異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

145話 彼女たちの思惑 -4-

公開日時: 2021年2月22日(月) 20:01
文字数:3,004

「おかえりなさい、ヤシロさん」

 

 陽だまり亭のドアを開けると、ジネットが出迎えてくれた。

 

 ノーマの冷蔵庫がなくなっており、マグダとロレッタの姿がない。

 きっと二人で届けに行ってくれたのだろう。

 

 そして、ジネットは戻った俺を見ても何も言わない。

 香辛料をもらってくると言って手ぶらで帰ってきた俺に、何も言おうとしない。

 

 あぁ……気を遣われてんだなぁ。

 

 これはもう……いよいよ限界かもしれねぇな。

 これ以上、ここにいちゃ…………

 

「ヤシロさんはご在宅ですこと!?」

 

 突然、背後のドアが物凄い勢いで開け放たれ、心臓が「ビクッ!」っとなった。

 

「あら、いらっしゃいましたわね」

「……お前は、もうちょっと静かに入ってこいよ」

「そんな些細なことはどうでもいいのです!」

 

 いや、些細じゃねぇし、いいか悪いかをお前が決めるな。

 

「ちょっと、イメルダ! 今、ヤシロにあんまり変なことは…………っ!」

 

 イメルダから遅れること数分。

 エステラも陽だまり亭へとやって来た。

 ……なんかもう、トラブルの匂いしかしない…………

 

「とりあえず、帰ってくれる?」

「そうはいきませんわ! ね、店長さん!?」

「ふぇっ!? あ、あの? 一体、何が何やら……」

「ほら! 勢いだけでしゃべるから、ジネットちゃんが戸惑ってるだろう!? ごめんね、二人とも。イメルダのことは気にしないで」

 

 言われんでも、イメルダのことなんかいちいち気にしてられるか。

 さっさと追い出して、俺は俺の考えをまとめて……

 

「昨日測ったところ、胸のサイズが一つ上がっていましたわ」

「「気になるぅー!? えっ、どういうこと!? もっと詳しくっ!」」

「あ、あの……ヤシロさんはともかく、エステラさんまでそんなことを言うのはちょっと……」

 

 おい、ジネット。

 ヤシロさんはともかくってなんだよ?

 今後、おっぱいの話しかしなくなるぞコノヤロウ。

 か、語尾が「おっぱい」

 

「ヤシロさん。朗報ですわ」

「おっぱいか?」

「いいえ。木こりギルドの支部が完成いたしましたの」

「…………へぇ」

「もっと喜んでくださいましっ!」

 

 いや、俺的には巨乳のイメルダがさらに限界を超えて爆乳に進化するかどうかの方が興味深いもんでな。

 元がFカップだから……A、B、C…………Gカップかっ!?

 ノーマと一緒だ!

 そして……………………メドラとも一緒か……ふっ。

 

「おめでとうGカップ!」

「木こりギルドの支部が完成したんですの!」

「ギルドの『G』はGカップの『G』だっ!」

「違いますわ!」

 

 つっても、木こりギルドの支部が出来たって、俺にメリット特にないしよぉ……

 下水維持とか領主の仕事だし、街門さえ出来りゃ別に木こりギルドの支部にこだわる必要もないし……街道も出来たし。

 

「そういうわけですので、木こりギルド支部の完成披露パーティーを五日後に開いてくださいまし!」

 

 …………ん?

 

「あのな、イメルダ」

「なんですの?」

「そういうのは普通、『開くので、是非お越しください』って言うんじゃないのか?」

「ワタクシがもてなされたいので、ヤシロさんが開いてくださいまし」

「えっと…………アホ、なのかな?」

 

 なんで木こりギルドの完成披露パーティーを、俺が主催しなきゃいけねぇんだよ?

 

「あ、ワタクシ、サプライズプレゼントが欲しいですわ!」

 

 それを自分で提案したら、絶対サプライズ出来ないからね?

 分かるよね?

 知らないうちにプレゼントが用意されてて、「わぁ、ビックリこきまろ!」ってのがサプライズだからな?

 

「とびっきり素晴らしいプレゼントを用意してくださいましね。中途半端なものは認めませんわよ」

「ちょっと待とうか?」

「却下、ですわ。それで、料理は店長さん、よろしくお願いしますわね」

「え? あ、はい。任せてください」

「って! 待て待て待て! 何をサラッと流してくれてんだ!?」

「なんですの?」

 

 なんですのじゃねぇよ!?

