異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

14話 虚ろな目の少女 -6-

公開日時: 2020年10月13日(火) 20:01
文字数:2,181

「暴れ牛だぁ!」

 

 誰かの叫び声が聞こえ、あちらこちらから悲鳴が上がる。

 

「なんだ!?」

「ヤシロさん、アレ!」

 

 ジネットが指さす方向に目をやると、一頭の大きな牛が大通りで暴れていた。

 近くの商店が滅茶苦茶に荒らされている。

 遠くに車輪が外れて横転している大きな荷車が見える。おそらく、あれで運搬中に脱輪して逃がしてしまったのだろう。

 

 今や大通りは阿鼻叫喚の巷と化し、怒れる暴れ牛は傍若無人の限りを尽くしていた。

 建物を壊し、人を弾き飛ばし、店の食い物を勝手に貪る。

 まさに野生。

 まさに動物。

 

 こうして生で見る牛は迫力満点で、とても恐ろしい。

 スライスされてパックに詰められていれば好感も持てるというものだが……アレはダメだ。

 獰猛、狂暴、残忍、傍若無人。仲良くなれる気がしない。

 

「ヤシロさん、逃げましょう。ここにいては危険です」

 

 ジネットはそう言うが、こちらにはこちらの事情というものがあるのだ。

 すなわち…………ちょっと、怖くて、動くのとか、無理。

 

「俺たちが逃げたら、街の人はどうなる?」

「ヤシロ。痩せ我慢が顔に滲み出ているよ」

 

 うっさい、エステラ。

 さっきから膝がガクガクいってんだよ。

 負んぶでもしてもらわなきゃ逃げられないんだよ!

 せめて格好くらいつけさせろよ!

 

 と、そんな中、動きを見せたのはマグダだった。

 

「……狩る」

 

 短い囁きを残し、マグダは巨大なマサカリを担いで暴れ牛へと接近していく。

 速い……っ!

 先ほどまでのぼ~っとした言動がウソみたいに、人智を超える速度でマグダが駆ける。

 

 あっという間に、300メートルほどの距離を駆け抜け、暴れ牛の懐にもぐり込む。と、マグダの全身が赤く燃えるような光に包み込まれた。オーラとか闘気とか覇気とか、そういう類いの言葉で表現されるものがマグダの全身を包み込む。

 遠く離れたここにまで、ビリビリとその圧迫感が伝わってくる。……漫画の世界だ。

 そして、巨大なマサカリを腰だめに構えて一気に振り抜く。

 空気が切り裂かれたような轟音が轟き、マグダの三倍はあろうかという大きな暴れ牛が一刀両断された。

 先ほどまで傍若無人の限りを尽くしていた暴れ牛はたったの一撃で大人しくなり、地面へと倒れた。一目でそれと分かる、狩りの成功。暴れ牛はマグダに狩られたのだ。

 

 ……スゲェ。

 強いなんてもんじゃない。

 こいつ、デタラメな強さじゃねぇか。

 

 なんでこんなヤツが無能扱いされていたんだ……と、そんなことを考えていた時――

 

 

 ぎゅぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉきゅるるるるるるるるるるるるぅぅぅぅううううううっ!

 

 

 ――地獄の亡者の嘆きかというような、けたたましい『腹の虫』が鳴いた。

 

「……なぁ、今のって」

「マグダさん……でしょうか?」

 

 隣で事の成り行きを見守っていたジネットに尋ねると、俺と同じ意見のようだった。

 マグダの腹から、凄まじい音が鳴り響いている。

 

「頑張ったからお腹が空いたのでしょうか? でしたらすぐに帰ってお食事の準備を……」

 

 などと、ジネットが言い終わる前に、マグダは動いた。

 おもむろに暴れ牛の前にしゃがみ込むと……その肉に齧りついた。

 

「マグダさんっ!?」

 

 一瞬目を疑った。

 マグダが、仕留めた牛に齧りついているのだ。

 それは、日本で見た動物番組の捕食シーンによく似た光景で……ライオンや虎を思い起こさせた。

 

「ダ、ダメですよ、マグダさん!」

 

 ジネットが駆け出す。

 マグダを止めに行くようだ。

 

「生で食べるとお腹を壊しますよっ!」

「いや、そこじゃないだろう!?」

 

 まるで観点がズレているジネットに代わり、俺が忠告してやる。

 

「人の所有物に手をつけると損害賠償が発生するだろうが!」

「……そこでもないと思うよ、ボクは」

 

 エステラが見当違いなツッコミを入れてくる。

 損害賠償が一番怖いだろうが。まぁ、もう避けられないだろうが……

 

 とにかく、少しでも肉を残して賠償額を減らそうと、俺はマグダに駆け寄り、無心に獲物に齧りつくマグダに手をかけた。

 次の瞬間――俺は、空を飛んでいた。

 

 マグダに触れた瞬間、驚くような力で投げ飛ばされた。

 それも、こちらをチラリとも見ないで、後ろ手でだ。

 

 地面へと墜落し、再び鼻をしこたま打ちつける。……鼻が低くなりそうだ。

 

「……なろぉ。人のもんを勝手に食うなつってんだろうがっ!」

 

 再びマグダに飛びかかる。が、またしてもあっさりと俺は弾き飛ばされてしまった。

 しかも、飛距離が伸びた。

 50メートルほど飛ばされて、地面に激突……背中を強打し、呼吸を止めて一秒ほど真剣に悶絶してしまった。

 

「どうやら、彼女の欠陥が見えてきたようだね」

 

 悶絶する俺を、エステラが真上から覗き込んでくる。

 

「彼女はその凄まじいパワーを発揮すると、その代償として抑えきれない食欲にのみ込まれるのだろう。そしておそらく……狩った獲物はその場で綺麗に食べ尽くしてしまうんだ。だから、いつも獲物は持ち帰れない……収穫は無しだ」

 

 なんてこった。

 ついさっき、おなかが空いてないって言ったばかりじゃねぇか……

 本当に、力を使った瞬間腹が減るんだな……

 

「これは、狩った肉が余るなんてことは……なさそうだね」

 

 くそ……なんて燃費の悪い体質してやがんだ…………

 何か対策を立てなければ……なのだが…………背中が痛くてそれどころではない。

 

 対策は後日改めて考えることにしよう……今日はもう帰って不貞寝したい気分だ。

 

 あ~ぁ……やっぱ、とんでもないもの掴まされちゃったんだなぁ…………

 

 

 

 

 

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