異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

303話 身から出た錆 -4-

公開日時: 2021年10月10日(日) 20:01
文字数:3,811

 その日の夜は眠れなかった。

 まさか、今になってベックマンと再会するなんてな。

 

 まして、ノルベールを(可能であれば)助ける手助けをする……か、どうかはまだ分からんが、関わりを持つような事態になるなんてなぁ。

 会わない方がいいに決まってんだよ。あんな別れ方してんだから。

 

 俺の中で、ノルベールとゴッフレードはもう会いたくないリストに名前が載っているのだ。

 あの手の連中は、関わってもろくなことにならないからな。

 ……ったく。

 これも神のイタズラってやつか?

 どこまで底意地が悪いんだ、精霊神。

 

 ……いや、こればっかりは身から出た錆だな。

 俺の行動が俺の首を絞めているに過ぎない。

 

 面倒だと言いながら、結果的に助ける形になった連中は、今俺を助けてくれている。

 こちらに善意があったかどうかにかかわらず。

 だが、こちらが悪意を持って接した相手は――やっぱ、足枷になるよなぁ。

 

 うわぁ、「それが人生というものです」ってか?

 やめろい。そんな道徳の授業みたいなもん、今さら受講したくねぇよ。

 過去の悪事からは全力で逃げ切る!

 どんな悪事であろうと、詳らかにならなければ誤魔化し通せる!

 

 そうさ!

 バレなきゃ悪事はなかったも同然なのだ!

 逃げおおせれば勝ち!

 誰も見ていない罪は罪とはならない!

 告発さえされなければ警察は動かず、立件されなければ被疑者は被告とはなり得ない!

 前科が付かなきゃ、悪党だって一般人と変わらないのだ!

 ぬゎっはっはっはっ!

 

 

 

『懺悔してください』

 

 

 

「……だよな」

 

 誰も見ていなくとも、俺が見ている。

 俺が真実を知っている。

 他人がどうであれ、自分がそれを許せない限り、罪は一生付き纏う。

 

「こんなこと、考えたこともなかったな。……あいつに出会うまでは」

 

 誰よりもお人好しで、簡単ないたずらに引っかかって、怒ってもすぐに笑っちまうような甘ちゃんなのに、誰よりも厳しいんだよな、あいつは。

 自分で自分を許すなんて、一生出来そうにもないことをやれと言うんだからよ。

 

 

 あぁ、もう!

 

 

「分かったよ……」

 

 なんで俺がこんなことをしなきゃいかんのかと、毎秒毎秒思うけれど――

 

「なんとかしてやるよ……ったく」

 

 ゴロンと寝返りを打つと、ついさっきまでとは打って変わって、不思議とすぐに眠りにつけた。

 不思議なもんだな、人間の心ってのは。

 

 

 

 

 翌早朝。

 

「鮭だよ! 持って帰んな」

 

 うわぁ、デリアがいる。

 いや、デリアではないのだが。

 

「こんな朝っぱらから、どうしたんだ、ルピナス」

 

 ルピナスが、でっかい鮭を片手にルシアの館の前にいた。

 ギルベルタに「来客、友達のヤシロに」と起こされて、庭に出てみたらこいつがいたというわけだ。

 

「昨日の夜、領主様から伝令が来てね」

 

 鮭を持ちながら、ルピナスがぐっと体を寄せてくる。

 

「……あのトリ男、カンパニュラじゃなくて私が目当てだったんだってね」

「あぁ、そのようだな。で、ちょっと鮭臭いから離れてくれるか」

「鮭は臭いんじゃなくて、美味いんだよ」

「お前はデリアか」

 

 デリアが言いそうだよ、同じことを。

 

「私も最初は赤い川魚なんてって思ったんだけどね」

 

 この街の人間は、川魚は白い物と決めつけ、身の赤い鮭を忌避していた過去がある。

 いや、四十二区以外ではまだ同じような扱いかもしれないけれど。

 

「でも、亭主の師匠の好物でね、ウチの亭主もこの味に惚れ込んで、結果、亭主に惚れ込んでいた私もこの味に惚れ込んだってわけさ」

「朝から惚気るな。胃にもたれる」

「あははっ! 君もさっさと所帯を持つといいよ。そうすれば、この幸福感を味わえるさ」

 

 今朝はオッカサンモード全開のルピナス。

 デリアが、ルピナスが元貴族だと気付かないのも無理はない。

 

「君も好きなんだろう? 鮭」

「俺の故郷では普通に食ってたからな。むしろ朝飯の定番ですらあった」

 

 あぁ、くそ。

 焼き鮭定食が食いたくなってきた。

 味海苔と納豆とみそ汁と一緒に……くっ、想像したら口が焼き鮭の口になっちまった。

 早く帰ってジネットに作ってもらわねば。

 

「四十二区じゃ、鮭は普通に食べられてるんだって? デリアに聞いたよ」

「あぁ、陽だまり亭では人気のメニューだ」

「それも、君が広めてくれたんだろう?」

「俺が食いたかったからな。安定して供給されるようにしたまでだ」

「ふふふ……。本当、オルキオ先生の言った通りの人だね、君は」

 

 だから、オルキオ。お前手紙になんて書いたんだよ?

 

「でも、これで少し安心できるね」

 

 安心、という言葉に引っかかりを覚えルピナスを見ると、ルピナスは少しだけ寂しそうな顔をしていた。

 なんだ?

 何を言おうとしているんだ?

