「こんにちは~。お邪魔いたしますよ」
一段落するタイミングを見計らっていたかのように、ウクリネスがやって来た。まぁ、見計らっていたのだろう。こいつはいつも、こちらの空いた時間に顔を出す気の利くヤツだ。
「あぁ、よかった。ロレッタちゃん、いますね」
「へ? あたしです?」
「あらっ、ナタリアちゃんも! ついてますねぇ、私!」
「私に何か用でしょうか?」
ロレッタとナタリアを見てテンションを上げるウクリネス。ぴょんぴょんと跳ねている。
背中に服が入っていそうな大きな袋を背負っているところから見て、何か着せたい衣装でも持ってきたのだろう。
「ウェンディちゃんのドレス、いくつか作ってみたんですけど、試しに着て見せてほしいんですよ」
「ドレスですか!? やるです! あたし着るです!」
「私も、問題ありません。ちょうど暇を持て余していたところですし」
「君は現在勤務中のはずだよ、ナタリア……」
驚き方が普通のロレッタと、主の存在をガン無視し続けるナタリア。
けど、なんでこの二人なんだ?
「ボクたちにはないのかい?」
「……モデルといったらマグダ。四十二区の常識」
「あぁ、ごめんなさいねぇ。今回は、本当にお試しなんですよ。制作途中で、誰かに着て見せてもらいたいだけなんです」
言いながら、ウクリネスが取り出したのは美しい純白のドレス。
だが……、言われてみれば、確かに完成品という感じがしない。
ウクリネスの服なら、見た瞬間に「おぉっ!?」ってなるような迫力があるはずだ。
「ウェンディちゃんと似た体格の人、知り合いにはいないんですよ……なかなか」
「なるほど。確かに、私はウェンディさんとほぼ同じ背丈ですね……胸は圧勝ですけどもっ!」
「勝ち誇らないで、ナタリアッ! 身内としてちょっと恥ずかしいから!」
グッと背を反らし、最大限に胸を強調するナタリア。
お前なぁ……ホンット、ありがとうございますっ!
「こっちのドレスは、胸元にかなりの余裕を持たせてあるから着られるはずですよ」
「胸の部分がゆるゆるですね…………『ヤシロ様ホイホイ』と名付けましょう」
「名付けんなっ!」
「これだけ谷間がチラリズムしていたら、確実に引っかかるでしょう?」
「当然だっ!」
「自信持って言うことかな、それ!?」
確かに、このドレスを着れば胸元のいろんなところがチラリズムすることだろう。
俺も思わず食いついちまうさ、二つの意味でっ!
「でも、なんでここまで大きくしたんだい?」
「ナタリアちゃんがいるとは思いませんでしたから……」
……と、ウクリネスの視線が厨房へと向く。
「あぁ、なるほど。ジネットサイズか」
「こ、こんなに、なのかい? ジネットちゃんのアレを収めるためには、こんなに布が必要なのかい?」
「……これは、私も少し胸が苦しいですね。物理的にはゆるゆるですのに」
ジネット用に作られた胸元。そりゃ生地も余るわ。
しかし、身長や体形はナタリアの方がウェンディに近いということで、胸元はピンで押さえてナタリアに着てもらうことになった。
「こっちは全体のシルエットを見せてほしいから、胸元は気にしないでね。もし見えちゃいそうなら下にシャツとか着てね」
「あえて、何も無しでっ!」
「ちゃんと着て、ナタリアッ!」
「頑張れナタリア! 俺は応援するぞ!」
「黙って、ヤシロッ!」
大きな仕事に臨む部下がいたなら、本人の意思を最大限に尊重してやる、それが上司たる者のあり方だと、俺は思うな!
「胸の部分は、ロレッタちゃんに合わせてもらいますね」
「あぁ……確かにあたし、ウェンディさんと同じくらいの大きさです…………けど、胸だけって……なんか悲しいです」
「何を言う、ロレッタ!? おっぱいに需要があるのはいいことじゃないかっ!」
「お兄ちゃんはちょっと黙ってです!」
なぜだ!?
まったく需要の無いおっぱいが、いかに悲しい存在か、お前には分からんのか!?
