異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

240話 そして、当日 -1-

公開日時: 2021年3月25日(木) 20:01
文字数:2,949

 あっという間に時間は過ぎ、領主会談の日がやって来た。

 昨日まで四十二区にいたルシアは、会談を前に一度三十五区へと戻っていた。

 エステラたちが三十五区まで行き、もう一度合流してから二十九区へと向かう手はずになっている。

 

 ギルベルタからの情報では、ここ数日間は『BU』へ入る各関所には見張りが立っており、いつも以上の厳戒態勢が敷かれていたらしい。

 おそらく、俺が無理に『BU』へ入ろうとすればそこで止められていたのだろう。

 手紙のチェックも行われていたらしいという情報も得ている。

 

 そういう状況だから、今回はエステラとナタリア、二人で向かってもらうことにした。

 逆らえば、会談すら危うい状況になりかねない。

 ヤツらの一方的な態度は、それを如実に物語っていた。

 

 マーゥルから新たに送られてきた手紙にも、先走るような真似はしないようにと書かれていた。

 なので、俺は大人しく陽だまり亭にてエステラを見送った。

 

 少し不安げな顔で馬車に乗り込むエステラを、これまた不安そうな顔で見送るジネット。

 いよいよ今日、決着がつく。

 不服な内容であったとしても、異議申し立てが出来るような状況ではない。

 というか、異議を申し立てた時点で『BU』との関係は最悪となり、これまでのような流通は破壊されてしまうだろう。

 簡単なことだ。

「外周区への持ち出しには重税」

「外周区の特産品を持ち込む際には重税」と、二つほどルールを作ればいいだけだ。

 

 そうすれば、それに反発した四十二区が『BU』に対抗して……結果は消耗戦。

 お互い、無傷では済まない。

 っていうか、「貧乏で卑しい外周区どもは長期戦になれば経済が破壊されて立ち行かなくなる」とでも思っているんだろうな、『BU』の連中は。

 

「あいつらは、こっちの方まで偵察に来てたのか」

「……それはない。メドラママの命令でギルドの人間を各所に見張りとして立たせていたが、網に引っかかった者はいなかった」

「へぇ、そんなことしてたのか」

「……『海漁ギルドよりも役に立つ狩猟ギルドをよろしく』」

「なんだよ、それ……」

「……現在の狩猟ギルドのスローガン」

 

 メドラがマーシャに対抗意識を燃やしているらしい。

 張り合うなっつの。

 

「で、狩猟ギルドの面々は信用できるのか?」

「……技術面は言うに及ばず」

 

 森の中で獲物を見つけ出して狩ったり、危険な魔獣をいち早く察知して退避したりと、そういう技術に長けた連中だからな。見張りや警戒はお手の物なのだろう。

 

「……それに、グスターブが凄まじい張り切りようで、後輩たちに圧力をかけていた」

「グスターブ?」

「……マーシャに恋するピラニア人族の男」

「ん~…………?」

「……甲高い声」

「あぁ! あの大食い大会の時のあいつか!」

 

 四回戦で俺と対決した、妙に信心深い、夢の国のネズミを思い出させる声をしたあのピラニアか。そういえばマーシャにゾッコンだったな、あいつは。

 

「そいつが打倒マーシャに燃えてたってのか?」

「……いや。むしろ共闘をと訴えていた。が、あの男は『海漁ギルド』と名が付けば無条件で張り切り過ぎてしまう病気にかかっている」

「いいところを見てほしいって意識が働いたんだな……フィルマンを拗らせたようなヤツだ」

 

 この街には、純情な男が多いな。多過ぎるな。

 

「じゃあ、俺もそろそろ出掛けるかな」

「あ、ヤシロさん」

 

 出掛けようとした俺をジネットが呼び止める。

 そして、少し待つように言って陽だまり亭へと入っていく。

 マグダと視線を合わせてみるも、マグダもジネットが何をするつもりなのかは分からないようだった。

 

