表情を強張らせるノルベールを見て、ゴッフレードは鼻を鳴らす。
とても落ち着いた、『裏を知る者』の余裕を見せて。
「まぁ待て、ノルベール。そう焦るな。あの袋は――」
「そんなことは分かっている!」
ゴッフレードがあの布袋の真実を告げようとしたが、ノルベールはそれを拒む。
バオクリエアと連絡を密に取り合っていたノルベールなら、もしかしたらゴッフレードよりもバオクリエア内の情勢に詳しいかもしれない。
まぁ、ノルベールごときがどこまで第一王子に重用されているのかは知らんし、ノルベールにいい顔をしつつゴッフレードを使って新たなルートを作ろうとするなんてこともあるのかもしれない。
が、そんなことは、今はどうでもいい。
ゴッフレードの持ち込んだ『バオクリエアの紋章が入ったとても貴重な物』が本物でも偽物でも、ノルベールたちを待ち受ける未来は変わらない。
「テメェ、なんてことをしてくれやがったんだ、ゴッフレード!」
「何って、俺はテメェを助け出すために――」
「あの袋が、今回の救出にどう役立った!? なんの関係もないじゃねぇか!」
「それは……ただ単に、使いどころがなかったんじゃねぇのか」
「『ねぇのか』だと……つまり、これはテメェの意思じゃなく、誰かに唆されて……」
そう呟いた後、ノルベールが俺を睨む。
「……またテメェか」
それには答えず、小首を傾げてみせる。
「テメェは、どこまで……っ!」
ノルベールの目が血走っていく。
そんなノルベールに戸惑いを覚えたのか、ゴッフレードの表情にも困惑の色が見え隠れし始める。
「おい、ノルベール。何をそんなに焦ってんだよ?」
その発言に、ノルベールの怒りは俺からゴッフレードへ向かった。
「何を、だと? 本当に分からねぇのか?」
「テメェはいつもそうだ。一人で納得したような顔をしやがる。詳しく話せ」
ノルベールが重いため息を吐く。
心底がっかりしたような、軽蔑がありありと見て取れるため息だ。
「よく考えろよ、ゴッフレード。使いどころがない物を、なぜわざわざ持ち込ませる必要がある?」
「それは、俺と四十二区に関係があると匂わせて撹乱を――」
「それが目的だ、馬鹿め!」
ゴッフレードを怒鳴りつけた後、「チィッ!!」っと舌打ちをする。
ブチブチと髪が千切れるくらいに掻きむしり、ノルベールが「んなぁぁぁああ!」と咆哮する。
「どういうことだ、ノルベール? テメェが怒り狂ってる理由を言え!」
「怒らずにいられるか! テメェのせいで俺たちは破滅だ!」
「訳が分からん! 説明をしろ!」
「この底なしの馬鹿が!」
ノルベールが真っ赤に充血した瞳でゴッフレードを睨み付ける。
「いいか。テメェが持ち込んだあの布袋が、もし本物だった場合。テメェはバオクリエアと三十区の間を取り持つ任務を失敗したことになる。あれがMプラントなら、禁輸品なんて生ぬるいものじゃなく存在そのものを秘匿しておかなけりゃいけねぇ侵略兵器をオールブルーム側に見つかり没収されることになる。御親切にその袋にはバオクリエア王家の紋章入りだ! これがどういうことか分かるか? バオクリエアはオールブルームを侵攻しようという意思があり、内部崩壊を画策していたという証拠を、敵国の王族に握られるということだ!」
そうなりゃ、宣戦布告と見做され、バオクリエアはオールブルームへの干渉を一切断たれるだろう。
オールブルームが出兵するかどうかまでは分からんが、内部崩壊を画策していたバオクリエアの計画は完全にご破算となる。
「い、いや、待て! あの中身は――」
「しゃべるな! 迂闊に発言を記録させんじゃねぇよ!」
『会話記録』には、すべての会話が記録され、それは裁判で重要な証拠となる。
証言が文書化されれば、他国へ伝わってしまうこともあるかもしれない……よな?
