異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

無添加41話 ヤシロと因縁のある三人 -1-

公開日時: 2021年4月1日(木) 20:01
文字数:2,880

『パン食い競争』特別枠。

 区民運動会を見学に来ていた来賓や観客たちにも新しいパンの美味さを知ってもらおうと設けたこの広報活動の場で、アホのゲラーシーが嬉しそうに宣戦布告をしてきやがった。

 ……ったく。何考えてやがんだかなぁ。

 よし、ここはアノ手で行こう。

 

「まいりました、こうさんです」

「張り合いがなぁぁあーい!」

 

 いいじゃねぇか、苦労せずに勝てたんだから。

 もうお前の勝ちでいいから帰ってくれ。

 めんどくせぇんだよ。

 

「不戦敗など認めませんよ、オオバヤシロさん!」

 

 妙に甲高い声の魚顔の男が俺の逃げ道を塞ぐように立ちはだかる。

 狩猟ギルドの暴食魚、グスターブだ。

 ……こいつも俺に恨みがあるのかよ? 俺、お前に何かしたか?

 

「そういうしつこい性格だからマーシャに見向きもされねぇんだよ」

「言葉には不思議な魔力がこもるという説があるのですよ! 不吉な言動は避けていただきたい!」

 

 甲高い声でキンキンと吠える。

 あぁ、そうだそうだ。マーシャにべた惚れの身の程知らず魚類をこうして散々いじり倒したんだっけな、過去。

 モテない男の八つ当たりって厄介だよなぁ……とか思っていたら。

 

「ヤシロさん…………さっき、リベカさんに…………撫でられていましたよね?」

 

 片思いだった相手と婚約できた勝ち組の男にまで反感を買っているっぽい俺。……テメェ、誰のおかげでリベカとうまくいったと思ってやがんだ。

 

「そのクレームはお前の婚約者に言え」

「リベカさんは万物において悪くありません!」

 

 腐れ落ちろ、その目!

 節穴の方がまだマシだ!

 

 そんなわけで、なぜか『対ヤシロ連盟』に囲まれている俺。

 それを仕組んだのは……言うまでもなくエステラだ。

 

「おい、エステラ」

「君が責任ある立場を理由に参加しないと表明していたからね。点数とは関係のない特別枠で出場できるように取り計らったんだよ」

 

 嘘だ!

 お前は絶対この状況を楽しんでいる!

 俺の不幸を楽しんでやがるに違いないのだ!

 ……なんてヤツだ。

 

「……だから育たねぇんだよ」

「関係ないよね!?」

「『どこが』に一切言及されていないにもかかわらず的確に指摘箇所に気付くあたり、ご自覚が有り余っているのですね、エステラ様」

「うっさい! ナタリア、うっさい!」

 

 エステラに文句の一つでも言ってやろうと思ったのだが、その前にグスターブが割り込んできた。

 

「私が勝ったら、これまでの非礼を詫びていただきます」

「非礼に思い当たる節がないんだが?」

「無自覚であの非礼の数々を!? 悪魔か何かですか、あなたは!?」

 

 謂れのない非難だ。

 

「僕も、ヤシロさんに勝った暁には正式な謝罪と、今後リベカさんへ接触はしないという誓約書を書いていただきます!」

「それはリベカの行動までもを制限することになるんだが、リベカの尊厳を踏みにじってもいいのか?」

「…………リベカさんから触れる分にはセーフとします!」

「じゃあさっきのもセーフじゃねぇか」

「もう! 正論言わないでください!」

 

 言うわ、正論ならな。

 

「とにかく! 僕と勝負してください! 男と男のプライドをかけた真剣勝負です!」

 

 俺、九歳女児のために男のプライドかけたくないんだけどなぁ……

 

「で? 俺が勝ったらお前らは何をしてくれるんだ?」

「「考えるまでもありません! 負けませんから!」」

 

 仲いいな、おい。

 息ぴったりじゃねぇか、初対面の癖に。ちょっとハモってたぞ。

 

「じゃあ、もしお前らが負けたら……『俺のお願い一個聞いて』ね?」

「「………………ごくり」」

 