「……ロレッタ。エステラの前で、失礼」
「今は君が一番失礼だよ、マグダ!?」
「そうだぞ、マグダ。エステラのぺったんこは、一部マニアに絶大な需要があるんだ」
「それは素直に喜べないよ!?」
まったく。どいつもこいつも需要があることのありがたさを理解していない……
誰にも必要とされないことが、どれだけ悲しいか……
「とにかく、ロレッタ。ウクリネスに協力してやれ」
「それはもちろんです。ウェンディさんの結婚式のため、ひいては、お兄ちゃんの利益のためです。一肌も二肌も脱ぐですよ」
「じゃあ、真っ裸で頑張れ、乳モデルッ!」
「今の一言でやる気がちょっとなくなったですよ!?」
気難しい年頃め。
素直におっぱいモデルをやりゃあいいんだよ。
そんで、これをきっかけに本格的におっぱいモデル業に精を出し、ゆくゆくはおっぱいモデル界の最高峰『パイコレ』に出場しちゃえばいいじゃない。YOU、出ちゃいなよ。
「それじゃあ、二人とも。ちょっと奥まで来てくれますか? あ、ジネットちゃんは厨房ですよね? 了承をもらってきますね~」
「……ウチの厨房が、すっかり更衣室になっている」
「中庭に出て着替えるんだろうから、まぁ、セーフだろう」
厨房でバタバタされちゃ堪らんからな。
……つか、なんで陽だまり亭でファッションショーもどきをやることになってんだかなぁ……
「……逆にこちらも着替えて、出てきたロレッタたちを驚かせるというのも、あり」
「いや、それはそれで面白そうだけど……見ててやれよ。ウクリネス、感想とか意見が聞きたくてわざわざここまで来たんだろうし」
「未完成な状態を見せてくれるって、結構珍しいよね。ボクはがま口の試作に立ち会ったけど、服は初めてかな」
そういやこいつは、祭りの時にがま口を作らせてたっけなぁ。
「ヤシロさん。何か面白いことが始まるんですか?」
「厨房に入ってきた、見たことない人が」
お茶とプリンを持って、ジネットとギルベルタが戻ってくる。
お茶にプリン……?
あ、俺はコーヒーなのか。よかった。
「ウェディングドレスの試作なんだと」
「そうなんですか!? わぁ、楽しみです」
全員にお茶を配り、ジネットが俺の隣に腰を下ろす。
四人掛けのテーブルの隣だ。
どうもその席を狙っていたらしいマグダとギルベルタが「なにっ!?」みたいな顔をしている。
「……むぅ。どのプリンが一番大きいか見て回っているうちに特等席を取られてしまった」
「少し油断して出遅れた、私は。やはり、いい席は埋まるのも早い」
「え? あ、あの? わたし、何かいけなかったですか?」
「いや、好きなところに座ってればいいんだよ、こんなもんは」
別に、俺の隣に座ったからといって何かいいことがあるわけでもない。
ただ、以前は向かいに座ることが多かったジネットが、最近は隣に座ることが多くなった気がする。
人数が多い時は向かいより隣が多いかもしれないが。
「あ、あの。ウェディングドレスの試作を見せていただけるなら、ヤシロさんのそばにいた方がいろいろお話を聞けるのではないかと…………け、決して他意があったわけでは…………ど、退きましょうか!?」
「いや、いいから! そこに座ってろ!」
ここで変に退けられたりしたら余計意識しちまうだろう?
もう、隣に座ってろ。気を遣うな、そんなとこで。
「では、友達のジネットの隣に座る、私は」
空いている椅子を持って、ジネットの隣へ腰を下ろすギルベルタ。
ギルベルタ、ジネット、俺、ちょっと間が空いてエステラが座っている。
「……マグダは、ここ」
そして、当然のような顔をして、マグダが俺の膝に乗っかってくる。……うん、なんとなく予想ついたけどね。
「……ねぇ。ボクも、ちょっとそっち行っていいかい?」
ちょっとだけ離れた位置に座っていることに寂しさを覚えたのだろう、エステラが椅子ごと近付いてくる。
どいつもこいつも寂しがりやがって。たかが試作品のお披露目くらいで、大袈裟な。
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