「なぁ、お前らは領主の旗が嫌いなのか?」
「…………」
こういう時、否定的なことを言うと怒られる、そうインプットされているのだろう。ガキどもは口を閉ざしている。大人をよく見ている、頭の良いガキどもだ。
なので、こちらもガキではなく大人を相手にするように接することにする。
「正直に言ってくれていい。その方が助かる」
「キラーイ!」
「わたしもー」
「ねー」
うん。本当に正直に言いやがったな。
「何か理由があるのか?」
「…………」
質問を重ねると、ガキは怒られていると錯覚を起こす。
なんとかこいつらを素直にしゃべらせる環境を作らないとな。
「じゃあ……鷲の絵が怖いっていう人~?」
俺自らが手を上げ、ガキの挙手を誘う。
だが、結果は0票。手は上がらなかった。
「じゃあ、蛇が嫌い!」
挙手を誘うが、これも無反応。
どうやら図柄が問題ではないようだ。
じゃあなんだ?
「領主が嫌いって人~?」
と、これも違うらしく、誰も手を上げなかった。
ちらりと視線を向けると、エステラがホッと胸を撫で下ろしていた。
「じゃあ、一体何が悪いんだろぅなぁ? 誰か、分かる人いるかなぁ?」
子供向け番組のお兄さんよろしく、俺は腕を組んで大袈裟な動きで問いかける。
そんな俺を見て、ガキどもの顔に微かに笑みが浮かんでいた。
よしよし。こういうのはこっちの世界でも有効なんだな。
なんなら、あとで数え歌でも教えてやるよ。……あ、翻訳されるんだからメロディーに載らないか? そういうの、どうなるんだろ? ま、今はいいか。
「あのね……」
俺が首をひねっていると、いかにも「わたし、お姉さんなんだよ」みたいな雰囲気を纏ったおしゃまな女の子が口に手を当てて俺に近付いてきた。内緒話の合図だ。
俺はそっとその女の子に耳を貸す。
「……その紋章のついたお手紙が来ると、パパがいっつも嫌そうな顔するの」
「お父さんが?」
「うん……だからね、そのお手紙ってね、きっと…………悪い人からの手紙なんだよ」
周りを見渡すと、内緒話の声がダダ漏れだったようで、ガキどもがみんな「うんうん」と頷いていた。
……なんてこった。
その手紙ってのは、おそらく徴収の知らせだ。
毎月の税金を、売り上げや収穫高に合わせて徴収する、そのための資料に違いない。
そりゃ、嫌な顔するよな。後払いだもんな、税金って。いかにも「持って行かれる」って感じだ。
そうでなくても、領主からの手紙なんて、届くだけでドキッとしてしまうものだ。
日本で言うなら、税務署や警察から手紙が来るようなもんだ。
「何か仕出かしちまったか?」と一瞬ひやっとする、あんな感じなのだろう。
そういう親の表情を、このガキどもはしっかり見ていたってわけか……
こりゃ、誤解を解くのは難しそうだ……
「ちょっといいですか、みなさん」
密談になっていない密談を繰り返すガキどもの前に、ジネットがしゃがみ、目線を合わせてゆっくり語りかける。
おしゃべりしていたガキどもがピタリと黙り、全員ジネットへと意識を向ける。どいつもこいつも笑みを浮かべている。
……俺があんな苦労して懐かせたガキどもを、微笑みひとつで手懐けやがった。
やっぱあれか、おっぱいは最強なのか?