「もしあの中身が偽物で……いや、あの袋自体がでっち上げのインチキだったとしたら、テメェはバオクリエアの名を騙り、二国間に不和をもたらせたことになる! 他国で戦争の火種をまき散らされたバオクリエアはもちろん、内部を引っ掻き回されたオールブルームの王族も黙っちゃいない。両国がこぞってテメェを始末しようとするだろうよ!」
「……なっ!?」
ゴッフレードが息を呑む。
「くそがっ! そんなことに俺まで巻き込みやがって!」
戦争の火種をまき散らしたゴッフレードは、大の仲良しであるノルベールさんを助けるために、二国間を繋いでいた三十区の領主をぶっ潰す手助けをしちゃったんだって。
まぁ、王族が聞いたらはらわた煮えくり返らせそう。
「ま、待て! 俺はそんなつもりは……っ! こ、こいつに言われて――」
「いいのか、ゴッフレード?」
焦って真実を暴露しようとしたゴッフレードに釘を刺しておく。
「今、お前が口にしようとしたこと……本当に口にしても、いいのか?」
よぉく考えろ。
その軽そうな頭をフル回転させて。
「もしかしてお前、『これは全部俺や四十二区領主に言われてやったことだ』なんて言うつもりか?」
事実はその通りである。
だが、その事実は、不都合な事実の証明にもなってしまう。
「それはつまり――オールブルームの貴族と協力して、バオクリエアが長年かけて築き上げてきた侵略計画を完全に潰した――って、ことになるけど、そんな証言して、お前、大丈夫なの?」
「……て、てめぇ…………っ」
お前は二つの大きな権力の間を行ったり来たりして、牽制し合う権力を盾に好き放題やっていたつもりなのかもしれない。
だが、それは裏を返せば、どちらかに大きく偏れないということだ。
ヤジロベェは、バランスが取れるごくわずかな範囲でしか自分を保てない。片方に大きく傾けばあっという間に崩壊してしまう。
ゴッフレードが真実を口にすれば、本人の意思など関係なく『オールブルームに加担してバオクリエア潰しを行った』という事実が残る。
ゴッフレードは、この先ずっとバオクリエアに付け狙われることになるだろう。
ヤツがこれまで散々口にしてきたであろう「いざとなりゃバオクリエアを裏切ってオールブルーム側に取り入ってやる」なんて口先だけの発言とは重みがまるで違う。
なにせ、侵略の扉を閉じただけでなく、根元から完全に崩壊させられたのだから。
「やるぞ? やっちまうぞ?」なんてのは、やらないからこそ脅しとして効果を発揮するのであって、実際やっちまったら、そのあとに待っているのは報復だけだ。
ウィシャート家は長く三十区に君臨している。
その背後にバオクリエアの影が付きまとっていたのだとすれば、ゴッフレードが生まれるより以前から、バオクリエアはウィシャート家と関わりを持っていたことになる。
それだけ長い年月をかけた計画が完膚なきまでに叩き潰されたのだ。
毒物を使って内側からじわじわ嬲り殺すのが得意な陰険陰湿なバオクリエアが、その原因となった者を何もなしで見過ごすわけがない。
「あの布袋が偽物だったと判明したら――オールブルームとの関係を維持したいバオクリエアは『これまで出回った危険な薬物は、すべてゴッフレードが違法に国外に持ち出したもので、バオクリエア王家は一切関与していない』なんて声明を送りつけてくるかもな」
「待てっ、俺一人でそんなことが出来るわけ――」
「事実なんてどうでもいいんだよ。王族なんてものは、建前と体面さえ整えば、真実に目をつぶるなんて平気でやってのける。そういうもんだろ?」
どちらの国も、自国に被害は出したくない。
全面戦争になれば相当に疲弊するのが目に見えている。
なら、相手が弱って簡単に侵略できるようになるその日まで、笑顔で仲良しのふりをしていた方がいいだろう?
