう決めたんだ」
「い、いや……バルバラ、あのね……」
「なんだよ、領主? アーシが英雄の嫁になると何か困んのか?」
「こ、困るというか……じょ、常識的に考えてだね!」
「常識なんてもんは知らん! もう決めたんだ!」
バカは変なところで意固地である。
バカだから意固地なのか、意固地だからバカなのか。
こいつ、絶対今のノリで言ってる。
深くなんか考えてない。
「そっちの方がよくね? 絶対いいよな? いいに決まってる! よし、決定!」みたいな短絡的な思考だ。
なのに、バカなばっかりに頑固で始末に負えない……面倒くさい。
「だってよ。アーシが英雄と結婚したら、英雄はテレサと結婚できないだろ?」
「そんなことしなくても、ヤシロはテレサに手を出したりはしないよ……」
「でも、英雄はおっぱい付いてりゃなんだっていいんだろ?」
「いや、さすがにそこまでは………………」
「ない」って言って!
言い切って!
自信を持って、胸を張って!
「けど、テレサは英雄に懐いてるし、一緒にいるとよく笑うんだよ」
「……でたよ、お子様キラー」
エステラから謂れのない非難を向けられる。
ガキなんぞ一人もキルしてねぇわ。
「アーシが英雄と結婚したら、テレサも英雄と一緒にいられるだろ? とーちゃんとかーちゃんも英雄が息子になったら嬉しいって言ってるしよ。アーシ、やっと恩返しの方法を見つけたんだ!」
拳を握りしめ力説するバルバラ。
その勢いを阻める者が名乗り出ない。かくいう俺も、『どーすりゃいいんだこのバカ女』状態だ。
なに一人で盛り上がってやがんだ、このアホサルは……
「お待ち、おサルの娘」
ゆらりと山が動いた。
メドラだ。
その表情には静かな怒りが浮かんでいた。
「黙って聞いてりゃ好き勝手言うじゃないか」
「アーシの人生だ。他人にとやかく言わせるつもりはねぇ」
「自分の人生を語るなら一人で完結しときな。ダーリンの人生をあんたのしょーもない独りよがりの犠牲にするわけにはいかないんだよ」
「なんだよ、あんたも英雄の嫁になりたいのか?」
「え、よ、嫁とか……お嫁さんとか……もじもじ」
ここに来て照れるの!?
なんかもう、すっごい今さらなんだけど!?
「覚悟がないヤツは引っ込んでな、でっかいオバサン!」
「覚悟……だって?」
恐れ知らずのバルバラがメドラ相手に大見得を切る。
周りの人間がひやひやする中、メドラが拳を握る。……死者が出ませんように。
「アタシはずっと死と隣り合わせの世界で生き抜いてきたんだ。瞬きほどの一瞬にだって気を抜いたりはしない。常に覚悟を腹にくくりつけて生きてるんだよ!」
誰よりも死線をくぐり抜けてきたメドラが吠える。
それに反論できる者はどこにもいない。説得力に充ち満ちたセリフ。
「覚悟ならある! アタシは……アタシはねっ!」
ぐりんっと、メドラの顔がこちらに向く。
チビるかと思った。
「この運動会で優勝したら、ダーリンに交換日記をお願いするつもりなんだよ!」
覚悟、弱っわ!?
そんなもん、飯食いながらでも言えるだろうが!
まぁ、絶対断るけども!
「じゃあ、ライバルか……」
バルバラがバキボキと指の骨を鳴らす。
バカバカバカ! やめろ、おい!
いくらメドラでも、理不尽に殴りかかられたら怒るぞ!?
誰にも止められない大惨事が起こるぞ!
「たぶん、アーシはあんたには勝てない。見てれば分かる、あんたは強い」
強いの桁が違うんだよ、メドラは!
デリアより強いからな!? お前が惨敗したデリアよりも!
「けどな……アーシはテレサととーちゃんとかーちゃん、それからトットとシェリルのためなら命だって惜しくねぇんだ! 英雄を手に入れるためなら、この命すらかけられる!」
バルバラが戦闘モードとでも言うべき凄まじい闘気をまき散らす。
きっちり飯を食って、日々規則正しい生活と農作業を繰り返してきたせいか、デリアと戦った時よりも一層パワーアップしている。
空気がビリビリ震えて、見ているだけで息苦しくなるほど圧迫感を感じる。
これ、怪我人を出さずに止めるのって無理なんじゃ……!?
「英雄を賭けて、アーシと勝負だ!」
メドラの顔面目掛けて跳び上がったバルバラ。
だが、次の瞬間バルバラが視界から消えた。
上かっ!? と、思ったら下だった。
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