「それでだね、バルバラ」
こほんと、咳払いを一つ吐いて、エステラが襟を正して領主の顔つきになる。
ゆっくりとバルバラへと近付き、目の前1メートルの距離で立ち止まる。
「君は、四十一区でも随分と悪事を働いていた……そうだね?」
鋭い視線で、責めるように尋ねる。
この状況で、バルバラが保身に走るような安易な嘘を吐けば、この先の対応が変わる。
けれど、デリアと拳を交わし、ヤップロックの言葉を聞いたバルバラは憑き物が落ちたようなすっきりとした表情で潔くおのれの罪を認めた。
「……あぁ。した。してきた」
言葉の中に、微かに恐怖の感情が紛れ込んでいる。
妹と離ればなれになってしまうかもしれない。そんな思いが付き纏っているのだろう。
「順当な手順を踏むのであれば、君はまず四十二区において、ボクが科す罰を受け、罪を償ったのち四十一区へ移送されてそこで四十一区領主より科せられる罰を受けなければいけない。それらの懲罰が終わるのは、何年も先になる可能性が高い」
「…………ぅす」
分かっている……と、バルバラは返事をする。が、声が出ていない。
今頃になって後悔の波が押し寄せているのかもしれない。
理解は出来ても、認めたくはないのだろう。
それでも、悪あがきをやめたバルバラは、一度落とした視線をもう一度持ち上げ、エステラを見つめた。
おのれに科せられる罰を、その内容を聞くために。
「だから、君が四十一区で犯した数々の罪を――もらい受けることにしたから」
「………………は?」
してやったりな顔で、エステラが口角を持ち上げる。
弱者のために暗躍する正義の領主。そんなもんを気取っているつもりなのだろう。実に満足げな顔をしている。
「もうそろそろ来るはずだよ。あぁ、ほら。噂をすれば」
「え……」
エステラが、立てた親指で監獄の敷地の、その外側を指し示す。
耳を澄まさなくてもはっきりと聞こえる、馬の蹄と複数の馬車の音。
話を聞かされていなかったのか、監獄を守る兵士たちが慌てて整列をして仰々しく出迎えの準備を始める。
門から庭まで、ずらっと並んだ兵士の間を通ってやって来たのは――
「ちっ! 夜中に他区の領主を呼びつけるとはとんだ礼儀知らずだな、ここの領主は」
「ん~ん、ダァ~リィ~ン! アタシも来たよぉ~!」
――四十一区領主のリカルドだった。
「ヤシロ。どんなに頑張ってもメドラさんを視界から外すのは不可能だよ」
えぇいくそぅ!
どっちを向いても視界のど真ん中に入り込んできやがる!
なんであいつまで呼んだんだよ、エステラ!? 別に呼ばなくてよかったのに!
「というか、別に呼んでないよ、リカルド」
「テメェが手紙を寄越したんだろ! あの内容だったら来いっつってんのと同じだろうが!?」
「それは、君がそう解釈しただけだろう?」
「はぁああああ!?」
リカルドが不良グループのリーダーのように盛大に『メンチ』を切る。
本当に領主なのか、こいつ? いいとこのボンボンだとはとても思えない。
「メドラさんにまでお手数をお掛けしてしまいましたか?」
「なぁに。手紙が来た時、たまたまリカルドのところにいたのさ」
「ほほぅ。領主が日暮れ後に自分の館に未婚の女を招き入れて密会していたのか……」
「テメェ、オオバ……怖気が走るようなこと抜かすんじゃねぇよ。仕事の話をしていただけだ!」
ぷぷぷ。
リカルドが全身鳥肌人間になっている。
「やだよ、ダーリン! ヤキモチかい?」
「違う。全っ然違う」
「仕事で夜遅くなることも、男と密室で二人っきりになることもあるけれど……アタシを身も心も自由に出来るのはダーリンだ・け・よ☆ きゃっ!」
「コケーッ!」
リカルドをからかったつもりが、四倍くらいに膨れあがって返ってきてしまった。
鳥肌を通り越して、全身が鳥だ。俺、今、鳥だ。
「それで、頼んでおいたことは?」