「領主様は悪い方ではありませんよ。それどころか、みなさんが毎日楽しく暮らしていけるのは、領主様がたくさんたくさん頑張ってくださっているからなんですよ」
「……ジネットちゃん……」
向こうでエステラが感涙している。……が、ジネットはお前を庇っているわけじゃないからな? ジネットはエステラが領主の娘だって知らないわけで。単純に、そう思っているだけだ。
「なぁ、ガキども。ポップコーンは好きか?」
「「「すきー!」」」
「じゃあ、ケーキは?」
「だいすきー!」
「ちょうすきー!」
「めがっさすきー!」
「お子様ランチは?」
「「「すきぃぃぃぃぃぃーーー!」」」
ガキどもが魂を削ってるのかっていうくらいのフルパワーで叫ぶ。
ちょっと、店が軋んだ……
「それ全部、領主がいなかったら食べられなかったんだぞ」
「……え?」
「うそ……」
「そうなの?」
「あぁ。『屋台出していいよ~』って言ったのも領主だし、ケーキに使う砂糖を使えるようにしたのも領主だ。そして、このお子様ランチの販売も、領主の許可を取ってある」
もっとも、領主『だけ』の力で実現したわけではないけどな。そこはお口チャックだ。
……って、心の中までガキに合わせる必要ねぇか。
「下水を作ったのも領主だし、大雨の時に飲み水を用意したのも、薬を用意したのも、みんな領主なんだぞ」
「……へぇ」
「なんか、すごい」
「そう! すごいんだよ、領主は!」
俺の後押しで、ガキどもが己の価値観を疑い始めている。
領主は悪いものじゃない…………かも、しれない。
この『かも』が重要なんだ。
これまで聞く耳を持っていなかったガキどもの心の隙間に、付け入るスペースを作っておく。
あとは、そこを攻めてやればガキくらいコロンと騙くらかせる。
「でも……ねぇ?」
「うん……父ちゃん、『また税金上げやがって、あのクソ領主!』って言ってたし」
「へぇ。君、名前はなんていうんだい?」
「ジネット。今すぐこの怖いお姉さんを場外へ退場させてくれるか?」
「はい、かしこまりました。さぁ、エステラさん。ここはこらえて」
「でも! あいつが! あいつがぁ!」
「エステラさん! 今はヤシロさんにお任せしましょう!」
エステラがジネットに引き摺られて店内の最奥へ連行されていく。……外に放り出してやってもよかったのに。
「まだ、ちょ~っと信じられないかな?」
「……うん」
「わたしも……」
「ちょっと……」
「そうか。そうだよな。すぐには難しいよな」
俺はお前たちの味方だぞとアピールするため、大いに同意を示しておく。
実はすでにガキたちは俺に一つ騙されている。
ガキどもは領主がいい人だと『信じられない』と思っていた。
だが、俺が「ちょっと信じられないかな?」と言った時点で、『ちょっと信じられない』と、自分の意見を塗り替えられたのだ。そして、それを自ら肯定した。
これで、領主への不信感を『ちょっと』だけに抑えられたのだ。自分で肯定したのだから、ガキどもがそれを疑うはずはない。まして、味方である俺までもが「そうだよな」と言っているのだ。
領主は『ちょっと』信じられない。それが今のガキどもの共通認識だ。
あとは、足場のぐらついたこいつらの価値観を徹底的に覆してやれば意見が百八十度変わるだろう。
「じゃあ、明日。もう一回お子様ランチを食べに来てくれないか? 領主がお前らガキども…………君たち子供の味方だっていう証拠を見せてやるから」
「あした?」
「もう一回?」
「そうだ」
大きく頷いて、俺は口に手を当てて、ガキどもに集まるように手で合図した。
内緒話の合図だ。こういうのを、ガキどもは好む。
案の定、全員がわくわくとした顔で俺に群がってくる。
全員がしっかりとこちらに集中していることを確認して、俺はこっそりとガキどもに言ってやる。
「今、お母さんにおねだりすると、明日もお子様ランチが食べられるぞ」
「「「「――っ!?」」」」
それはいいことを聞いた! と、ばかりに、ガキどもは弾かれたように母親のもとへと駆けていく。
「ままぁ! あのね、いいお兄さんがね、明日も来いってー!」
「領主様がねー!」
「証拠がねー!」
おねだりの理由はいくらでもある。
難攻不落の母親たちも、この場所、この状況、このタイミングで言われれば了承せざるを得ないだろう。
なにせ、『無料でケーキの試食をさせてもらっている店の中で』『己の不徳の致すところにより領主に反感を抱いていると発覚した我が子が』『その不信感を払拭するために力を貸してくれる善良な、しかも先ほど自分たちで優しいだ、いいお兄さんだと言っていた人間に』『明日も来いと命令された』のだ。
ついでに言えば、『他の奥様の目もあるし、あまりセコいことは言えない』って環境も追加できるな。
この状況で「ダメです」と言える母親は、そうそういない。
「もう……しょうがないわねぇ」
「それじゃあ、また明日ね」
母親が陥落し、ガキどもが「やったぁ!」と歓喜の声を上げる。
これだけでも、領主の株がちょっと上がったんじゃねぇか?
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