異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

204話 燃え上がり、燃え尽きる -1-

公開日時: 2021年3月20日(土) 20:01
文字数:3,070

「何を泣いておるのじゃ、我が騎士よ?」

 

 リベカがしゃがみ込む俺を覗き込んで、のんきな声を出す。

 お前んとこの右腕が俺の精神をごりごり抉り取ってったんだっつの!

 ……もう、疲れた。

 

「そうじゃ、バーサ。ここに来るまでの道にいた男衆がみんな失神しておったのじゃが、何か知らんか?」

「さて、心当たりはありませんね」

「てめぇのミニスカの餌食になった気の毒な被害者たちだよ!」

 

 バーサは今をもってなお、深紅の超ミニスカートを穿いていやがる。生足だ。時折、スカートの裾が風でめくれそうになる度に、俺は大空に向かって叫びたい衝動に駆られた。『余計なことすんじゃねぇよ!』――と。

 

「しかしのぅ、我が騎士よ。約束通りに――それもこんなすぐに会いに来るとは……」

 

 むふふと、リベカが上機嫌で笑う。

 

「我が騎士はワシにぞっこんなのじゃな?」

「あははー、すげぇおもしれぇなぁ、二十四区ギャグ」

 

 なんでこんな幼女が『ぞっこん』なんて昭和なワードを知ってんだ。……知ってるよ、『強制翻訳魔法』のお茶目なんだろ、どうせまた。

 

「んふふ~、我が騎士は可愛いのじゃ。ワシはの、そなたには好意的な感情を抱いておるのじゃ。喜んでいいのじゃ」

「そりゃどうも」

 

 恋だ愛だの話を聞き出そうかと、リベカを呼び出したわけなのだが……ないなぁ。

 実年齢が九歳で見た目が五歳。

「誰それが好き~」とか言われても、親戚の幼女の戯言を聞いているような気分にしかならない。

 こいつ相手に、真面目に惚れた腫れたの話はしにくいな。

 

「我が騎士よ。遊びの関係でよければ付き合ってやってもよいのじゃ!」

「その見た目でビックリするような発言をぶっこんでくんじゃねぇよ!」

 

 お前の言う「遊び」は、鬼ごっことかかくれんぼとかいう遊びだろうが!

 

「あ、あのっ、リベカさんは」

 

 俺が『ちんまい』クソガキの頭をぐりんぐりんしてやろうかと伸ばした手をさりげなく叩き落として、エステラが話に割り込んでくる。

 ……地味に痛いんですけど。

 

「将来のこととか、考えたりするのかな? こう、たとえば……結婚とか?」

「手遅れになる前にはしてみたいのじゃ」

 

『手遅れ』と言いながらバーサを指さすリベカ。

 おぉっと、物凄ぇ地雷を平気で踏み抜くな、お前は。

 

「ほほほ……私の春は、案外すぐそこまで迫ってきているのかも、しれませんよ」

 

 梅色に頬を染めるバーサから呪いのウィンクが飛んできたので、イナバウワーで回避する。……危なかった。アノ映画を見ていなければ直撃していたかもしれん。世の中、何が役に立つか分からんな。

 

「結婚相手に求める条件とか、何かあるかな?」

「なんじゃ? エステラちゃんはワシの結婚観に興味があるのかの?」

「えっ、あ~、いや、ほら! 恋バナって、楽しいし?」

「むふん! そうじゃの! やっぱり女子たるもの、恋バナくらい嗜むべきなのじゃ! さすがエステラちゃんじゃ! 分かっておるのじゃ!」

「あはは……」

 

 その場その場で都合のいいことを口にして、エステラの精神が疲弊しているのが見て取れる。

 まぁ、悪意はないから問題ないんだろうが…………それが詐欺師への第一歩になるかも、しれねぇぞ……くっくっくっ。

 

「とはいえ、結婚となるといろいろ問題があるのじゃ」

「問題?」

「うむ」

 

 ウサ耳をぴこんと跳ねさせて、リベカが幼女なりに険しい表情に見えなくもない難しそうな顔を懸命に作ってみせる。

 

「ワシの場合、この工場を継いでくれる婿殿を探さねばいかんのじゃ」

「……あ」

 

 エステラの口が大きく開かれ、動揺した瞳がこちらを見る。

 ……そうか。リベカは麹工場のナンバーワン。

 嫁に行けるような立場ではないのだ。

 

 …………フィルマンに知らせたら、あいつ、領主を投げ出しそうだな、簡単に。

 

「けっ、結婚はともかく! お付き合いとか、興味ないかな!?」

 

 おぉっと!?