 

 若干イライラしたような表情で腕を組むイメルダ。

 なんでこの人、こんなに態度デカイの?

 

「まず、なんで俺たちがそんなことをしなきゃいけないんだ?」

「ワタクシの頼みだからですわ」

 

 ……こいつは。

 

「断る」

「ヤシロさん」

 

 鋭い視線が俺を睨みつける。

 なんだよ? 圧力でもかけようってのか?

 やってみろよ。テメェがどんな策を弄しようが、俺に交渉で勝てると思ってんのかよ?

 

 どんな手で来るのか、とくと見せてもらおうじゃねぇか!

 

「泣きますわよ?」

「何その圧力!? ズルくない!?」

「………………みぃ」

「泣き方、可愛っ!?」

 

 両手で目頭を押さえ、イメルダがしくしくと泣き始めた。

 

「……ヤシロさんが、ワタクシの一生に一度の晴れの舞台を祝ってくれませんわ…………ワタクシのこと、お嫌いですのかしら…………しくしく。あぁ、しくしく」

 

 ……こいつは…………

 

「ヤシロさんがワタクシの『初めて』を奪って、ワタクシの人生は滅茶苦茶になってしまいましたわ! ……と、言いふらしてきますわ!」

「待てこらぁ!」

 

 この娘、超怖い!?

 なにこの娘!?

 

「ヤシロ……君……」

「なんでそんな表情になるの、エステラ!? え、今の一連、全部見てたよね!?」

 

 くそ……これは完全にアウェーだ。

 えぇ、陽だまり亭にいるのに、俺、アウェーなの?

 

「あの、ヤシロさん」

 

 俺の服をちょいちょいと可愛らしく引っ張り、ジネットが耳打ちをしてくる。

 

「わたしも、出来る限りお手伝いいたしますので」

「あんまり甘やかすのは感心しないんだが……」

「ですが、イメルダさんの夢の一つが実現するわけですし。それに、同じ区の仲間になるわけですから」

 

 どんな否定も、今のジネットならフォローをしてしまいそうだ。

 あぁ……もう。

 やるしかないのかなぁ……

 

「分かった。最善を尽くすよ」

「ホントですの!?」

 

 そう言ったイメルダは、なんとなく心底驚いていたようで……あれだけ強引に押しつけた割には純粋過ぎる反応に違和感を覚えた。

 …………あ、そういうことか。

 

「イメルダ」

「なんですの?」

 

 慌てて、また高飛車な仮面を付け直す。

 澄まし顔で、わがままなお嬢様が俺を涼しい目で見つめている。

 

「五日後を楽しみにしていろ」

 

 一瞬、ぱぁっとイメルダの表情が明るくなり、すぐさま澄まし顔が戻ってくる。

 

「それでは、期日に遅れませんよう、しっかり頼みますわ」

 

 居丈高にそう言って、イメルダはすたすたと、陽だまり亭を出ていく。

 開け放たれたドアが、ゆっくりと閉まる……のを、すんでのところで止める。

 そして、音を立てないようにそ~~~~っとドアを開けて外を覗き込む。

 

 ……と。

 

「はぁぁあ……緊張しましたわ……ヤシロさんを怒らせたらどうしようかと…………けれど、これでヤシロさんを五日間は留めておくことが出来ますわ…………これが終われば、街門の完成……その次は………………」

 

 俺は首を引っ込めて、そっとドアを閉める。

 

 こんな猿芝居を打ってまで、俺を繋ぎとめようとしていたのか……まぁ、だったらバレないようにやれって感じではあるが…………いや、ここでバレることも計算なんじゃないだろうな?

 あぁ、くそ! 断れなくなったじゃねぇかよ、パーティーの準備。

 ホント、どいつもこいつも…………お節介焼きで、お人好しで…………

 

「バカばっかりだな、この街は」

 

 俺の動向を見守るジネットとエステラ。

 その二人に向けて、俺は宣言をする。

 

「イメルダのパーティー。絶対成功させるからな!」

「はい!」

「しょうがないねぇ……ボクも手伝うよ」

 

 ったく、こいつらといい、イメルダといい……この街は…………

 

 

 

 バカがつくほどのお人好しばかりだ。

 

 

 

 

 

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