「それで、下水……と言ったかな? 詳しく聞かせてくれないかい?」
早速本題に入るあたり、あまり時間がないのだろう。
デミリーは表情を引き締めてサクッと商談に移行してきた。
ここから先はおふざけなしだな。
「あ、はい。ヤシロ、詳しい仕組みの説明を」
「俺が?」
「そのために君を連れてきたんだよ」
「しょうがねぇな。まずは…………」
俺は、要点をまとめ、「これこそは!」という一押しの技術を大いに盛り上げて説明をする。
清潔な街のすばらしさ。
衛生上の優位性。
災害による被害の低減、病気の予防。
さらには、飲料水確保の大切さに、その方法まで。
四十二区が体験した一連のゴタゴタと、それを乗り越えた方法をダイジェストで伝えた。
デミリーは食い入るように俺の話に聞き入り、時折感心したように何度も頷いていた。
……よし、もうひと押しだ。
「さらに今なら! 分割手数料はジャパネットオオバが負担してやろう!」
「おぉっ! それはお得だねぇ」
「ヤシロ、なんでそんな甲高い声で……? っていうか、ジャパ…………なんだって?」
細かいことは気にするな、エステラよ。折角デミリーが食いついたんだ。それでいいじゃないか。
「うむ。もともと工事は依頼しようと思っていたのだが……今のオオバ君の話を聞いてさらに決心が固まったよ。下水を、我が四十区に配備してほしい」
「本当ですか、オジ様!?」
「あぁ。すぐにでも工事を始めてもらいたいね」
「やったぁ!」
エステラが諸手を挙げて喜ぶ。
「やったよ、ヤシロ! 下水が売れた!」
「ぅおっ! こら! 抱きつくな!」
テンションが上がり過ぎたのか、エステラは俺の首にぴょんと飛びついてきた。
「ぅああっ! ご、ごめんっ!」
指摘するとすぐに離れていったが…………まったく、迂闊なヤツだ。
「ははは。エステラにも、いい人が出来たようで安心だよ」
「オ、オジ様っ!? ヤシロはそういうんじゃないですっ!」
「そうなのかい? とても仲がよさそうに見えるけどね」
「仲は…………まぁ、いいのかも……しれないけれど……」
チラリとこっちを見るな。俺に意見を求められても知らん。
それにしても、随分と親しげだ。本当にデミリーとエステラの親父は仲がいいのだろう。
エステラが小さい時から知っている、知り合いのオジサン。そんな感じか。
「すぐに書類を用意させるよ。少し待っていてくれないか」
「はい。オジ様」
上機嫌で頷くエステラは、どこか少女のような表情をしていた。
素直な自分をさらけ出せる相手なのだろう。
…………か、ハゲ専なのかのどっちかだ。
「ヤシロ」
俺の隣に座り直し、エステラが労うような笑みを向けてくる。
「お疲れ様。やっぱりこういう交渉に、ヤシロは向いているよね。見事なセールストークだったよ。ヤシロを連れてきてよかった」
エステラが安堵の表情を浮かべる。
最初から勝率の高い交渉だと言ってはいたが、四十二区の命運を分ける交渉だっただけに緊張していたのかもしれないな。
気が緩んだのか、冗談などを口にする余裕が生まれたようだ。
「ヤシロが失礼なことを言い出すんじゃないかと気が気じゃなかったよ」
「誰の毛が無いって?」
「言ってるそばから無礼を働くなっ!」
「なんだよ。『毛根が死に絶えてる』って言ったのはお前だろう?」
「言ってないよ、そんなこと! 『気が気じゃない』って言ったの!」
「『うぶ毛もない』?」
「うぶ毛くらいはあるよ!」
「いや、ないだろう!?」
「オジ様! ちょっと失礼して拝見させてもらいます!」
「お~い。君たち。それくらいにしないと叩き出すぞ~?」
輝く頭皮の下で、デミリーの笑顔が暗黒色のオーラを放つ。
「はぅわぁっ!? か、重ね重ね失礼をっ! ……ほら、ヤシロも謝って!」
「金があるんだから、毛ぐらいなくたっていいじゃねぇか」
「どっちも欲しいのが人間というもんだろう!?」
「欲張るな! 強欲の権化か!?」
「ヤシロっ!」
「はっはっはっ……オオバ君は、本当に『噂通り』の人物のようだね……」
ほほぅ、エステラめ。このオッサンに何を伝えていた?
あとで詳しく聞かせてもらわねば。
「お嬢様、ヤシロ様。少々よろしいでしょうか」
俺とエステラの間にスッと割り込み、潜めた声でナタリアが話しかけてくる。
さすがにちょっとはしゃぎ過ぎたのかもしれない。……ナタリアに怒られるのかな、俺?
「確認いたしましたところ…………うぶ毛、ございませんでした」
「ナタリアまで何してるのさっ!?」
「下水やめちゃおっかなぁー!」
「オジ様! 冗談です! この二人はちょっと悪ふざけが過ぎるところがあって! 謝らせます! 謝らせますから、なんとか下水だけは! ほら、二人とも、謝って!」
エステラがすごく怖い顔をしている。
……しょうがない。
俺とナタリアは二人揃って深々と頭を下げ、素直に謝罪の意を表明した。
「「すみません。よく見たらフサフサでした」」
「イヤミかい、二人ともっ!?」
ヨイショまでしてやったというのに、エステラとデミリーは般若みたいな顔をしていた。
これだから貴族って生き物は……わがままなんだから。
「あ、そうだ。フサフサのミスター・デミリー。一つ頼みたいことがあるんだが」
「ならまず、人に物を頼む態度を教わってくるといいよ、オオバ君……」
「あんまりイライラするとハゲるぞ、ミスター・デミリー」
「もうハゲてるんだよ、オオバ君! ツルピカさっ!」
「オジ様! 落ち着いてください! ご自分で認めてはいけません!」
エステラが懐のナイフをチラつかせ始めたので、俺は真面目に交渉することにする。
「下水の仕組みを話した時に言った通り、浄水には大量のおがくずが必要になるんだ」
「ふむ。そんな話をしていたね。……それで?」
「木こりギルドから数人、四十二区へ派遣してほしい」
「しかし、四十二区に派遣したところで、結局は外壁の外へ行くことになるのだろう? わざわざ派遣する必要もないように思うが……」
「オジ様。実は、四十二区に街門を作ろうかと考えているんです」
「四十二区に街門を?」
「はい」
俺から話を引き継いだエステラは、四十二区の街門が木こりギルドにかなり有利な条件を設ける旨を説明し、誘致に対し真剣であることを熱弁した。
「四十二区には木こりギルドが必要なのです」
「なるほど……人員の派遣のみではなく、木こりギルドの支部を四十二区に作るわけだね」
「はい。そうすることで、四十二区側の森も木こりギルドの管理下に置かれ、環境は守られるはずです」
「四十二区に支部を……か。トルベック工務店も順調に売り上げを伸ばしているようだし……」
トルベック工務店という前例があり、尚且つ、その前例が好調に売り上げを伸ばしている。これはかなりのプラス要因になるはずだ。
「うむ。いいだろう。木こりギルドのギルド長とは旧知の仲だ。私から手配するよう言っておいてあげよう」
「ありがとうございます、オジ様!」
よし、いいぞ。とんとん拍子に話が進んでいる。
これで、あとは……
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