「一人では出来ないからこそ、お前は『仲良しのノルベール』を救出しに来たんだろ?」
「テメェ……まさか、それを狙って……」
おいおい、ゴッフレード。
まさか、お前……、俺が何の狙いもなくお前に指示を出していたと思っていたのか?
とんだハッピーボーイだな。頭ん中フラワーカーニバルか?
「あぁ、そうそう。そういやお前は、『バオクリエアの命令で、ノルベールと一緒に外周区を荒らし回っていた』とも証言したよな? 外周区が弱れば、バオクリエアが侵攻しやすくなるからって」
「俺はそんなこと――!?」
「『会話記録』」
下らない反論は時間の無駄なので、『会話記録』にて、ゴッフレードの証言を提示する。
ゴッフレードが現れ、俺と賭けをして、その直後の会話だ。
『外周区が荒れれば侵攻はしやすくなる』という発言がある。
そして、俺の『お前とノルベールはオールブルームの守りを弱体化させようとしていたわけか。バオクリエアが攻め込んできた時に、すんなりと王族のいる中央区まで進軍できるように』という質問を肯定した。
「お前の曖昧でぶつ切りな発言を、俺がわざわざ分かりやすく、且つ一目瞭然に翻訳してやったんだ。親切だろ、俺って」
「テメェ……まさか、あんな前からこうなることを狙ってやがったのか……」
あんな前から、だと?
当たり前だ。
テメェみたいな危険人物を野放しになんかするわけねぇだろうが。
こいつは、ジネットの発言を取り上げ『精霊の審判』で脅しやがった。
その後、エステラの寝所に案内しろとまで発言しやがった。
ただの悪い冗談などでは済まされない。
あのような場面でそういう発言が出てくるのは、日頃からそういうことを考えている証拠だ。人は、考えたことがないような内容は口に出来ない。
思わずぽろっと出てくるのは、そいつが建前の裏に隠している本心の一部なのだ。
ゴッフレードは、機会があればそれを実行する危険人物である。
こいつがジネットに悪意を向けた瞬間から、俺はこいつの排除を心に誓った。
何があっても、ゴッフレードだけはオールブルームから追放する。
一切の慈悲もなく、完膚なきまでに、徹底して関わりを断ち切る。
「この証言がある以上、オールブルームのどこにもテメェの居場所は存在しねぇんだよ、ゴッフレード」
ゴッフレードの証言があり、そして実際に被害に遭ったという過去が存在する。
それだけで十分にゴッフレードを裁くことが出来る。
「お前が捕らえられたという情報がバオクリエアに届いたら、第一王子はどう動くだろうな?」
「テメ……っ!」
どうせもとより信頼も重用もされていないゴッフレードだ。
計画が潰れたのなら、それはいい機会だとばかりに始末されるだろう。
「もしくは、ウィシャートと深く関わりのあった、オールブルームの貴族連中がお前の口を封じに来るかもしれねぇな。自分の悪事を他国のゴロツキに背負わせるために、なぁ?」
ウィシャートの口からおのれにとって不利な発言が出ないように画策する貴族は大勢出てくるだろう。
ウィシャートに付いて裏の仕事に従事していたゴッフレードなんてのは、知られちゃ困る秘密の宝庫みたいなもんだ。
お前はそれを、自分の武器であり強みだと思っていたようだが……そいつはいつ爆発してもおかしくない爆弾みたいなもんなんだ。扱いを誤れば、吹き飛ぶのはお前自身さ。
お前を狙うのは王族だけじゃない。
これまでお前が関わってきた者すべてが、お前の敵になる。
特にお前は口が軽そうだからなぁ、ゴッフレード。
信用って、こういう時に、物を言うんだぜ?
日頃の積み重ねを怠ったお前の、自業自得だ。
「ゴッフレード。お前は俺にこう言ったよな? 『その頭にしっかりと刻んでおくんだな。この街には、逆らっちゃいけねぇ相手がいたんだってことをよ』と」
けどな、そいつは間違いだぜ。
「敵に回しちゃいけねぇヤツは……世界中にいるんだよ」
それこそ、異世界にだってな。
その視野の狭さが、テメェの敗因だ。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!