「何しに来たんだよ?」
「出前だ!」
「出前?」
「おう! とーちゃんが、これを英雄に持っていけって!」
どさっと麻の布袋がテーブルに置かれる。
中身は製粉されたトウモロシ粉だった。
「配達っつうんだよ、これは」
「一緒だろ?」
「覚えろ、紛らわしい」
「へーいへい」
「ベルティーナにチクるぞ?」
「『配達』! 出前じゃなくて『配達』!」
ベルティーナの名前を出すと、バルバラは素直に言うことを聞くようになった。
やっぱ、母親ってのは偉大だな。
甘やかす母親ウェラーと、厳しく躾ける母親ベルティーナ。
この超問題児が一端に言うことを聞くようになったんだからな。
ちなみに、陽だまり亭が過去に専属契約しているヤップロック、ネフェリー、デリアたちから直接食材を融通してもらうことに関しては、アッスントを通して行商ギルドの了承は得ている。
というか、やかましく言わない代わりに何かあったら声をかけろと言われている。
これも一種のギブアンドテイクってヤツなのかね。
「あれ? バルバラさん。ご飯食べに来たですか?」
「おう、ロレッタ! 『配達』だぞ」
「ふぉおう!? お兄ちゃん! バルバラさんが正しい言葉を使ったですよ!?」
「ふふーん! すげぇだろ!」
はっはっはーっ、バルバラ?
お前すっげぇ低く見積もられてたんだぞ? 怒るところだ、それは。
「ロレッタは何してたんだ? 配達か?」
「あぁ……なるほどです。覚えたての言葉が使いたくて仕方ないですね」
鋭いなロレッタ。
まさにその通りだ。
「あたしは新商品の練習です」
「新商品?」
「あんドーナツですよ! 油が危ないので店長さんとお兄ちゃんがいる時しかやらせてもらえないですけど、いっぱい練習して、一人でも出来るようになるです!」
「……しかし、マグダがその一歩先を行く」
すっと立ち上がり、マグダが厨房へと入っていく。
揚げ物用の鍋は一つしかないから、今はロレッタとマグダが交互に練習しているのだ。
ロレッタが出てきたので、次はマグダの番だ。
ちなみに、この練習期間中に作られたドーナツはすべて教会へ寄付される。
あそこのガキどもなら、多少生焼けでも焦げてても喜んで食うだろうからな。
朝以外で、しかも甘い差し入れということでガキどもが大喜びしていた。
こっちはこっちで練習できて食材も無駄にならないので、まぁ、Win-Winと言えるだろう。
利益こそ、上がらないけどな。
「パン祭りであんドーナツが出てきたのが後の方だったですから、小さい子たちはパンでお腹いっぱいになってドーナツ食べられなかったです。で、可哀想だから練習のためってことにしていっぱい食べさせてあげようって、お兄ちゃんが言ってたです」
「……言ってねぇよ」
「そのような意味合いのことを遠回しに言ってたです」
「………………解釈の違いだ」
ロレッタめ。
どうしても俺を善人キャラにしたいのか?
俺が言うわけないだろう、そんな利益にもならないこと。
俺はただ、ドーナツは絶対売れるから作り手は多い方がいいと思っただけで、その上でどうしても出てしまう、売るには精度が低いが捨てるなんてもったいない、そんな練習品の処分をガキどもにやらせているわけで、そうだ、これは言わば廃棄処分品を無料で押しつけているわけだ!
日本では、物を捨てるのにも金がかかった。
その経費を、俺は見事に削減してみせたわけだよ、うん。
「ヤシロっ。ま~た自分に言い訳してる時の顔してるよ」
弾むように言って、ちょっと冷たい指先が俺の額をちょんっと押す。
顔を上げると、いつの間に入ってきたのか、ネフェリーが目の前にいた。
「……なんだよ、ネフェリー。エステラみたいなこと言いやがって」
「だってヤシロ、分かりやすいんだもん」
「ほっほ~、面白い。じゃあ俺が今何を考えているのか当ててみろ!」
エステラめ。どーせあいつがネフェリーにしょーもないことを吹き込んだに違いないんだ。まったく余計なことを。だから育たないんだよ、エステラのぺったんこー!
「えっと……エステラの胸のこと考えてたでしょ?」
「すごいなネフェリー!?」
こ、こいつ、まさか人の心が読めるのか……!?