 固まるグスターブとフィルマン。

 そして、ほぼ同時に――

 

「「いや、まぁ……スポーツはもっと健全に行うべきではないかと」

 

 ――へタレやがった。

 お前らなぁ……

 

「よいではないか、その条件で!」

 

 尻込みをするフィルマンとグスターブに、ゲラーシーが自信満々の顔で声をかける。

 

「勝った者が負けた者へ一つ命令できる。ふふふ、私が勝ったら貴様を一日給仕長としてこき使ってくれるぞ、オオバ!」

「一日給仕長…………ということは、俺にEカップになれと言うのか!?」

「そんなところは真似んでいい!」

「イネスの代わりならEカップは必須だろうが!」

「貴様は乳のことしか考えられんのか!?」

「え? ご存じなかったんですか、ミスター・エーリン?」

 

 エステラが呆れたような顔でゲラーシーを蔑んでいる。

 いやぁ、なんか俺も一緒に蔑まれてる気がするなぁ、あの顔。

 

 はてさて、こんな勝負受けてやる必要はないのだが……

 

「折角の運動会だ、その勝負受けてやってもいいぜ?」

 

 盛り上げるために一肌脱いでやるかな。

 さっきからちょいちょい気になっていた不安要素の解消のために。

 この祭りの延長戦実行のためにな。

 

「俺が勝ったら、お前ら折半して正式発売されたこのパンを大量購入し、四十二区に献上しろ。大広場でパン食べ放題のイベントを開催する! 名付けて『遅咲き、春のパン祭り』だ!」

 

『遅咲き』ってのは、春のパン祭りというには時期が遅過ぎるってのと、ヤマ○キと韻を踏んでいるという二つの意味がある。うん、素晴らしいネーミングセンスだ。

 

「ふん! いいだろう。我が区のパン職人ギルドに掛け合って、大量購入を約束してやる!」

「僕も、パン職人さんに掛け合ってみます」

「私は、懇意にしている職人がおりますので、頼んでみましょう」

「それで足りなきゃ、四十二区のパン職人ギルドから買ってもいいぞ」

「「「ははは、まさか足りないなんてことは――」」」

「ウチにはベルティーナがいるからな」

「「………………」」

「ん? どうしたのだ? なぜ黙る?」

 

 大食い大会と『宴』でベルティーナの食欲を目の当たりにしたグスターブとフィルマンが口を閉ざし、四十二区での『宴』の際にベルティーナの猛威を見落としていたのであろうゲラーシーだけが余裕の表情だ。

 ダメだなぁ、ゲラーシーは。情報収集はしっかりしておかないと。

 

「ふん。シスター一人満足させるくらい容易い。いいだろう、その者の分は私が払いを持とう」

「「ありがとうございます!」」

 

 グスターブとフィルマン、渾身のお礼だ。

 グスターブからも脅威と思われるとは、やるなベルティーナ。

 

 とにかく、これで春のパン祭りは決定だな。

 いやぁよかった。これでなんとかなりそうだ。

 実は、昨日のうちに結構大量にパンを焼いておいたのだが、やはりそれにも限度があった。

 一部の例外的人物を除き、参加者一人あたり三個ずつくらいは行き渡る計算だったんだが……菓子パンなんか三個も食えば十分だろ? だからそれプラス例外的人物用にもう少し多めに用意しておけばなんとかなるかなぁと思ったのだが……いやはや、まだまだ甘かったな。

 ベルティーナとデリアくらいしか警戒していなかったんだが……ガキどもの目が爛々としている。あいつらも、食うな、こりゃ。

 

 なので、後日(ほぼ)領主様の奢りのパン祭りを開催することにしよう。そうしよう。

 他人の奢りって素晴らしい!

 俺もエステラもにっこにこだ。笑顔が溢れるイベントって素敵だね☆

 

「じゃあ、サクッと勝たせてもらうかな」

 

 ……細工は流々だからな。

 ナタリアに視線を向けると、頼もしい頷きをくれた。

 きちんと俺の指示通りにしておいてくれたようだ。よしよし。

 

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