「おぅ。ちゃんと見つけてきてやったぞ。――おい!」
リカルドが合図を送ると、リカルドのところの白髪執事が慇懃に礼をして馬車の方へと合図を送る。
その合図を受けて馬車が開き、二人の女性戦士に付き添われて一人の少女が降りてくる。
付き添いがなぜ戦士と分かるかって? 筋肉がムッキムキだからだよ。
「……あっ」
馬車から降り立った少女を見て、バルバラが声を漏らす。
わなわなとアゴを震わせて、安堵からか、瞳に涙を浮かべる。
「…………テレサ……」
「……おねーしゃん?」
「テレサぁあ!」
バルバラが全速力で駆け出す。
一瞬メドラが反応を見せたが、止める必要はないと判断したのだろう、何もせずにバルバラを見送った。
「テレサ! テレサ!」
「おねーしゃんっ!」
強く抱き合う姉妹。
何度も妹の頭に顔をこすりつけて、バルバラはその温もりを確認しているようだ。
「悪かったな……心配したろ? ごめんな……」
「ううん、あーし、おねーしゃん、まってたょ」
涙声の姉に対し、妹の方はしっかりとした声をしている。信頼していたから平気だったと、姉を安心させるように。
けど、小さな腕はしっかりと姉の体を掴んでいた。
「おねーしゃん、ぉぶじで、よかった……」
声はしっかりしているが、若干舌っ足らずなようだ。
「おねーちゃん」が言えてないし、「ご」が「ぉ」になってる。
五歳にしては幼過ぎるように見えるが……背格好はそれくらいか。栄養が足りていないのがはっきりと分かるくらいに痩せてはいるが、きちんと成長はしている。
そして、おそらく。心もちゃんと成長している。
姉にしがみつきつつも取り乱さないその態度からも、それが窺える。
「おねーしゃん、ないたら、めーょ」
「あぁ……そうだな……泣いたら『め』、だな……」
鼻を鳴らして、腕で涙を拭って、無理に笑顔を作って妹へと向ける。
目が見えていないと分かっていても、それでも妹の前では笑っていたいと、そんな姉心なのだろう。
まぁ、伝わるからな、そういうのは。
「リカルドに頼んで、君の妹さんを保護してもらったんだ。事態は急を要したから、特別措置としてね」
「まったく。いい迷惑だぜ。こっちは暇じゃねぇってのによ」
「何言ってんだい、リカルド。エステラからの手紙を読み終わるや否や兵を集めて捜索隊を結成したくせに。悪ぶるんじゃないよ」
「テメっ、メドラ! 余計なこと言うんじゃねぇよ!」
「リカルドはね、あんたの役に立てるのが嬉しいんだよ、エステラ」
「へぇ……はは…………そ、なんだ……はは」
「なんだその引き攣り過ぎた苦笑いは!?」
「いやぁ……、なんか気持ち悪いなぁ……ってね」
「はぁ!? 言うに事欠いて気持ち悪いだぁ!? エステラ、テメェ!」
言い争う二人の領主を、妹を抱きしめたまま見つめていたバルバラ。
妹を抱きしめるためにしゃがんだままではあるが、背筋を伸ばして頭を下げる。
「妹を助けてくれて……すごく、ありがとう……です!」
敬語の勉強は必要だが、誠意は伝わる言い方だ。
本当に妹が心配で仕方なかったんだろうな。
「……テレサ」
領主へ頭を下げて、バルバラの顔つきが変わる。
覚悟を決めた、諦めたような顔。
妹に会えた。それでもう満足したと、自分に言い聞かせているような顔。
「おねーちゃんな、その……もうちょっと、やらなきゃいけないことがあるんだ。だから、その…………もうちょっと…………もうちょっとだけ、だから……いい子で待っていられるか?」
「……ぅん。まってぅ」
あぁ、そうか……
テレサのあの顔…………知ってんのか、全部。
えへへと、緩く笑う妹の顔を見て、バルバラの目から涙が溢れ出していく。
今のバルバラの心を代弁するなら、「この娘だけでも幸せに……」かな。
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