「うん……驚愕してるところ悪いんだけどさ、ヤシロ、ホントに分かりやすいから」
そんな馬鹿なことがあって堪るか。
この世紀末の大詐欺師と呼ばれた俺が……いやまぁ、2001年越えても大詐欺師だったけども。
「で、ネフェリー。何か用か?」
「配達」
「配達? ……は、頼んでないが?」
ドーナツの練習をするから卵が必要になり、ハム摩呂にお使いを頼んだんだが、ネフェリーに届けてもらうようには頼んでいない。
ハム摩呂が行って、ハム摩呂が持って帰ってくればいいだけの話だ。
「ハム摩呂ちゃんにね、陽だまり亭であんドーナツの練習してるって聞いて、それで『お手伝い』しに来てあげたの」
「練習で作ったヤツをタダで食わせろってことか?」
「あたり~! ねぇ、卵大サービスするから、ね? いいでしょう~?」
左右五本の指先を綺麗に合わせて上目遣いでウィンクしてくるネフェリー。
おねだり上手な甘え上手、そんなポーズだが……顔がニワトリ。正直、ニワトリに下から見上げられるのってマジ怖ぇ。
思わず頷いちゃったよ。
「そ……、そ、だな、れんしゅう、だし、食べて、いけば?」
「わ~い! ありがと、ヤシロ! さすが、話が分かるなぁ~」
こういう行為のことを『脅迫』とか『恐喝』って言うんだぜ、ネフェリー。優しさとか、そういうの関係ないんだ、これ。
「ほぁ~……さすがネフェリーは、可愛いなぁ」
ん? どうしたバルバラ?
お前も視力落ちてきたのか? ブルーベリーを食え。ビタミンを取れビタミンを。
テレサの視力がよくなってきてるんだ、一緒に頑張れよ。
「なぁ、英雄!」
何を思ったのか、わくわくした顔をさらした後で、バルバラがネフェリーと同じように指先を揃えて上目遣いで俺を睨み上げてきた。
「頼むぜ、なぁ?」
「バルバラ。お前のそれは完全にカツアゲだ」
思いっきりガンくれてんじゃねぇか。眉間にシワを寄せるな。
細かくアゴを上下させるな、視線を行き来させるな。
「お前はさっさと帰って仕事してこい」
「ぅおう!? なんでだよ!? ネフェリーと反応が全然違うじゃねぇか!」
「あ~、お兄ちゃんはネフェリーさんにはなぜかちょっと優しいんです」
「ホントかロレッタ!?」
「ちょっと贔屓してるです」
「えっ、えぇ~っ、そ、そんなことないよ~」
「ほら! あの両手ぱたぱたとか! あーゆーのが可愛いですよ、きっと!」
「そっか! 可愛いから贔屓されるのか! いいな、可愛いの!」
「可愛いは正義です!」
「も、も~ぅ! そんなことないよ~! 私、可愛くなんか……ほ、ほら! ヤシロもなんか言ってあげてよ!」
と、言われても……
ネフェリーを可愛い可愛いと絶賛するロレッタとバルバラの感性との乖離がすご過ぎて……ちょっとついていけない。
あと、俺がネフェリーを贔屓してるって噂、どうすればなくなるんだろうな?
謎の頭痛にこめかみを押さえていると、なにやらロレッタとバルバラがネフェリーを取り囲んでぼそぼそとミーティングを始めた。
どーせ碌でもない話なんだろうが……
「ネフェリーさん! ここは一つ、あたしたちに『可愛い』を伝授してです!」
「頼むぜ、ネフェリー!」
「え~、むりむり! むりだよ~! 私、分かんないもん」
両手を顔の前でぷるぷる振るネフェリー。
首も左右にいやいやと振られる。
「くはぁ! 可愛いです!」
「よし! これをマネしよう! 行ってくる!」
あぁ、碌でもないのが近付いてくる。
「英雄!」
俺の前に仁王立ちしたバルバラが、両手を顔の前で振りながら首を左右にぶんぶん振り乱す。
「分かんない、分かんな~い!」
「あぁ、お前バカだもんな」
「英雄が酷い!」
んばっと、ロレッタの胸の中に飛び込んでいったバルバラ。
敵前逃亡してきたバルバラを抱きしめて、ロレッタとネフェリーがよしよしと頭を撫でている。
……アホか。どいつもこいつも。
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