 エステラが、難しい問題を先送りにしやがったぞ!?

 婿入り問題を煙に巻いて、とりあえずフィルマンと付き合わせてみようって魂胆か!?

 

 確かに、結婚云々の問題が露呈する前に、『BU』とのいざこざを決着させることは出来るかもしれんが…………それ、後々絶対俺たちに災いが降りかかってくるぞ。

 先延ばしにした問題は、嫌なタイミングで、何倍にも面倒くさくパワーアップして、自身の身に圧し掛かってくるものなのだ。

 

「お付き合いのぅ…………興味なくはないのじゃが……」

 

 ウサ耳をゆらゆらと揺らしながら、リベカは昼下がりのOLのような仕草で言い放つ。

 

「出会いがないんじゃよのぅ」

 

 ……九歳なんだぞ、こいつ。

 何言ってんだって感想しか抱けない。

 

「砂場にでも行けばごろごろ転がってんだろう、出会い」

 

 お前らの年齢は、一言二言話せばすぐお友達になれるじゃねぇか。

 

「砂遊びに夢中なお子様には興味がないのじゃ」

 

 おい、こら九歳! 見た目五歳!

 

「少なくとも、五つ以上は年上がいいのじゃ。ワシは同年代よりも大人じゃからの」

「五つ!?」

 

 エステラの瞳が「きゅぴーん!」と輝く。

 いや、確かにフィルマンは十四歳でリベカの五つ上だけども!

 様々なマイナス要素の中で、たった一つ合致する項目があっただけじゃねぇか。

 トータルで負け戦だぞ、これ。

 

「私は、四十から五十くらい年下がいいです!」

「黙れバーサ。そして厚かましいにもほどがあるぞ」

 

 お前の思い描いているソレは『恋愛』じゃない、『狩り』だ。

 

「ヤシロ、どうしよう?」

 

 この不利な状況下で、エステラが俺に耳打ちをしてきた。

 いや、「どうしよう」って……

 

 なんと答えたものかと思案していると、引き続きこそこそした声でエステラが言葉を続ける。

 

「とりあえず、聞いてみる?」

「聞くって、何を?」

「好きな人」

 

 リベカには好きな人がいる……ような気配がある。

 教会にいるという、思い入れの強い男。リベカが理由をつけて会いたがるような男……それが片思いの相手であったならばアウトだ。

 

 フィルマンが来る前にそこだけははっきりさせておいた方がいいか。

 目の前で違う男に対する恋心を語られたりしたら……この場でフィルマンが天に召されかねない。

 

「じゃあ、聞くだけ聞いてみるか」

「だね」

 

 俺とエステラの意見が合致した。

 まずは、フィルマンに内緒で問い質す。

 その後は…………まぁ、うまく誤魔化すしかないだろう。

 

 いいんだよ、別に。フィルマンが失恋したって。

 叶わぬ恋にピリオドを打って、それで領主業に奮起してくれりゃあ、ドニスの機嫌もよくなるだろう。

 そんで失恋の痛手を、数多いる花嫁候補の良家の娘にでも慰めてもらえば……おぉ、なんだかすべて丸く収まっているじゃないか!

 

 よし! これでいこう!

 フィルマン、お前、フラれろ!

 俺たちのために!

 

「エステラ。励ましの言葉を考えておけ」

「…………やっぱ、そっちが濃厚だよね……」

 

 エステラも俺と同じ考えに至ったのだろう。

 苦笑いに罪悪感が滲み出している。

 

 だがしかし、背に腹はかえられない。

 フィルマンは、将来的に頑張ってもらえばいい存在ってだけで、今俺たちが必要としているのはドニスの協力なのだ。

 

 ドニスの機嫌がよくなることを最優先とする。

 

 というわけで、泣くなよ、フィルマン。

 恋の傷は、青春の痛みだ。経験しておいた方がいい。

 

「あとは、なるべく傷が深くならないように配慮することだな」

「そうだね。再起不能になられると、さすがにミスター・ドナーティも怒るだろうし」

「しばらく塞ぎ込むくらいにとどめておけば……」

「……『彼を励まし、共に未来へと歩いていけるのはミスター・ドナーティだけです』って感じで言いくるめられそうだね」

「そういうことだ」

 

 二人で悪巧みをし、俺たちは互いに頷き合う。

 腹は決まった。

 さらば、フィルマン!

 

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