 ほんのわずかな時間が過ぎ、ジネットが手にやたらデカいバスケットを持って出てきた。ざっくり十人分くらいの飯が入りそうな大きさだ。

 そのバスケットを俺へと差し出す。……一人分の弁当にしては多過ぎる気がするんだが。

 

「ニュータウンへ行かれるんでしたら、ロレッタさんにこれを届けていただけませんか?」

「あぁ、そういうことか」

「……ロレッタ、生きているといいけれど…………」

「いや、生きてるから」

「……激し過ぎる筋肉痛は、………………死ねる」

 

 そりゃあ、そうかもしれんが……

 

 実を言うと、二十四区から戻ってきた翌日、ルシアと陽だまり亭でミーティングをしていた日の午後から、ロレッタは陽だまり亭を離れ、ある場所で重要な任務に従事していた。

 通常であればひと月近くかけて行うべき作業を、二日半で完成させたのだ。

 昨日の朝も死にそうな顔をしていたが、仕事が残っていることで気力は続いていた。だが、仕事が終わった途端に押し寄せてくるのが疲労というものだ。

 きっと、今朝はもっと酷いことになっているだろう。

 ジネットが精のつくものを食べさせたがるのも頷ける。

 

「ロレッタに食わせるにしても、さすがに多くないか?」

「いえ、あの……ロレッタさんの場合、ご兄弟のつまみ食いが多そうでしたので……」

「賢明な判断だな」

 

 ロレッタが筋肉痛で苦しんでいるということは、ロレッタの飯が弟妹たちに食い散らかされるということだ。

 ……あいつら、家では結構言うこと聞かないらしいしな。

 というか、ロレッタがなんだかんだ甘いんだよな。真剣に怒る時は弟妹全員ぴしーっとしてるわけだし、舐めた態度を取られてるってことは「これくらいはセーフ」と思われてるってことだ。

 

 厳しい長女を演出したいらしいが、あいつの甘々はモロバレだ。

 

「ジネット。確実にロレッタに飯を食わせたいなら、弟妹の中から『看病係』を選出するんだ。そうすりゃ、任命されたヤツは責任感を持ってロレッタの看病を完遂してくれるだろうよ」

「なるほど。さすがですね、ヤシロさん。ご弟妹のことをよく理解されてます」

「……さすが長男」

「いや、違うんだが?」

 

 ロレッタが「お兄ちゃん」って呼ぶから、なんとなくそんな感じになってるけども。

 弟妹たちも随分と懐いているけども。

 ……っていうか、懐かれ過ぎだよな、俺。

 

「では、『昨日頑張ったみなさんで美味しくご飯を食べる係』を任命してきてください」

「だとすると、これじゃ足りないな」

 

 昨日は弟妹総動員だったからな。

 

「では、足りない分は陽だまり亭に食べに来ていただくことにしましょう」

「……大赤字だな、今日は」

「それは、ほら、えっと……あれです、あの……なんと言いましたっけ……ヤシロさんがよくおっしゃってる………………そうです、『投資』です!」

「俺がいつ言ったよ?」

 

 そんな、「相手を信用して先に力を貸してやるよ」的な発言をよ。

 俺はそんなお人好しじゃねぇっつの。

 あと、後から支払うものは投資とは言わないからな?

 

「……ご褒美があって然るべき。『アレ』は、相当すごいもの」

 

 マグダまでもが大絶賛だ。

 まぁ、あいつらが二日で作り上げちまった『アレ』には、それだけの価値があるか。

 そして、『アレ』が『BU』を崩す決め手になるのも確実だし…………まぁ、仕方ないか。

 

「じゃあ、今日だけは特別にな」

「はい。特別ですね。……うふふ」

 

 な~んだよ、その含んだような笑いは?

 言いたいことがあるならはっきり言えよ。いや、やっぱ言わなくていい。聞きたくもない。

 

「んじゃ、行ってくるわ」

「はい。お気を付けて」

「……ロレッタによろしく、『ゆっくり休むように』と」

「へ~いへい」

 

 見送られて、俺も陽だまり亭を出発する。

 やたらとデカいバスケットを持って。

 

 

 

 

 

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