 

 こちらの表情の変化を察知したのだろう、ルピナスは表情を変えてニッと笑ってみせる。

 そして、後方へと振り返り、門の外へと言葉を飛ばす。

 

「カンパニュラ、入っておいで」

 

 ルピナスに呼ばれて、カンパニュラが門の陰から姿を現す。

 よたよたと歩いてくるカンパニュラは、大きなカバンを抱えていた。

 ……え、待って。

 なに、これ?

 

「この娘は鮭が大好きでね。寂しがるようなことがあれば、鮭を食わせてやっておくれね。そうすれば、私を思い出して落ち着くはずだから」

「よろしくお願いします、ヤーくん」

「待て待て待て。なんでカンパニュラを俺が連れていくみたいな流れになってるんだ?」

 

 その格好、そしてその大荷物。

 確実に四十二区に来て、結構な期間ステイするつもりだよな!?

 一泊二日足つぼの旅、みたいな気軽な旅行の装備じゃないよな、それ!?

 

「領主様から聞いているだろう?」

「なんにも聞いてないが」

「おぉすまん。すっかり忘れていた」

 

 辟易した気分でいると、背後から下手人の声が聞こえてくる。

 

「そういうことになったから、陽だまり亭で面倒を見てやってくれ」

「聞いてねぇぞ」

「今言った」

 

 このダメ領主……

 

「今の状況で、ルピナスの娘が俺と一緒にいるのは危険だろうが」

「だからこそだ」

 

 強気な表情ながらも、ルシアはいつになく真剣な、それでいて珍しく申し訳なさそうな雰囲気を漂わせて真面目な声で言う。

 

「ベックマンの登場で、おそらくウィシャートは警戒を強めるだろう。そうなれば、ルピナスへの監視もきつくなる。下手をすれば――」

 

 また、カンパニュラが狙われかねない。

 いつぞやの、大人げない精神攻撃のようなことが起こらないとも言い切れない。

 

「家に閉じ込めておけば安全かもしれんが、それは教育上よろしくない。このくらいの年の子は、外に出て様々な物を見て、聞いて、経験し、将来の可能性をどんどん広げていくべき時期だからな」

「だからって、よりによって……」

 

 一番危険かもしれない四十二区で預かれなんて……

 港の建設が進み、情報紙の仮本部がありつつ『リボーン』で情報紙潰しを行っている真っ只中で、何よりも『オオバヤシロ』がいる四十二区だぞ?

 ウィシャートの子飼いや、暗部って連中がどれだけ入り込んでいるか……

 

「だからこそだと言っている」

 

 得意げに、ルシアは俺の肩に手を乗せる。

 

「危険だからこそ、守るために全力を尽くしているのであろう?」

 

 別に俺が何かをしているわけではない。

 狩猟ギルドや木こりギルドが常駐し、大工や街の連中が手抜かりなく近隣を見張り、すぐさま対応できるように関係者の連携を密にしているくらいで……

 

 分かったよ。

 確かに、ルピナスと川漁ギルドだけに守らせるより安全かもしれないな。

 

「貴様は過保護だと聞いている。十も二十も大切なモノを守っている貴様だ、今さら一人増えたところで大差はあるまい?」

「誰がそんなに抱え込んでるかよ」

 

 俺に出来るのは、この手の届く範囲を守るくらいのことだけだ。

 ……絶対に傷付けたくないヤツが、若干名いるからな。

 

「カンパニュラは、納得してるのか?」

「はい。母様からお話を聞き、納得しております。何より、私自身も、外の世界に触れて見聞を広めたいと思っています」

 

 九歳の子が「見聞を広めたい」なんて言葉使うかねぇ。

 

「それに、母様が行儀見習いで家を出たのが今の私と同じ九歳の年だったと聞いています」

 

 ……ん?

 

「私も、母様を見習って、立派な淑女になれるよう、ヤーくんのもとでしっかりと行儀見習いをさせていただきたいと思います」

 

 ……ルピナスと同じように……だと?

 

 キッとルピナスを見れば、サッと視線を逸らされ、二秒後に「そういうことよ☆」みたいなお茶目なウィンクを送られた。

「そういうこと」じゃねぇよ!

 

「そうだな。港が完成するくらいまでいて、その後はご両親と仲良く暮らすといい」

「はい。そうさせていただきます」

 

 きっちりお返ししますので!

 そう視線に込めてルピナスを睨めば、「ちぇ~」みたいな顔で肩をすくめやがった。

 ……嫁になどいらんからな?

 

 足つぼ前には『お友達』を強調して警戒してやがったくせに、俺の何を見て婿候補にしてくれやがったんだ……ったく、貴族思想は理解できん。損得でしか人付き合いできないんだからよ…………まぁ、俺もそうだけども。

 

 ルピナスのろくでもない思惑をきっちりと断ち切って、帰り支度を始める。

 タイタが反対するんじゃないかとも思ったのだが、遅れて見送りに来たタイタは、意外とあっさり「娘をよろしくな」とカンパニュラを俺に託した。

 なんでも、デリアが認めた男であり、ルピナスが「あの子は大物になるわ」と太鼓判を押した相手だから信用する――ということだった。

 ルピナスの中でどんな化学反応が起こったんだよ、俺への評価……怖ぇよ、もう。

 

 

 かくして、エステラ&ナタリアと共に、カンパニュラを引き連れて、俺は四十二区への帰路についた。

 

 

 

 

 

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